第五章 悪の組織と正義の味方

「大木君、村田君。
 久しぶりですね」
 街の中心にあるオフィス街。その中で他のビルに埋もれるように建っている陰陽課の詰め所。
 そこでは、責任者の林が暖かい声で二人の部下を出迎えていた。
 二人とは一ヶ月間の研修に出されていた大木と村田の二人をである。
 もっとも、二人は研修に一ヶ月も行っていない、せいぜい二週間というところで今朝、急遽研修先から呼び戻されたのだ。
 向こうは午前中に出たのに、こちらについたのはもう日も暮れる頃。
 それだけ遠くに研修所があったということなのだが、問題は長時間の移動により、二人がかなり疲れているということだろう。
しかし、状況はそうも言ってられない状況である。
 大木は、道すがら掻い摘んで聞いた内容を確認するため口を開いた。
「なにやら聞いた話だとやばいそうだな」
「ええ、つい一週間ほど前からです。
 どうやって突き止めたのか、エデンの戦士達は私達陰陽課の詰め所に対して毎晩のように攻撃を仕掛けてきています。
 それにより、第二、第三、第四、第五詰め所は崩壊。けが人が多数出、今動ける部隊はここと第一詰め所の連中ぐらいですよ。
 二人には訓練の途中で申し訳ないのですが、急遽戻ってもらうこととなりました」
 林は大木の問いに答え、現在彼らのおかれている状況を説明する。
「応援は?」
『陰陽課の構成員はお世辞にも多くありません。応援の到着には二週間から三週間必要です。
 春日署にはテロの予告があったという形でここら辺一帯の警備の強化を務めてもらっていますが、彼らの装備では対抗するのは難しいでしょう」
 林の説明を聞いて、大木は今の状況がどれ程危ういものかを理解した。
 相手の正体は知れず、仲間と拠点は半分以上失われている。
 春日署の警官の装備を強化しようにも、銃器などの武器は訓練しないと使えるものではない。
 ピストルしか扱ったことのないものにライフルを持たせてもそうそう使えるものではないのだ。なにより、ライフルを持った警察官が街を巡回していれば何事かと不審に思う市民が出てくるだろう。
 ピストルでは相手にダメージを全く与えられないことを分かっていながらそれをライフルに変えられないのはひどく歯がゆいものだ。
 詰め所の中を暗い空気が漂う。
「ですが…」
 しかし、その空気を打ち払うかのように林は口を開いた。皆を元気付けるためか、その口調はいつも以上に演技がかっている。
「特殊要員が予定よりも早く来てくれることとなりました。
 喜んでください。予定では一人だったのですが、二人に増えています」
「…その人たちってどのくらい強いんですか?」
 たった二人増えたくらいで何とかなるものなのか。不安はぬぐいきれないのだろう。
村田は心配そうに聞く。その不安を汲み取ってか、林はその二人のことについて話し始めた。
「二人のうち一人は大西大輝という魔術師です。
 もう一人は彼の弟子で名前は沢井遙。
 初めは沢井のみが来ることとなっていたのですが、事件の規模を知った大西が加勢に加わってくれることとなりました。
 大西という魔術師なのですが、彼はいうなれば生きた伝説でしょうか。
 噂ではその戦闘力は陰陽課の一中隊に等しいとか」
 一中隊とはこの街に派遣された陰陽課の職員全てと同じ戦力である。
 陰陽課の職員一人がどの程度の力を持っているか、新任の大木と村田には分からなかったが一人で三十人余りの力を持っているとそれはひどく心強く感じられる。
「装備を整えるのでしばらく時間がかかるといっていましたが、今日中にここに来てくれるということです。
 地図を見れば分かると思いますが、エデンの戦士達は西の方から我々の詰め所を潰しています。おそらく今日彼らが動くとするのなら、襲撃されるのはここでしょう。
