第三章 潜入、国家機関

 あの悪夢の日より一週間後の土曜日。一茶を含める四人の部員たちは再び部室に集まっていた。四人も机をかこっているのに口を開くものは誰もいない。単純に皆しゃべる気力がないからだ。彼らの雰囲気を一言で表すと欝であろう。奇抜な衣装や体毛によって隠された彼らの素顔がさぞかし暗いであろうことは、彼らをおおっているオーラを見れば誰にでも想像がつくだろう。その暗く重苦しい空気の中、一茶は一番奥の上座の席を見た。
 本来そこにいるであろう人物、部長はまだ来ていない。
 このまま彼が来なければ、部活は休みになるだろうかと考え、すぐにやめた。
 どんなことが起ころうとも、部長は来るに決まっているという確信に近い予想が立ったためだ。その根拠はどこにもありはしないのだが、あの人だからという理由でどうにでもなるような気がするのは自分だけではないだろうと一茶は思った。
 彼はため息をつくと袖をめくった。
 現れるのは銀色の時計。入学祝に祖父から貰ったその時計の針は後五秒で十時、部活の集合時間を指そうとしていた。その針が進まないでくれとこれほど真剣に願うことは自分の十八年間の人生の中で初めてではないだろうかと一茶は考えるのだが、その間にも針は無情にも進み、やがてその時がくる。
「諸君。
 今日は重大な話がある」
 時計の針が十時を指すと同時に部室に声が響いた。
 音源は一番奥の上座の席。目をやれば、そこにはまるで初めから居たかのように部長が座っていた。突如現れた彼に対して驚くものは誰も居ない。新入部員の一茶ですら驚かなかった。
先日の一件で、部長とはこういう存在だということを悟ったためだ。
 半ば諦めを含んだ気持ちで彼らは部長の次の言葉を待った。
 彼はそれに答えるように、組んだ足を解き、机にひじをつくと言葉を続ける。
「実は、陰陽課に目をつけられた」
 彼が告げる一言。
 その言い方はひどく軽いものであったのだが、その言葉を聞き一茶以外の三人は絶句した。
 尋常じゃないその様子に一茶も何かを悟ったようだ。恐る恐るといった感じで「陰陽課ってなんですか」と部長に聞き返す。
「そういえば、一茶は知らなかったのだな。
 陰陽課とは警察機関の一つで、魔術などの捜査をする所だ」
 先から代わらぬ世間話をするように語られるその言葉は、一茶の中で大きく響いた。

 オフィス街の片隅にその建物はあった。
 鉄筋二階建て、築二十年を過ぎる小さなビル。うす汚れた壁に入った小さなヒビを補修して、騙し騙し使われているその建物中には四人の人間がいた。
 彼らの名前は大木、村田、林、安藤。
 陰陽課の公務員四人である。
 足跡がつくくらいに積もった床の埃が動くたびに舞い、大木は顔をしかめた。隣を見れば、村田は目の前を手で払っており、林は口元をハンカチで押さえ、安藤は何かを求めて先程から視線を窓の外に向けている。
「諸君」
 その中、おもむろに口を開くのは林だ。その言葉に、他の三人はいっせいに林の方を見る。その切望するような目はいったい何を望んでいるのだろう。
「とりあえずは…」
 林は目線を外に向ける。窓の向こうにあるのは、並列して建っているビルの群れだ。都心とは比べるまでもない小さなビル郡ではあったが、それでもこの街が世間の流れに遅れることなく、都市化が図られていることを示している。
 林は何を思って、このビルの群れを見ているのであろうか。いや、何も思っていないだろう。なぜなら彼が見ているのは、そんなものではないのだから。
 そう彼が、いや、彼らが今求めているのはそんなものではない。
「げほっ」
 村田が咳をした。もう限界なのだろう。目には涙をため、苦しそうに口元を押さえる。
 彼の目は林に訴えかける。早く、早く言ってくれと。
 そして、皆に待ち焦がれられ、林はついにその言葉を口にした。
「窓を開けないか?」と
 その言葉を聞いた瞬間。彼らは我先にと窓を開け、新鮮な空気を大きく吸う。大木もその例外ではない。その様はまるで獲物に群がるハイエナのようだ。向かいのビルでその光景を見ていた社員が眉をひそめたのは必然のことであろう。
 大木は窓から乗り出して、彼は深呼吸をする。こんなにうまい空気を吸ったのは、数年前、富士山に登った以来だと、この時彼は本気で思っていた。街中の空気と山の空気を混同するという、登山愛好家からはなんとも文句の言われそうな感想である。そして、満足のいくまで深呼吸を繰り返すと、大木はまだ埃っぽい室内に視線を戻す。部屋の中にあるのは段ボール二十箱分の荷物と隅に寄せられた五つのデスク机。
 生活感はない。まんま、引越しして来ましたといわんばかりだ。
 ここが、彼らの新しい仕事場である。
「諸君…」
 みんなが落ち着いたところで、再び口を開くのは林。
 彼は、キリリと背筋を立てると、部屋の中にいる全員を見渡した。
「私達は対エデンの戦士たちの本部として、この事務所を借りることとなった」
 そう言う林の言葉は相変わらずどこか演説がかっている。
 そこにはこの前見せたような熱血漢な所はまるでなく、あれは幻じゃないかと思わすほどだ。
「この場所がこれから私達の職場となるわけだが、私はここに愛着がわく前にふざけたことをしている奴らを引捕まえ、この事務所を引き払いたいと思っている。
 もっとも、その前に準備を整えないといけない訳だが」
 何事も準備をしなければ始められない。林の言葉を聞き終えると同時に彼らは動き出す。
 村田の動きはその中でもなんだかきびきびしていた。
 ああ、そういえば、こいつはかなりの綺麗好きだったなと考えながら、大木は段ボールからはたきを出すと、掃除は高いところからの法則に従い近くの窓枠の埃を落とすことにした。
 彼は叩きを振り、窓枠を叩く。パタパタと空気を切る音と共に舞い降りてくるのは埃。
 マスクをしていない鼻にはもろにそれが入り、大木はくしゃみをした。
「はっくしょん!
