ヘイ、ブラザー元気か。 唐突なんだが、ブラザーは子供のころ有名人や重要人物になりたいと思ったことは無いか? テレビや新聞で見る彼らはまぶしく輝いて見えたものだ。 だが、平々凡々を人生の是としている俺からすれば解らない望みだ。 そんな俺は今、フィンランドの空港で職員達から手厚い送り出しを受けている。 何故こんな事になったのかは全然理解できないのだが、きっと日本人が珍しかったのだろう。 普通の日本人観光客である俺達に、職員が付きっ切りで案内してくれるのだから。 健介君は○○○です。 空港の勘違いする普通の人々 普通ならば空港では手荷物検査を受ける。 俺はハイジャック犯と思われないため、ロイドさんから貰ったオモチャの銃を懐から取り出そうと思ったんだが、その時、唐突に空港の女性職員さんの雰囲気が変わった。 「お客様、ちょっとこちらに来ていただけますか?」 銃を取り出そうとするのを、そんな声でやんわりと静止し、別室に案内しようとしているのだ。 周りの人たちは何か胡乱な目でこちらを見ている。 唐突に嫌な予感がしたが、確かにオモチャとはいえ銃を空港に持ってきている。 場所柄を考えれば不謹慎である。 犯罪者と間違われても仕方が無い。 ヤバイ! このままだと、空港警察につかまるかも知れない! 俺は内心震えつつ、自分でも顔が固くなっていくのを自覚しながら、瑞樹と一緒に職員さんの後をついていくのだった。 案内された部屋は明るく、中央に机とその上に載っているライト、それに壁に鏡が張ってある以外は普通の部屋だった。 いや、そのものズバリの取調室だった。 おお、ブラザー。俺には一生無縁だと思っていたのだが。 「…武器、いえ銃ですね。それをゆっくり取り出して、机の上においてください。 そして、壁まで離れてください」 職員さんが怖い顔で手を開いたり閉じたりしながら言う。 俺はゆっくり首肯しオモチャの銃を取り出して机の上に置いたあと、瑞樹を先に後に下がらせる。 それにしても物々しい反応だ。 やはり空港に持ってくるべきではなかったのか。 …あれ? 俺、銃って言ったっけ? 「なっ!? これは、まさかっ!」 その銃を見た時の職員さんの驚く顔は暫く忘れられないだろう。 確かに、オモチャとはいえ銃は銃だ。 だが、それは驚きすぎじゃないのか? 何度も俺の顔と銃を目線が行ったり来たりしている。 銃のオモチャは見たことないのだろうか? ただのライトなんだが。 「…なにか、身分証になるものはありますか?」 更に怖い顔になった職員さんが俺に問う。 俺はまたしてもゆっくり首肯し、ポケットからパスポートを取り出そうとした…瞬間、ロイドさんから渡された紙切れが落ちた。 ヤバイ! あれはロイドさんから大事にしろと渡されたものだった。 あわてて取ろうとするが、指で弾いてしまったらしいそれは、急激な回転を加えられ飛んで行き、机に突き立った。 ていうか、ただの紙がスチールで出来た机に刺さるなんて事、ありえるんだな。 しかし、これはまずい状態だ。 今ので職員さんも何かのスイッチが入ったのだろうか、腰を深く落としてこちらを警戒しているように見える。 というよりも、今すぐ呪文唱えそうだ。 呪文ってなんだ? 麻帆良に毒されすぎだな。 とにかく、パスポートを見せて誤解を解かなければ! 「これで証明を」 と言いつつ、再びパスポートを取り出そうとするが、指が滑ってしまい、そのままロイドさんの紙切れに指を突きつけてしまった。 これは、かなり恥ずかしい。 職員さんも呆然として紙切れを見ないでくれ。 そして瑞樹! 笑うな。 「…なっ! Silent Sword of Waft…そうでしたか。 失礼しました。 今、空港に居る仲間を呼び、飛行機まで案内しますので暫くお待ちください」 そう言って、目をつぶりうなり出す職員さん。 最初の一文がが聞き取れなかった。フィンランドの言語だろうか。 とりあえず、オモチャの銃については見逃してくれそうだ。 ところでブラザー、俺って身分証出したっけ? しかし、そんなにこのオモチャが珍しいなら一言、言ってやっといた方がいいだろう。 「驚かせてしまい、すまなかった。 しかし、君なら努力すればきっと手に入れられるだろう」 うん、そうだ。銃型ライトなど珍しくもない。簡単に手に入れられる。 ちょっとオモチャ屋に足を運べばいいのだから。 それを聞いた時の職員さんの嬉しそうな顔が印象に残った。 その後に来た、空港職員の方達の案内で、職員専用の通路を通らせてもらって、ボディーチェックなどを受けずに飛行機に搭乗することになった。 前後を固める職員さん達はまるでセキュリティーポリスのようだ。 それはまるで俺達が恰も≪VIP≫の様である。 こんなのは趣味じゃないんだが…。 だが、瑞樹はなんとなく嬉しそうだ。歌を口ずさんでいるし。 ただ音痴なのかまるで呪文の詠唱のように聞こえたりするが。 しまいには、職員さん達まで歌い出す始末。 流行ってるのか? この歌? その歌に当てられて、気分が悪くなったのは言うまでも無い。 最後に振り返り空港を眺めた後、案内してくれた職員さん達に目礼して飛行機に乗り込んだ。 私の仕事は立派な魔法使い。 魔法を知らない一般人を影ながら守るのが仕事。 組織は最大級の非公式NGO団体「普通の人々」。 