 彼らが来てくれたなら、エデンの戦士たちをここで撃破できるはずです」
 林はそう言って大木と村田を見た。
二人の目には実戦を迎える不安はあるものの、怯えは見えない。
(強い心だ)
 林はそれに満足すると、エデンの戦士達を迎えうつべく作戦を二人に説明し始めた。


 場所は変わって、エデンの戦士達の本拠地もとい、サークルWOCの部室ではやる気のある
一名とやる気のないその他のもの達によるミーティングが行われていた。
 ミーティングはいつものように、やる気のある一名によって引っ張られ…
 いや、やる気のある一名が他のもの達を引きずって行われており、引きずられている彼らの言葉を代弁するのならもう勘弁してくださいというところだ。
 そのやる気のある一名、サークルの部長である紡が指を指すのはスクリーン上に映し出された地図の一点。地図はこの街のものであり、彼の指差している場所はオフィス街にあるただの借ビルであるはずだった。
…表向きは。
「今回の襲撃ポイントはここだ。
 ベンチャービジネスの会社と偽っているが、私の確認したところここは間違いなく陰陽課の詰め所である。
 過去に行われた諸君らの活躍により、陰陽課は必死の抵抗をしてくるであろう」
 紡は他のサークルの部員を見ながら説明をする。
 その話し方は堂々としたもので、彼の情報が間違いないのが分かるだろう。
 しかし…
「どうでもいいんですけど、部長って何処から情報集めているんでしょうね」
 一茶はふと思った疑問を隣の椅子に座る大牙に聞いてみた。大牙はふさふさした綺麗な毛並みに包まれた耳をピクリと動かすと、眉間にしわを寄せて考え出す。
「分からん。
 陰陽課の詰め所というのはそう易々と見つけられるものではないのだが…」
 そして、十分考えた後に彼が出した答えは期待通りではないが、ある意味一茶の想像通りだった。紡の行動の不思議の理由を考えれば、紡だからという結論で全てが許されてしまうのを忘れていた自分の未熟を紡は感じた。
 なんだか、未熟のままでいたいような気がするのだが、考えぬが華だ。
 しかし、聞こえたのだろう。紡の話が止まっていることに気付き、一茶がそちらの方を見ると、彼の目には一茶の方を見つめる紡の姿が映った。
「ふむ、聞きたいかね…」
 紡はもったいぶったように一茶に話しかける。
 ごくり…
 射抜くような視線に見つめられ、一茶は思わず唾を飲んだ。聞いてはみたいものの、ここで聞いたら何か人として大切なものを失ってしまいそうな気がするのは気のせいであろうか?
 一茶の中で葛藤が生まれる。
 聞いてはみたい。しかし、聞くのが怖い。
 一茶が困っていると、紡は痺れを切らしたのか、おもむろに口を開いた。
「しいて言うなら…」
 しいて言うなら?
 耳を塞ぐべきか否か。迷ったあげく、彼は耳を塞がないことを選択する。
 怖いもの見たさというものだろう。
「アイの力だ」
「愛…ですか?」
「違う、アイの力だ」
 どうのようなニュアンスなのであろう。一茶が鸚鵡返しのように返す言葉をあっさりと彼は否定する。
「アイって…」
 なんですかと一茶は聞こうとして止まった。彼の中の人間としての本能が激しく警鐘をならすからだ。それを聞いたら戻ってこれない。今ならまだ間に合う。戻ってこいと。だが、人間は考える葦であるとは誰の言葉だっただろうか。人間は生まれながらにして、知識を欲する生き物である。一茶は欲望に負け、最後の一言を出そうとした。だが、
「ぶ、部長、そんなことより早く本題に戻りましょう」
 それは寸前のところで止められる。隣に座っている大牙によってだ。
 彼の顔は複雑な表情を浮かべており、それを表す言葉は無いものの、ただ鬼気迫ったという表現だけができるようなものであった。
 紡は大牙の言葉に頷くと、あっさり話の筋を陰陽課の襲撃に戻す。