 くそっ」
 彼は鼻水をすすりながら悪態をつく。まだ鼻の奥がむずむずして気持ちが悪い。
 鼻でもかむかと彼はティッシュを探すが、なかなか見つからない。
「どうぞ」
 そして、そのままポケットを探していると、そんな声と共に目の前にポケットティッシュが出てきた。大木は顔を上げると、驚愕の声でいう。
「…おまえ、しゃべれたんだな」
「どういう意味ですかそれは」
 大木の発言に、そう言われた安藤は不機嫌そうな顔で見つめ返す。
 あまりといえば、あまりの感想。原始人ではあるまいに、一部の障害を持たない人以外はしゃべれるのが当然だ。安藤の大木を見るめる視線は険しい。
「い、いや…
 だって、この前あったときは一度も声を出さなかったし…」
「あれは、しゃべれないのではなく、しゃべらなかったんです」
「は、ははは、そうだよな」
 大木は苦しい笑い声を上げる。その裏には笑ってごまかそうなんていう稚拙な魂胆が丸見えだ。安藤がなおも見つめると、その頬には一滴の汗がタラリとたれた。そしてお見合いすること十秒弱。気でも済んだのか、やがて安藤は「まあいいでしょう」という顔をし、自分の仕事に戻っていく。
「あははは、はぁ。
 なんだ、奴のあの威圧感は…」
「ですね、そこら辺のヤクザなんて目じゃないですね。
 というか、安藤さんてしゃべれたんですね」
「村田。
 安藤が見てるぞ」
「え、ええ!」
 村田は大木の言葉に驚いて跳びのく。彼が慌てて振り向いた先にはこちらを睨む安藤の姿があった。村田は助けを求めるように大木の方を向くが、
「さあ、片付け片付け」
 大木は我関せずといった感じで去って行ってしまう。
「せ、先輩待ってくださいよ」
村田は急いで大木の後を追った。

「ふぅ」
 あらかたの片付けが済み、額を伝う汗をぬぐう。
 元がぼろなだけに見違えたというほど綺麗にはならない。
 そこに何やらさびしいものを感じながら、大木は自分のデスクについた。
 デスクは五つが向かい合わせにくっついていて、一番の上座は林の席だ。
 大木の向かいには安藤、下手は村田の席である。
 なら、村田の向かいの席は誰のであろうか?
「先輩。あの席は誰のでしょうね」
 一つだけ開いている席が気になったのか、村田は隣の大木に聞く。
「あー、あれは特殊要員の席ですよ」
 疑問に答えたのは大木ではなく林だった。
「特殊要員?」
「はい、外来の魔術師を招きまして、調査を手伝ってもらうこととなっています。
 到着は来月のようですが」
「ほう」
 大木は声を上げながら頭の中でその外来の魔術師を想像した。
 そのとたん、大木の顔は大きく歪む。
「先輩、どうしました?」
「い、いや」
 どうやら彼の想像力は貧困なようだ。彼の頭の中には鍋をかき混ぜている怪しげなじいさんしか思い浮かばなかった。無論、現代の日本にそんな怪しげな格好をしている奴はそうそういない。一瞬、自分の想像力のなさに大木はへこんだ。
「まぁ、どういう人物かは来てからのお楽しみとしておきましょう。
 それより、今はやることがありますよ。
 まずは、敵の確認からですね」
 林は大木の想像していることが表情から分かったのだろう。
 彼はそう言うと話はここまでと冊子を皆に配り始めた。
「昨日、陰陽課の情報部に調べてもらったものです」
 林にそう言われ、三人は冊子をめくり、内容に目を通し始める。
「まず、一枚目の地図について言いましょう。
 四色の色で書かれているのは、エデンの戦士たちの各逃走経路です。
 情報部の言うことには、かなりの魔術的ジャミングがかかっているようで、結構苦労したそうですよ」
「なんで、線が跳び跳びなんだ?」
 大木が言ったように、地図には四色で線が書かれているものの、同一の色の線はつながっていない。
「それは、彼らが多重空間転移をしたためです。
 各個人において、転移した数は違うでしょうが、少なく見積もっても三十以上。
 はっきり言って、魔術的検知による本拠地の特定は不可能です」
「空間転移って、そうも簡単にできるんですか」
「普通は出来ませんよ。
 並みの魔術師だったら五回やったところで疲弊します。
 おそらくは道具による転移と見られてますが、そんなことの出来る魔術具があるなんて聞いたことはありません」
 村田が疑問の声を上げると、林は笑顔でそう答え、続ける。
「つまり、相手は並みの魔術師ではありません。
 それも、創ることに対しては世界トップクラスでしょうね。
 四人のエデンの戦士たちが連れていた戦闘要員もその魔術師が作ったものでしょうが、その強さは対峙したお二人が良く知ってるでしょう。
 はっはっは」
「はっはっは、って笑ってる場合か!