人数は随時増えている。 何故か。 我々は魔法使いとしては落ちこぼれであるからだ。 が、どんなに落ちこぼれと呼ばれようとも、我々は夢と誇りを決して捨てない。 そして、我々はどこにでもいる。 例えば…そう、空港の職員として。 最初その人を見たときは普通の人に見えた。 守るべき普通の人。 だが、何かがおかしい。 私の心に警戒信号が灯る。 近づいてみると、疑惑は確信に変わった。 彼から魔法の力を感じるのだ。 私は感知能力が「普通の人々」の中では高い方だ。 だから、解る。 彼が何かの魔法の道具を持っていることを。 魔法使いだろうか? いや、違うと結論をつけた。何故ならばあまりにも微量だからだ。 まるで一般人が何かの偶然で魔道具を持ってしまったような、そんな僅かな魔力。 しかも、強力な認識阻害の魔法も掛かっているのだ。 やはり、何かの間違いで手に入れたのだろう。 危険からは遠ざけておくべきだ。 魔法の道具はそれだけで厄介事を引き寄せるのだから。 この際、多少記憶を消してもかまわない。 私はさりげなく、彼らに声を掛けることにした。 「お客様、ちょっとこちらに来ていただけますか?」 その時、突然彼らの纏う雰囲気が微妙に変わった。 カミソリの刃のように細い意識が私を取り囲んでいる。 最初に否定した考えだった。 彼らが魔法使いだということは。 こうなっては仕方が無い。 魔法使い相手には危険な賭けだが、せめて彼の持って魔法具…おそらく武器だろう、を調べよう。 いま、仲間を呼んでる暇も無いだろうし。 今のところ、彼らは表立って争う気はないようだ。 最悪でも、私のパートナーに情報を渡すべきだと判断した。 彼らを対魔法使い用の詰め所へと案内しながら、私は指輪型の発動体を使い、気づかれても構わないという覚悟で、占いの魔法を無詠唱で発動させるのだった。 「…武器、いえ銃ですね。それをゆっくり取り出して、机の上においてください。 そして、壁まで離れてください」 詰め所にて私がそう言っても、彼は動揺したそぶりも見せず、黙って懐から魔法銃を取り出した後、自分のパートナーを後ろに下げる。 これが彼らの戦闘態勢なのだろう。 前衛の男は魔法拳士で後の女は大火力の魔法使いタイプであろうと予想をつける。 おそらく武器は必要としないタイプなのだろう。 ワンドを嵌めた手が汗ばむ。 …と、ふと視線を魔法銃に向けてみると、どこかで見覚えがある。 「なっ!? これは、まさかっ!」 いまさら遅いかも知れないが、これをどこで手に入れたのか? そして、貴方は何者なのか、とりあえず聞いてみなければならない。 「…なにか、身分証になるものはありますか?」 と、聞くと彼はおもむろにポケットに手を突っ込んだかと思うと、何かを弾き出した! まさか、これは悠久の風のMr.高畑が使うという居合い拳!? 防御体制を取り、魔法障壁を発動するが、それはいともたやすく切り裂き、首に当たると思った瞬間軌道を変えて、机の上の魔法銃の隣に突き立った! あの魔法銃が身分証代わりという事だろうか? 余計な詮索はするなと言いたいのだろうか? しかし、これはただの紙切れなのか? 腰を下げて臨戦態勢をとりながら、一体なにを…?と顔を向けるが、彼は無表情に突き立った紙切れに指を突きつけると、 「これで証明を」 と、言ってきたのである。 後に下がってる女の子が韻を踏むように何か言っている…! これは始動キー!! つまりは形勢が逆転してしまった訳だ。 この部屋では不意打ちを防止するため無詠唱魔法が使えない。 それは敵と味方どちらにしても言える事だった。 仕方なく、注意深く紙切れを見てみると、そこには十分な証明がなされていた。 「…なっ! Silent Sword of Waft…そうでしたか。 失礼しました。 今、空港に居る仲間を呼び、飛行機まで案内しますので暫くお待ちください」 暫く呆然と見入ってた私だが、気をしっかり持つと背筋を伸ばし謝罪し、パートナーに念話を飛ばす。 魔法銃の刻印はA(エース)つまりは、≪司令官≫だという事だ。 私はどうやらとんでもないことをしてしまったらしい。 しかし、彼は怒るどころか、 「驚かせてしまい、すまなかった。 しかし、君なら努力すればきっと手に入れられるだろう」 と言ってくれた。 彼はこの状況を利用して、私のために≪試験官≫をしていてくれたのだ。 つまり、落ちこぼれの私でも、今よりももっと努力すればSSWに入隊できると言うのだ! これが喜ばずにいられるだろうか。 私は久しく忘れていた感動を思い出していた。 その後は素早かった。 彼の事情を説明した仲間達とでガードし、 人目を避けるため魔法使い用秘密通路を通り空港から丁寧に送り出したのだった。 その際、SSWの司令官から紹介された彼のパートナー、瑞樹ちゃんが解析と探査の呪文を唱えていたのが気になる。 健介君もだんだんと機嫌が悪くなっているようだ。 その理由は自分達も呪文を唱えてから明らかになった。 彼が振り向き建物を鋭い目で見渡し、続いて私に目で指示を出している。 その目は語っていた「ゴミを片付けてくれ」と。彼はまさしこの手に関してはく≪専門家≫なのだ。 その後、私達は秘密裏に空港内に潜むテロリストを張り切って排除したのは言うまでも無い。