「た、大牙さん…」
「すまない一茶。
 俺も確かに聞いてはみたかったんだが、なんだか酷く嫌な予感がしたんだ。
 なんだか、もう二度とこの場所には帰ってこれないような…」
 どうやら、大牙も一茶と同じような心境だったようだ。
 あの複雑な表情は、悪魔の甘美な囁きを振り切る人間のそれだったのだろう。
「いえ、ありがとうございます。
 危うく、自分の欲望に負けるところでした…」
 一茶は大牙の機転に感謝をした。
 心が落ち着いたところで他の部員達を見れば、安堵したような表情が窺える。
 それを見たことで、彼らの心情が似たり寄ったりだったということが手に取るように理解できた。
 それほどまでに本能が警鐘を鳴らす、アイとは一体なんだったのか。
 彼らが大きな疑問を持ったまま、戦場に出ることとなったのは言うまでもない。


「不味い…」
 場所は戻って陰陽課の詰め所。そこでは少し遅れての夕食が始められていた。
 品目は林の用意した弁当。各々自分のデスクにつき、割り箸を割って中身をほおばる。
しかしその弁当、見て目は極めてよかったのだが、意気揚々とためしに揚げ物を口にした瞬間口の中にはなんともいえないエグ味が広がった。
 思わず用意した本人がいる前で冒頭の台詞をはいてしまうくらいに。
 大木はそう言った瞬間、しまったと言う顔をする。
 しかし、林はたいして気分を害した様はなさそうだ。澄ました顔で弁当を食べている。
 大木と村田が何のアクションも取らない林を不思議そうに見ていると、隣で険しい顔をしながらもくもくと食べている安藤が「気にするな。仕様だ」と言葉をかけた。
「し、仕様って」
村田が思わず呟くと安藤は「これはどんな調理をしてもおいしいものにはならないということだ」と平然と答えた。
「な、何の揚げ物なんですかこれ!」
 村田はその言葉に箸で掴んだ揚げ物を気味悪そうに見つめている。
 大木にいたっては揚げ物を口に入れたまま固まっていた。
「別に体に悪いものではないし、いいだろう」
「き、気になりますよ」
 安藤は話を早く済ませたいかのように話を区切ろうとするが、村田はそれになおもくらいついた。
「言っても食欲をなくすだけだ」
「しょ、食欲って、ゲテモノの類ですか」
「体にはいい」
 話はもう終わりだと安藤はまた険しい顔をしながら弁当を食べだした。眉間にしわが寄っているのは恐らく弁当の味のせいなのだが、それを考えると痛々しい姿だ。
 安藤はもうしゃべらないだろうと諦め、村田は隣に座っている大木に視線を移す。
大木は口の中の物体を飲み込めずに、間抜けな表情で村田と目を合わせた。
そして、視線を林と村田の間で行ったり来たりさせている。
どうやら、用意した張本人である林に聞けといいたいらしい。
「これが、現代資本主義社会のヒエラルキーなんですね」
 村田は何かを悟ったかのようにそう呟くと、林のほうに視線を向ける。
 ここは率直に聞くべきなのだろうか。村田が悩みながらしばらく林を見つめていた。
 すると、その視線に気付いたのだろう。彼は箸を止めて「何か?」と口を開く。
「あ、あのこれって、何が原料なんですか?」
 さんざん悩んだ結果、口から出たのは率直な発言だった。
 林はしばらく悩んだそぶりを見せた後、やがて口を開く。
「いいですけど、ちゃんと食べてくださいよ」
「そ、それって…」
「いえ、これは皆さんの対魔力…
 分かりやすく言いますと、相手の魔術などから身を守るような免疫を高める材料が使われてまして…」
「で、結局それって…」
「蟲です」
「ぶっっっ」
 それを聞いた直後、大木は思わず口の中のものを噴出した。
 安藤は特に気にした様子もなく、林は困ったようにそれを見る。
「大木君、どうして吐くんですか。
 このお弁当、結構高いんですよ?