 つまりは、そのヤバげな相手に対して俺達は戦わんといけないわけか」
「まあ、そうなりますね。
 でも、安心してください。先程言ったように外来の魔術師も雇いますし、二日以内にはこの街にあと五つほどここと同じ詰め所が出来る予定です。
 いざとなったら、春日署に応援も頼めますからね」
 そう言われて、大木は黙った。確かに言われてみればそうである。まるで自分だけで戦うような気分でいたが、自分達は組織。頼るべき仲間はたくさんいるのだ。どうやら、意気込み過ぎたようだと、彼は心を静めた。
「さて、大木君も落ちついたところで話しを続けましょうか。
 地図を見て分かったと思いますが、敵の司令官クラスは少なくとも四人います。
 次のページが彼らの今現在分かっている情報です」
 林にいわれて大木達はページをめくる。そこに現れたのは各人物の似顔絵とプロフィールなのだが、ほとんどの項目には不明の文字が並んでいた。
「見ての通り、私達が彼らに対して分かっていることはほとんどありません。
 しかし、注目すべき点は彼らの中の二人は人外で、一人は超能力者の類ということです。人外の一人は人狼でもう一人が人魚、超能力者の方は話しを聞く限り未来予測だと推測されます。
 これについて、我々がすべきことは二つ。
 一つは敵の情報を集めること。そしてもう一つは戦闘訓練です。
 幸いにも人狼と人魚に対しては戦い方に定石があります。未来予測には未来予測の弱点がありましょう。
 これから一ヶ月は彼らとの戦闘を想定して訓練をします。
 異論はありませんね」
 そう言う林の声には異論など挟めないような力強さがあった。
 もちろん、彼らは林の意見に対して異論など持っていない。
 日本の未来のためにと言うと仰々しいが、彼らは自ら信じる正義のために力強く肯いた。

「さて、一茶君。
 こうして僕達はここに来たわけであるが、正直僕はあまり乗り気ではない」
「自分だってそうですよ」
 時計の針が夜の十二時を回り月が空の真中に上った頃、一茶と大牙はとある建物の前に来ていた。
 彼らの目の前にあるのは外装に茶色のタイル張りがされた六階建て建築物。
 集合住宅として建てられたそれは十年以上前に造られたにしては真新しさを保っており、他に背の高い建物を持たないこの住宅地ではひときわ目立っている。
 ある意味この住宅地を代表する建物は同時に二人の目的地でもあった。
 今回彼らがここに来たのは友達に会うためではない。それだったらどんなによかったことか残念ながら襲撃のためだった。
 その話しを聞いたのは陰陽課についての説明を受けた後のことだ。
 部長の「敵の戦力を知っておかなくてはいけないだろう」との一言でこの作戦は立案された。
 主な内容は敵地に進入し、資料の確保プラス武力偵察。
 立案した本人は簡単そうに言うが実際には検挙または死亡をはらむ危険なものだ。
 もちろん反対もでる。というか彼以外の全員が反対した。
 初めに意見したのは工藤であった。
 彼は理論的にこの作戦の危険性を指摘し、次に大牙がそれに乗っかった。
 そして、鈴穂が感情で説得をすると一茶もそれを弁護する。
 しかし、それがうまくいっていたら彼らはここにいない。
 部長はそうかと呟くとA4サイズの茶封筒を取りだしこう言った。
「そうか、もし反対なら私はここにある資料を国家に受け渡さないといけないな。
 なに、安心してくれ君達のプロフィールを余すことなく書きこんでおいたから」
 平穏を望む彼らはもはや反抗する言葉を持ち合わせてはいなかった。
 そこまで思いだした所で一茶はため息をついた。
「本当に襲撃しなくちゃ行けないんですか?」
 目の前のマンションを見上げると彼は救いを求めるように大牙に聞く。
「俺はまだまっとうな人生をあきらめてはいないんだ。
 あの資料が警察に行くことだけは阻止しなければなるまい」
「俺が考えていた大学生活はこんなんじゃないはずなのに」
「安心しろ。うちの部員はみんなそうだ」
 何かを悟った笑みで大牙はそう言うと、建物に向かって歩きだした。
「ちょ、ちょっと、大牙さん。
 変装! 変装!」
 もっとも、すぐに引き帰してきたが。大牙は少し、間の抜けたところを持っているらしい。
 気を取り直して、彼らはマンションへの侵入を開始した。誰にも見つからないようにこそこそとエレベーターに乗り、ついたのは六階。部長の話によるとこの階すべてが警察のものだということだ。しかし、どこに目的の資料があるのかはさっぱり分からない。
一茶は大牙の方を向く。思ったことは同じらしく彼は肩をすくめた。
「やっぱり、地道に一つずつあたっていくしかないですかね」
「ああ、まあ取りあえず部屋に誰もいないことを祈ろう。
 彼らは肯きあうと取りあえず一番近くの部屋から探すことにする。
 さてさて、大牙が取りだし足るのは鍵の束。先程管理人室からパクってきたものである。
「六〇一、六〇一はと…」
 適当にジャラジャラといじった後目的の鍵を見つけ鍵穴に指しこむ。
 当たり前だが鍵はすんなりと開いた。
 そして、ドアを開けるのだが、ふと大牙の動きはそこで止まった。
「どうしました」
 心配になって一茶は聞くのだが返ってくるのは「四人、いや五人いるかな」という答え。
 思わず一茶は「マジデスカ?」と片言で聞き返してしまった。
「ああ、マジだ。やばいな、気付かれてる」
「人狼って、耳がいいんですよね?