 アフリカに生息する貴重な蜘蛛と芋虫の一種を使っているんですから」
 林の放ったその一言は致命傷だ。すでに少し食べてしまった大木は顔を青くし、村田は弁当をデスクに置き、あわててそこから離れる。
「だめですよ、好き嫌いは。
 これも仕事のうちですから、ちゃんと…」
 おそらくは「食べてください」と続けようとしたのだろう。
 しかし、林は言葉をそこで切り、不審に思う部下達をよそに平然な様子で席を立って背後にある窓にブラインドを下ろした。
「戦闘態勢を、近くにいます」
 何事かと思えば返ってくるのは短い一言、彼はそれだけ言うと背広のポケットの中から何の変哲のない皮手袋をだしそれを装着した。しかし、その一言が部屋の中の空気を変える。
「近くにいるって、本当ですか!」
 反応は人それぞれ。村田は叫びながら、すぐさま自分のデスクの引き出しを開けた。
 そこにあるのはライフルの弾。彼はおぼつかない手でそれを掴み取ると、背後においてあったギターケースを自分の方へ引き寄せた。中に入っているのはライフルだ。
 村田は確かめるように一個一個丁寧に弾をその中に詰めていった。
「ええ、私の感知能力は陰陽課で七番目ですから」
「微妙にすごいのか、すごくないのか分からないな」
 大木は少し自慢げに話す林の言葉に軽口をうち、立てかけてあった竹刀袋の封を開けた。
 蛍光灯の照らされる室内に引き出されたのは時代劇でしか見ないような刀だ。
 彼は半ばそれを鞘から抜き、刃の輝きを確かめてから再び鞘に入れる。
「…」
 安藤もただ黙々と自分の作業に没頭している。
 彼の手の中に何十枚ものカード。一見おもちゃの類に見えるのだが、こんな事態でそういうことをやっているわけであるのだから、武器の類なのだろう。
 彼は枚数を確認して同じ絵柄ごとにホルスターに突っ込み、腰のベルトにぶら下げていく。
 結果、彼の腰からは合計五つのホルスターがまもなくぶら下がることとなる。
 準備は整った。各自は自らの武器を手に取り、陰陽課春日市第一詰め所長である林を見た。
 彼は手袋の装着加減を確かめるように二、三回手を開いたり閉じたりした後、やがて口を開く。
「さて、相手はどう出るでしょうか。
 残念ながら、特殊要員のお二人がこちらにはいないのでいかんともし難いのですが…
 やるしかないでしょう。
 作戦は先ほど言ったとおりです。それだけは変わりません」
 林はそう言って、自らの部下を見渡した。彼らは決意の篭もった目で林を見返してくる。
「では、いきますよ」
 林の放つその声は、緊張に静まり返る詰め所にひどく響いた。


「気付かれたか?」
 時を同じくして大牙はそう呟く。
 彼らがいるのはオフィス街にあるビルの屋上。ちょうど、陰陽課の詰め所が見える場所であり、彼と一茶の二人は偵察に来たところだ。
「気付かれたって、本当ですか」
 その言葉に反応して一茶はひどく動揺する。
「ああ、どうやらそのようだ。
 今頃中では迎撃態勢をとってるだろうな」
「…帰っていいですか」
「俺も逃げたいが、そういうわけにはいかんだろう」
「分かってますよ」
 いかんともしがたい事実を前に彼らは同時にため息をついた。
「話は変わりますけど大牙さん。
 公務執行妨害ってどのくらいの罪になるんでしょうね」
「それに加えて器物破損と過失致傷がつくだろうな。
 はっきり言って分からん。
 それよりも裏法律に引っかかると思うが、そんなこと考える前に他の奴にも教えんとな」
 大牙はそう言うと懐から携帯電話を出し、電話帳から鈴穂の電話番号を呼び出す。
 トゥルルル
 携帯を耳に押し当て待つこと数秒。携帯はちゃんとつながった。
『こちらは留守番電話センターです…』
 留守番電話センターに。
「よく考えてみれば、こんな危ない場所に個人情報がばれるようなものは持ってきてないよな」
「と言うか、大牙さんはなんで持ってきてるんですか?」
「若気の至りだ…」
「それ、落とさないでくださいよ」
「念のため、置いていったほうがいいよな…」
「ええ」
 大牙は一茶が答えると同時にビルの隅に携帯を置いた。
 誰にも拾われませんようにと目立たない場所に。
「さて、普通に戻って連絡するしかないよな」
「連絡手段がないから仕方がないでしょう」
「それしかないか…
 俺の予定では携帯で連絡して、そのまま位置についてもらうはずだったのにな…
一茶、つかまれ」
 そう言うと大牙は腰をおろし、一茶はその上に負ぶわれる。
 それを確認すると大牙はビルからビルへと駆け出した。
車のライトとビルの明かりが照らし出す街の上空を人影が舞う。
こんな街中で空を見上げる者などいるはずもなく、オリンピック選手もびっくりなその動きを目撃するものなど誰もいない。直線距離にして三百メートルを彼らは移動し、やがて裏路地の一角へとやってくる。
「よっと…」
 六階建てのビルから飛び降り、地面につくと、彼は一茶を下ろし仲間を見渡す。
 目の前にいるのは女性二人に鎧が一つ。
 エデンの幹部達である。
 彼らは皆、突然空から降ってきた大牙達を見つめている。
 その中で、初めに話しかけてくるのは紅い服の少女だ。
「どうだった?」
「偵察に行ってきたけど、気付かれた」
『チョ、チョット待ッテクダサイヨ』
 大牙の言葉に三者三様の反応をするが、その中でも一番激しく反応したのは大鎧の中に入っている恭子だ。
 彼女はメタリックボイス(鎧につけられた新機能らしい)で叫びながら大牙に詰め寄る。
 その動き方は女の子っぽくて、中に入っている恭子は女性なので当たり前だが、メタリックボイスと合わせるとひどく気持ちが悪い。
「騒ぐな、もうどうにもならん」
『ソンナ…』
「お姉ちゃん。みんな同じ気持ちよ。
 本当にやりたくないことだけど、わたし達はあそこに行って機密資料を持ってこなくちゃいけないの。陰陽課でも三本の指に入る使い手が所長を務めるあそこに」
 工藤は恭子にたしなめるように言うが、最後の一言に一茶が反応をする。
「工藤さん、それ初耳なんですけど」
「一茶おにいちゃん、ちゃんと部長の話聞かないとダメでしょ」
 どうやらミーティング中、一茶が大牙と話しているときに言われたらしい。
 全く聞いてなかったが、それを聞いたとき一茶はなるほどと思った。
 全員で襲撃するのはそのためなんですね。そして、こんなものも渡したのもと。
 納得できて涙が出てくる。一茶は懐にしまってある黒い金属の塊を取り出して、大学生活に入って何度目ともなるため息をついた。
それは、この作戦が始まる直前に、有効な攻撃手段を持たない一茶に紡が渡したものだ。リボルバー式のそれを見る人が見れば、こう答えるかもしれない。
『パイソン』と。
マグナム弾という、通常の銃弾よりも威力の高い弾を撃ち出せる拳銃の名称である。
一度も銃を撃ったことのない一茶がそんなものを使えば、反動によって怪我する可能性も大きいのだが、そこは紡クオリティー。反動を打ち消す魔術がかけられており、ためしに一茶が撃った時には、ガンシューティングと同様の要領で扱うことができた。
 もっとも、撃ちだされたのが弾丸ではなく、ビーム光線だったのには驚きを通り越して、あきれてしまったが。
やはり、紡というべきか。聞いた話では、殺傷能力は低いといっていたが、的となった空き缶はなぜか蒸発してしまったことをここに記しておこう。
本当に、殺傷能力はないのだろうか?