どうして開ける前に分からなかったんですか」
「技術の進歩ってずごいな。
 ビバ防音」
「やっぱり、ここで逃げるのってなしですよね」
「俺だって逃げたいよ」
 大牙はそう言ってため息をついた後「俺の後について来て」と続けそのまま中へと入っていった。
「ああ、どんどん深みにはまっていく気がする」
 一茶もぼやくとそれに続く。
 入りこんだ玄関は電気がつきっぱなしなため明るかった。しかしそこには靴すらなく、居間へと続くその廊下は生活臭を感じさせない。ドアまで十数歩しかないその道のりが天国への十三階段に見えるのは気のせいであって欲しいと思いながら一茶は大牙の後ろを歩いた。
 もちろん土足だ。日本人としてなんかあまりいい気持ちはしないものの、背に腹は返られない。それに、ここにいる国家機関の方たちも土足のはずだ。気にしなくても良いだろうと半ばどうでもいいことを考えていると、ふと前を歩いている大牙が立ち止まった。
 彼は大きく足をあげる。ドアを蹴り破るつもりだ。
 バキッ
 そしてそのまま足をつきだすのだが、どうやら手加減をしすぎたらしくドアは割れるまでにとどまった。
 彼はもう一度足をあげると今度は思いっきり足をつきだす。
 ドゴーンッ
 恐るべきは人狼の怪力。フルパワーで解き放たれたそれは見事にドアを吹き飛ばし、ソファーの影に伏せていた人間を再起不能にする。
 そのまま大牙は中へと踏み込んだ。
 パンッ、パンッ
 破裂音と共に鉛の弾が彼を襲い体から血が吹きだすが気にも止めない。
 自分にとってそんなものは大して意味を持たないことを理解しているからだ。
 そのまま彼は部屋の中を見渡すと左手の男に向かっていく。
「…人狼か!
 Sタイプの装備を持って来い!」
 対峙した男はそう叫びながら大牙に向かってなおも引き金を引いた。
 しかし、それは牽制にすらならず、男は腹に拳を打ち込まれ崩れ落ちる。
「くそっ」
 大牙の背後に立っていた男が悪態をつきながら拳を握った。
 するとその手は淡く光りだす。
「気か!」
 言うか早いか大牙は体を反らした。大牙の鼻先を通っていくのは衝撃。
 対象を失ったそれは壁際にあった時計を粉砕する。いわゆる遠当てと言うものだ。
 そのまま続くのは遠当てのラッシュ。
 先程までの鉛の弾と違い気は神経系にもダメージを与える。
 いくら人狼といえども神経にダメージを食らえば回復に時間がかかるため大牙は必死でそれをよけた。
「まだまだー!」
 男は疲れを知らないのか気の弾丸はやむ気配がない。
 一秒間に六発のペースで放たれるそれは次々に部屋を破壊していく。
「ほっ、くっ、
良く続くね」
「伊達に陰陽課ではない!」
「でも、背後には気を付けたほうがいいかも」
「何をガッ」
 男の言葉は長くは続かなかった。
 なぜならいつのまにか背後に立った一茶に椅子で頭を強打されたからだ。
「ナイス、聖なる…
 何だっけ?」
「自分でも忘れそうになりますけど聖なる瞳の観測者です」
「ああ、そうそう。
 っとお客さんだ」
 一息ついたのもつかの間、どうやら装備を整えにいった二人が戻ってきたようだ。一茶と大牙は彼等が出てくるであろうドアに向いた。
 その時一茶がふらつく。いつもの未来視の兆候だ。
 そして、それから立ち直った時、青ざめた顔で大牙を突き跳ばした。
「何をっ」
 大牙が抗議の声をあげるのもつかの間、次の瞬間には彼等に向かって弾丸が跳びだしてくる。
 ただの鉛の弾だったら一茶もそんなことはしなかっただろう。
 それらはすべて銀だった。その正体に気付いた大牙は顔を引きつらせる。
「部下を!」
「分かってる」
 答えると同時に大牙は天に向かって遠吠えをする。その瞬間、彼等の足元に現れるのは幾重もの魔法陣。光り輝くその紋様の中から這い出るものは切り張りされた動物の骨。
大牙−銀狼の部下、骨格獣である。
 呼びだされた骨格獣は三体。それらは呼ばれるとすぐに大牙の盾となるべく彼の前に出る。
「来い、一目!」
 続いて一茶が呼びだすのは一つ目の鬼。
 一茶が指を鳴らすと同時に現れたそれは同じく一茶を守るべく前へと出た。
「観測者!
 テーブルの上にある紙を適当に掴んで逃げるぞ」
「了解です」
 状況を不利と判断した大牙は一茶にそう指示を出すと、素早くテーブルの上に散乱していた冊子を手に逃走を開始した。
 もちろん骨格獣に逃走の間足止めをさせることも忘れてはいない。
 一茶も散らかった数枚の紙を手に取ると走り出した。
「マンションから出たところで転移を開始する。
 いいな!」
「はい!」
 エレベーターなんて使えるはずがなくもちろん階段を降りてゆく。
 降りてく途中に住人と出会い、悲鳴をあげられたのは些細なことであろう。
 そして、ついに二人は玄関へとつくのだが、
「団体さんいらっしゃいかな?」
「あはははは…」
 目の前にはパトカーの列が出来あがっていた。それはもうありの大群のようにびっしりと。
「くそっ、どうする?
 この分じゃ、転移を妨害されるかも知れんぞ」
「他に選択肢はないと思いますが?」
 渋い表情を浮かべる大牙に一茶はそう告げる。
「そうだな、迷っている暇はない。
 いくぞ!」
「はい!」
 このまま走って逃げるのには無理があるだろう。
 ならば、危険がはらんでいようと、これにかけるしかない。
 大牙と一茶は頷きあうと、同時に転移装置を稼動させる。
 その瞬間。彼らは光に包まれた。

「死ぬ…
 死んでしまう…」
「いやだ、もう絶対いやだ」
 それから十数分後、一茶と大牙の二人は部室へと戻っていた。
 肉体的には大丈夫だが、精神的にはかなり参っている。
「大丈夫?」
 そこにいたわりの声を掛けるのは鈴穂。
 その美貌から今の彼女は女神のように見えた。
 もっとも所々焦げてはいたが。
「鈴穂の方こそ大丈夫なのか?」
 その姿が気になったのか、大牙の方も鈴穂に聞き返す。
「ええ、陰陽課って自衛隊よりも過激なのね…
 ロケットランチャーを使ってくるとは思わなかったわ…」
「うわぁ」
 その言葉を聞き、思わず大牙は声をあげた。
 どうやら自分達はまだマシだったようだと。
「うむ、皆無事で何よりだ」
 そこに横から口を挟み現れたのは部長の紡であった。
 大牙の方に近づくと「首尾は?」と聞く。
「首尾はどうかと言う前に死にそうだったんですけど…」
「安心しろ。死んでもちゃんと生き返らすから」
「いや、死んだら…」
 生き返れないでしょと反論しようとして大牙は止まった。
 部長だったらやれそうだと思ってしまったからだ。
「ふむ、信じられないようだったら実践しても良いが」
「え、いや、本当に?」
「まぁ、それよりも何か取れたか?」
「え、え〜と。
 確認はしてませんけど適当に落ちていた紙を数枚」
 何やらはぐらかされたような思いをしながら大牙は手に持っていたものを部長に渡した。
「ふむ、ご苦労」
「あれ、そういえば工藤さんは?」
 一茶も部長に紙を渡すが、そこで工藤がここに姿を見せていないことに気がついた。
「ああ、ちょっと捕虜と話しを」
『捕虜?』
 一茶と大牙はそろって驚きの声をあげた。

時は少しさかのぼる。
「ああ、鈴穂ちゃん。
 帰りたいよう」
「そんなこと言わないの」
 一茶と大牙が陰陽課の建物に突入したのと同時刻。小学校近くの道端には二人の女性の声が響いていた。女性と言っても片方の声は舌っ足らずでかなり幼い。
 事実、街灯の光が映す声の主達は年頃の女性と十歳程度の女の子であった。
 しかし、その姿は珍妙だ。
 まずは二人とも日本人の髪の色ではない。女の子の方は綺麗な金髪で女性の方は染めているのか水色と天然では有りえない色をしていた。
 次に服装もこの近くでパーティーでもあったのかドレス姿である。女性の方はベールで顔を隠しているので分からないが、女の子の方は顔立ちもはっとするような美しいものであった。
「鈴穂ちゃん。子供扱いしないでよ」
 とそこで女の子は女性の話し方に不満なのか不機嫌そうに方を膨らます。
 それは年相応で可愛らしくあるのだが、
「だったら何で工藤さんはそんな話し方しているんですか?」
「しょうがないでしょ。
 これの中にいると問答無用でこのしゃべり方になるんだから」
 この少女の中身が二十台の男と誰が分かるであろう。
「それも部長の趣味ですか…」
「うん、何とかあの人形は使わずに済んだんだけどね」
「ああ、そう言えば本体の方は抱いてませんね」
 どうやら少女もとい工藤はセルロイドの人形に入らなくてよい代わりにしゃべり方を矯正させられているようだ。
「でも、かわいらしくて私は好きですよ」
「ぜんぜん、うれしくないよ」
 しかし、口調は修整されるが心の方は修整されるはずもなく工藤はひどく嫌そうである。
 誰だって、心の中で言おうと思った言葉と、口から出る言葉が違えば、気分が悪くなるものだ。しかし、そんな工藤の心を知ってか、知らずか、鈴穂はあくまでも小さな子供に話しかけるような言葉で「まぁ、それはともかく行きましょうか」と話しかける。
 もう、勘弁してくれと工藤は大きくため息をついた。
 もちろん、ため息の理由は鈴穂に子供扱いされることだけではない。というか、むしろそっちのことと比べれば、鈴穂に子供扱いされることなど、どうでもいいように思えてくる。
「やっぱり、行かなくちゃいけないよね?」
 工藤は再びため息をつき、すがるように鈴穂の方を見た。その姿はかわいらしく、鈴穂の保護欲を掻きたて、内心彼女が工藤を抱きしめたくて仕方がなかったのは秘密だ。
「エレイシアちゃん。私だっていやなのよ」
「わかってる。
というかエレイシアちゃんて何?」
 彼女はその煩悩を振りきるかのように工藤を諌めるのだが、どうやら呼び方が気に食わなかったらしい。工藤はまたも頬を膨らませた。
「自分の通り名くらい覚えてくださいよ」
「覚えてるよ。
 じゃなくて、なんでエレイシアって呼ぶの?」
「だって、その外見に工藤なんて名前似合わないじゃありませんか?」
「といか、鈴穂ちゃん…
 この状況楽しんでる?」
「さぁ、どうでしょう」
 エレイシアもとい工藤はあきれたように鈴穂を見た。
 確かに工藤の言うように鈴穂は何やらふっ切れたような表情をしている。
「鈴穂ちゃん。これから行く場所がどこか分かってるの」
「ええ、分かっているから開き直っているのでしょ」
 どうやら、彼女の中で何かが切れたようだ。
 いざとなったら女の方が強いとは聞いたことが有るが、どうやらそれは本当らしいと工藤は静かに思った。そして、彼女達はやがて一つの建物の前へと来る。
 そこは学校近くのコンビニが工事の途中で中止になり放棄されたものだ。
 ただ、最近買い手が見つかったらしく工事が再開されたのだが、出来あがったのは当初の予定のとおりのコンビニではなかった。
「けど、コンビニじゃなかったら、こんなに広い駐車場いらないよね」
「それが、無能な政府というもんですよ」
「…鈴穂ちゃんって、何気に毒舌だね」
「無能じゃなかったら今すぐに私達を助けてくれるはずです」
 それはヤツアタリじゃないかと工藤は思いながらも黙って目の前の建物を見つめた。
 彼女達の目の前にあるその建物は陰陽課の詰め所の一つだ。
 彼女たちはその中に突入し、彼らが所持するエデンの情報を奪取しなければいけないのだが、やはり躊躇うというのが人情だ。工藤のほうはなかなか決心がつかずにその建物を見つめたままである。
「ほら、エレイシアちゃん。
 いきますよ」
「だからエレイシアじゃ…
 はぁ、分かってるわよ」
 鈴穂に言われてようやく決心がついたのか、二人は建物の中へと入っていった。
 それからのことは特筆すべきものはない。大して問題も起こらず順調にいったと言ってもよかった。目的のブツはしっかりと頂き、帰り際にロケットランチャーを打ち込まれはしたが、部長特製の衣装のおかげで、少々焦げたもののダメージを大して負うことはなかったからだ。
 もっとも、一般人の目撃者さえ居なければであるが。
 いや、ただの一般人だったら問題なかったであろう。その場合はこんな事態にはならなかったはずだと工藤は思う。その一般人が自分たちの部室にいるという事態には。その一般人はただの一般人ではなく、好奇心旺盛な一般人だったのだ。
 それも超特大級の。
 そうでなければ、光に包まれて消えていく女性二人に飛びつくということをしないはずだ。
 それは陰陽課の詰め所より脱出し、転移を開始する直前のことであった。
「えっ!