 まあ、それはともかくとして、彼らは大牙の言を受けてこの後の行動を話し合ってみる。しかし、有効な手段は出そうにない。もっとも有効な手段は逃走であるのだが、それができたらこんなに悩む必要はないのだ。
時間にして十分。様々な意見は出たものの、彼らが取れる手段は結局相手に気付かれたところでやることは変わらなかった。身体能力の高い大牙と魔術で空中浮遊のできる工藤が窓から襲撃をして、一茶と鈴穂と恭子は扉から中に入るということには。
それぞれ帰りたいという同じ気持ちを抱きつつ、仮装行列のような五人は陰陽課の詰め所へと向かった。
彼らの後姿がひどく黄昏ていたのは言うまでも無い。


うまくいったという安堵はすぐに失敗したという焦りに変わった。
簡単に言えば、相手はこちらの行動を見透かしていて、うまくのせられたということだ。
窓からとドアからの襲撃は成功した。いや、成功したと思っていた。
事実、詰め所にいた職員は簡単に制圧することができ、必要な資料の強奪も容易かった。
いや、容易すぎた。
任務も済ませ外にでれば張られているのは特殊結界。
それは捕縛用のもので、認識された一定の人物を外に出さないものだ。
このままでは不味い。そう思い、工藤はあたりを見渡す。程なくして彼が見つけるのは結界の綻び。しめたと思い仲間を率いてそこから結界の外にでれば、それこそが罠だと気付くこととなった。
結界の出口は公園だ。ただし、今までいた結界より一層強固な結界が張られていたが。
陰陽課の職員はその性質上民間人に知られるようなところでの戦闘は出来ない。それゆえに人目の無いこの場所にここに誘い込んだのだろう。
本格的にやばい。工藤はそう判断すると全員に部下を呼ぶように檄を飛ばす。その言葉にすぐさま判断して応えることの出来た者は大牙のみだった。その判断が大きな分かれ目となる。
大牙と工藤の二人は無事部下を召喚できたのだが、他の者はどれだけ呼ぼうにも部下は召喚されることは無かったのだ。
「ど、どうなってるんですか」
「結界のためだよ」
 結界が閉じ完成されたためだ。
 動揺する一茶に工藤は言い放つ。
「ここから外にでることも出来ない… これ以上、外から応援を呼ぶのも…
 脱出するには、この公園のどこかにある基点を破壊しなくちゃ…
 海の雫お姉ちゃんは基点の破壊をお願い。他のみんなは追いかけてくる陰陽課と戦闘を」
 工藤はすばやく指示をあたえ、なんとかこの結果から出るための策を講じる。
 魔術の基点が分かるのはこの中では工藤と鈴穂だけだろう。本当は戦闘になれていない一茶と恭子に基点の破壊をさせたかったのだが仕方が無い。
 工藤はやむなく鈴穂に結界の基点の破壊を指示すると迎撃体制をとり始めた。
 まもなく訪れるのは陰陽課の団体。その数は四。
 先ほど痛めつけたはずなのだがピンピンしている。あれは恐らくやられたふりをしていたのだろう。
 工藤は心の中で舌打ちをすると、さらに指示を出した。
「銀狼お兄ちゃんは骨格獣と一緒に一番左のお兄ちゃんをお願い。
 観測者のお兄ちゃんとシルビアお姉ちゃんはわたしと中央の人をやるよ。
 遅れてきた二人にはファシーで遊撃させるから」
 そこまでを一息で言い終えると、工藤は正面に立っている男、林を見据える。
 彼は黒いグローブの感触を確かめるように手を閉じたり開いたりしている彼は興味深そうに工藤をみた。
 外見小学生くらいの女の子が自分達の戦力を的確に分析し、指示を与えたのを感心しているのだろう。
「やはり、その外見は偽者ですか?」
「だとしたらどうするの?」