 なになに? なんかの撮影?」
 なんて甲高い声に振り向けば、工藤の視線の先にはこんな深夜になにをしているのか十代後半、女子高生だろうか、少女とも呼べるぐらいの女の姿。
 なんでその時無視しなかったのだろうと工藤は今になって思う。
 工藤はその時に「ううん、違うよ」なんて間抜けにも返答をしてしまったのだ。
「じゃあ、コスプレ?」
「それも違うよ!」
「じゃあ、なに?」
 返答したのが不味かったのか、その一般人は彼女に詰め寄ってきた。
 そして、返答に窮したところで逃げるが勝ちと転移を開始すればこの事態である。
「エレイシアちゃん、どうするの?」
「わたし?
 わたしが悪いの?」
「だって、エレイシアちゃんが返事なんてしなかったら、こんなことにはならなかったでしょ」
「そ、それはそうだけど…」
「そんなことより!」
 二人が揉めている所で口を挟んだのは、付いてきてしまった一般人の少女だ。
 彼女は目をキラキラとさせながら言葉を彼女達に詰め寄ってくる。
「なになに?
 ここ何処なの、というかどうやって移動したの?
 ねえねえ、教えてよ」
 見知らぬ女性に見ず知らずの場所に連れ込まれた(むしろ付いてきた)この状況に、彼女はこの状態に危機感を感じないのであろうか。
 そんなことを頭の隅で考えながら工藤はため息をつき口を開くのだが、
「うわぁ、なにあのオブジェ。ひょっとしてここって悪の秘密基地とか?
 うわぁ、うわぁ」
 言葉を紡ぐことは出来なかった。一般人の少女が部室を見渡し騒ぎ始めたからだ。
 工藤は青筋がこめかみに立つのを感じた。
 しかし、それはそれ。
 今の外見はどうであれ、工藤は立派な二十歳を過ぎた大人である。
 苛立つ気持ちを抑えて再度話しかけようと口を開く。
「ねぇ…」
「おー、よく見るとこれって純金?
 おっ金持ちー」
 が、少女は聞いていない。
 語りかけた言葉を無視して、今度は机の四つ角を飾っている金の装飾を指でさわりはしゃぐ。
 工藤はこめかみの青筋が増えるのを感じた。
 今、彼、というか彼女というか、もとい工藤の心の中が見えるとすれば、嵐の海のようであろう。しかも、真冬の日本海のような。
 もともと、物静かな工藤は騒がしい事は好きではない。
 ならば、なぜこんな部活にいるのかと聞かれれば、悲しい思い出がぶり返すために黙秘権を行使するであろうが、そんなことは今はおいておこう。
 ともかく、工藤は騒がしいことは好きではない。
 酒なんかも、みんなで騒いで飲むのはそれはそれで楽しいが、一人で飲む方がどちらかというと好きである。
つまりはだ。なにが言いたいかというと、
「鈴穂ちゃん。
 あいつ、黙らしていい?」
 工藤にとって、あのような姦しい少女は水と油と同じくらい相性が悪いということだ。
「エレイシアちゃん。落ち着いて」
「落ち着いてるよ。すっごく」
 鈴穂は工藤のその様子になだめようとするが、当の工藤は聞いてはいるが、聞く耳を持っていない。
 彼女? の体からは赤い湯気のようなものが立ち上がっていた。
 さすがにその様子を察したのだろう。
 先程まで騒いでいたはずの少女は、ぴたりと口を閉じ、驚いた様子で工藤のほうを見ていた。
 そして、しばらく見つめた後、鈴穂のほうに顔を向ける。
「み、みずいろのお姉さん。
 なんかすっごい嫌な予感がするんですけど、あの赤い湯気ってなんですか?」
「これはね、魔力よ。
 ただ、密度が濃いから普通の人にも見えているけど」
 助けを求めるように質問をするのだが、答えが返ってきたのはみずいろのお姉さん、鈴穂からではなく、赤い湯気を纏っている工藤からだった。
 彼女? は子供が見たらトラウマになりそうな笑顔を浮かべながら、少女の方に近寄っていく。少女は助けを求めるように再び鈴穂のほうを向くのだが、ぶつかり合った視線はあっさりとはずされた。人はこの状況を俗にこう言うだろう。すなわち見捨てられたと。
 少女は少し涙目になるのを感じながら再び工藤の方を見た。
 工藤の歩みは止まらない。
「…なんでそんな魔力を帯びてらっしゃるんでしょうか?」
「…聞きたい?」
「聞きたくありません!」
 一抹の希望を胸に恐る恐る聞いてみると返ってくるのは重い声色。
 少女が聞きたくないと答えるのも無理はないかもしれない。
 そして、工藤の腕が少女に伸びるが、
「ずいぶんと騒がしいな?」
 それは彼女に触れる寸前に止まった。
 少女は思わず瞑った目を開け、工藤の体から赤い湯気がなくなっていることを確認すると、その場にへたり込む。緊張の糸が切れたのだ。
「それで、どちら様かな?」
 ニ、三大きくその場で深呼吸をしていると、自分に誰かの影がかかったのだと分かり、彼女は上を見上げた。そこにいるのは一人の男。
 真っ黒な服に身を包み、緋色のマントをしているその男は彼女を覗き込むように見下ろしている。
「え、え〜と…」
「はじめまして、お嬢さん。
 私はこの組織の長である、混沌の統治者だ」
「わ、わたしは小島恭子です」
 いきなり男性に見つめられて、なんと答えたらいいか分からず、言葉に詰まっていると、気を利かせてか、紡が口を先に開く。恭子はそれを聞き慌てて自分も自己紹介をする。
 紡はそれを満足そうに聞くと、話を続けた。
「さて、恭子君。
 私としては君のこの場への立ち入りを許可した覚えはないのだが」
 その声色はひどく落ち着いている。
 しかし、それに反して紡の目はひどく鋭かった。
「そ、それは…」
 その鋭い目に恭子は気おされる。
 蛇に睨まれた蛙とは言わなくとも、狼と対峙した羊くらいにはなっているだろう。
 彼女としても、不法侵入の自覚はあるのだ。ただ単に、今までは好奇心や、恐怖心が勝っていたために、気にしてなかっただけである。
「望まぬのに人の後を付いて回るというのは、人としてどうだろう」
「うっ」
 紡の言う正論に恭子は言葉を返せない。
「別室で待機してもらうがかまわないかね」
「はい…」
 かまわないかねとは聞いているもののその言葉にノーと言える気配はなく、恭子は素直に頷くしかなかった。
「よろしい、ではエレイシア。
 彼女の監視を頼む」
「なんで、わたしが…」
「君に責任がないと」
「…分かったわよ」
 そして、紡の言葉に工藤もまた頷くしかなかった。

 四畳半の洋間の中で工藤は大きくため息をつく。
 ため息の原因は目の前でくつろいでいる小島恭子という名の少女だ。
 この部屋に紡に命じられ二人きりで居ること数十分。
 最初はおとなしく回りを見渡すだけの恭子であったが、それはやがて物色に代わり、しまいにはソファーに寝そべる始末だ。
 見ず知らずの他人に拘束されているにもかかわらずこの態度。緊張感のカケラすらない。
「あなた…
 これから自分がどうなるか心配じゃないの?」
 いいかげん腹に据えかねて工藤は話しだす。
「あれ? エレイシアちゃん。
 どうしたの震えた声で?
 トイレならお姉ちゃんに遠慮せずいってきなさい」
 が、工藤の言葉の何のその、恭子はいたってマイペースだ。
「違う、これは怒りのせいよ!
 というより、なんでエレイシアちゃんなんて呼ぶの!?」
「え?
 だって、エレイシアちゃんはエレイシアちゃんでしょ?」
「だ・か・ら、なんであんたエレイシアって呼ぶの!」
 工藤はそういって恭子に詰め寄ると、彼女は腕を組んでしばし考えた後「じゃあ、エルちゃんで」という。
「なんで、愛称になってるの!」
「えー、なんかエレイシアって長いから」
「あなたねぇ…」
「エ、エルちゃん。
 なんで赤いオーラをまとってるのかなぁ?」
「聞きたい?」
「聞きたくありません!」
 数分前の状況に酷似した状況。
 傍から見るとコントのようにも感じられるが、本人達はいたって真面目だ。
 事実、工藤が今支配している魔力は家一軒をいとも簡単に破壊できる量でもあるし、恭子もなにやらヤバそうなものを感じて必死で逃げ道を探している。
「消えなさい」
 そして、工藤が魔力に形を与えようとするのだが、
「やめぬか」
 その魔力は次の瞬間部屋に入ってきた紡によって間一髪霧散させられた。
 そして紡は工藤の襟を掴み宙に浮かせる。
「ええい、止めるな
 こいつだけは私の手で息の根を止めるんだー」
「ああ、じたばたするエルちゃんはかわいいけど、言ってる内容が問題よね。
 わたしエルちゃんの気に触るようなことしたっけ?」
 その態度こそが問題なのだが、そのことについて突っ込むものはここにはいない。
 ともかく紡は恭子に「これから君の処遇を決める会議を開く。付いて来たまえ」と一方的に宣言すると、ジタバタしている工藤をぶら下げたまま部屋から出ていった。
 恭子は遅れないように慌てて紡を追いかける。
 そして、歩くこと数十秒。連れてこられたのは初めに恭子がここに現れた部屋だ。
 ただ違うのは、恭子の見知らぬ人物が二人ほど増えていることであろうか。
 一人は仮面をかぶったスーツ姿の男。
 見えないはずの表情がきっと疲れ果てているのだろうと断言出来るのは、彼の持つ雰囲気のせいだろう。
 もう一人は銀色の体毛をした狼男。その毛並みは柔らかそうで、思わず手を触れたくなるのだが、口から垣間見えるギザギザの歯がそれをゆるしてくれそうには見えない。
 彼らは恭子の方を見ると同時に大きなため息をつく。
 彼らの心情を代弁するならば『厄介事がまた増えた』である。
 それはさておき紡が席につき、他の幹部もそれぞれのイスに座ると紡の宣言の下会議が始められた。
「さて、本日の緊急会議の議題であるが、そこにいる侵入者の処遇である」
 恭子は紡と机を挟んで向かいあう形で立たされる。
 それを確認すると紡は何処からともなく数枚からなる冊子を取り出すとそれを読み上げ始めた。
「小島恭子、十六歳。
 小島恭介と高倉さなえの一人娘として誕生。
 家庭内は円満。ただし、一ヶ月前から両親は海外出張のため現在は一人暮らし。
 性格的にはよく言えば好奇心旺盛、悪く言えば何にでも首を突っ込もうとする。
 交友関係は広く、特にクラスメイトの沢井遥と仲がよい」
 冊子に書かれていたのは、どこで調べたのか恭子のプロフィールだ。
 その内容は正確で恭子はそれに感心するが、
「身長は今朝の時点で百六十四センチ、体重五十一.三キロ。
スリーサイズは…」
「ちょっと待てぇぇぇい」
 それはすぐに羞恥へと変わった。
 内容が女性のブラックボックスへと入り込んだためだ。
「発言を許した覚えはないが、どうしたんだね?」
「あ、あんた、何読み上げてるのよ」
「君の体格についてだが?
 間違っていたかね?」
「正確よ。というかなんで今朝の結果を知っているの!?」
「調べたからに決まっていよう。間違ってなければ問題あるまい。
スリーサイズは…」
「だからちょっと待てぇぇぇい」
 事も無げに続きを読み上げようとする紡に向かって再び恭子は待ったをかける。
「だから、何読み上げてるのよおおぉぉ」
「先ほども言ったように、君の体格についてだが?」
「そういう意味じゃなぁぁぁい。
 わたしは、乙女の秘密を公然と暴露するんじゃないといってるんだぁぁぁ」
 言うが早いか、恭子は机の上に飛び上がり、紡のところまで走るとその腕から自分のプロフィールを奪い取る。
「何をする?
 それと、机の上に上がるのはモラルに反すると思うが」
「こんなんを読み上げる方がモラルに反するわよ。
 というかなんで人の便通の状態まで書いてあんの!?」
 奪い取ったプロフィールの欄に便通の項目を見つけると、恭子はさらに顔を赤くして喚いた。
「それは調べたからに決まっておろう」
「決まっておろうじゃない!
 普通に考えてこんなん調べれるのがおかしいでしょ!」
「まあ、そんな項目はどうでもいいがな」
「どうでもいいなら調べるな」
二人の言い合いはさらにヒートアップする。
いや、ヒートアップしているのは恭子だけで、紡のほうはいたって平然としている。
恭子はそれが余計に気に入らないのだろうが、それが余計にヒートアップするという悪循環になっている。どうやらマイペースな人間はよりマイペースな人間と相性が悪いらしい。
おかげで、話はまったくもって進まない。
「くそっ、こんなものはこうしてやる!」
 そして、ついに我慢できなくなったのか、恭子は叫ぶと同時に持っていた紙をくしゃくしゃにして破り捨てた。それから、どうだと彼女は紡を睨むのだが。
「まあ、こんなことよりそろそろ本題に移るか」
 紡のほうはまったく持って気にした様子はなかった。
「あ、あんた…」
「さて、私としては彼女に対する処置として、次の二つを推奨する。
 一つは後腐れないようにここで殺す。
 もう一つは、口を割らないように仲間に引き込むというものだ」
 そして、恭子のことは無視して幹部の四人にデットオアアライブの提案を軽い口調で言う。
 瞬時にその言葉を理解した人間はこの場にはいない。
 はっきり言って、その処遇は極端すぎるからだ。
 どこかの一宗教がした「コーランか剣か」という発言に全員が一瞬固まった。
「え、えーと。
 とりあえず記憶を消して放り出すという選択肢は」
 一番早く復帰したのは大牙。
 彼は答えが分かっていながらも懸命に質問をする。
「ない」
 答えは予想通りだった。
「いや、ちょっとどうして」
「記憶を消したところで陰陽課に気付かれれば戻されよう」
「いや、そもそも本人の意思とかは」
「ふむ、確かに無理強いはよくないな」
 大牙の熱意? が通じたのか、どうやら紡は恭子に組織に入る意志があるかどうかを聞くことにしたようだ。もっとも聞いた言葉は「生きるのと死ぬの、どちらを希望する?」であったが。
「てゆうかそれはわたしに選択肢がナッシング!」
 あまりにも横暴な質問に思わず恭子は叫ぶ。
「ふむ、本人は入るのを承諾したようだ」
 承諾もなにも、承諾するしかない内容である。
 当然のことながら恭子は納得などしていない。当然のことながら「選ばせるなら選べる選択肢をよこせー」と抗議の声をあげるが、それもまた、いつものように黙殺されてしまった。
 そして、ついに多数決を取るのだが、その結果は満場一致で彼女を仲間に入れるで可決された。誰も、人を殺したくないからである。
 紡はその結果に満足をすると解散を言い渡してその場からすぐにいなくなってしまう。
 後には頭を抱えた恭子とそれを同情の目で見つめる幹部の四人が残された。
 ある意味、いつものことである。

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