 林の問いに工藤は計らずともかわいらしく答える。
 人形の体による修整のためだ。
 林はそれが少し気に食わなさそうに鼻を鳴らす。
「いくよ、お兄ちゃんお姉ちゃん」
 工藤はそういうと林に向かって走り出した。
 今、彼らの本格的な戦いが始まる。

「あ〜あ、なんで俺だけ一人かね」
 大牙は不満そうに言うと自分の相手を見る。
「…」
 相手の男、安藤は大牙の言葉に対して何も言わずただ大牙のほうを見つめていた。
「そんなに見つめられるとすごく照れるんだが」
 口では軽口を叩いているが、大牙は心の中でひどく緊張していた。
 相手が何も答えを返してこないところが彼をよりいっそう緊張させる。
 そして見詰め合うこと数合、不意に安藤は腰のホルスターからカードを一枚取り出した。
 大牙はそれを警戒し相手の動きを待つ。
「…火炎」
 実に短い一言であった。
 安藤がその一言を言う瞬間に彼の持っていたカードは光の雫となり、次の瞬間には唸り狂う炎が大牙を襲う。
「うわっ」
 大牙は叫び声をあげよけた。彼の顔すれすれを紅蓮の炎がかすめる。
「…氷結、浮雲」
 安藤は次々にカードを取り出すと大牙に向かって解き放つ。
 大牙を襲うのは凍て付く冷気と湿気を伴った空気。慌てて後に跳べば、彼の立っていた場所は冷気と湿気が結びつき大きな氷柱が出来ていた。
 もし、あと少し跳ぶのが遅ければ、彼はあの氷柱に中にいただろう。
 どうやら、安藤の持っているカードは魔術を高速で発動させるための媒体らしいと大牙は判断すると、安藤にカードを取らせないように人狼の爆発的な瞬発力で近づく。
 安藤はそれを見た瞬間体を捻り大牙の伸ばされた腕を避けると、その無防備な側面に対し新たにホルスターより引いたカードを発動させた。
「火炎」
 圧倒的な熱量を持ったそれは大牙の体にもろにあたることとなる。
「ぐぉっ」
 そのあまりにもの熱さに大牙は思わず声を上げる。
 体がばらばらになってしまいそうだ。地面を転がり体についた火を必死に消そうとするが、魔術の炎はそう簡単に消えず、噴水の中に飛び込んだところでやっとそれは消える。
「氷結」
 炎が消え、ほっとしたのもつかの間。水に漬かっている彼を再び凍て付く冷気が襲い掛かった。
 やばい。
 頭で考えるよりも先に体が動いていた。しかし、そのかいも虚しく凍て付く冷気は彼を襲う。
 水という媒体にぬれた彼の毛はその冷気を吸い取り、彼の右腕を瞬時に凍らす。
 状況は危ない。今までの陰陽課の奴らとは格が違う。
 大牙の心の中を焦りが覆う。
そもそも今までの陰陽課の職員だって奇襲だからこそああも簡単に制圧することが出来たのだ。まともにやっていれば、敵わないことくらい大牙には分かっていた。それがプロとアマの差だ。
 それがどうだ、目の前にいる陰陽課の職員は今までの奴より一段と強い。
「くっ、骨格獣。俺の目の前の男を倒せ。
 主に腰についているホルスターを狙え」
 寒さにここえながらも大牙は自分の部下、骨で出来た獣達に指令を与え、それでもここで負けるわけにはいかないと再び安藤に肉薄する。
「爆風」
 近づいてくる彼らに向かい、再び安藤がカードを引いた。
 吹き上がるのは立つのもやっとな暴風。
 もともと質量が小さい骨格獣はその暴風に勝てるはずも無く、あえなく地面に打ち付けられバラバラとなる。
 カランカランと飛び散った骨格獣の骨が間抜けな音を立てるのを聞きながら、大牙は暴風の納まった中、悠然と立っている安藤を見据えた。
 片腕は未だ凍りついたまま。骨格獣はガラクタと化し相手は無傷。
 どうしようもない焦燥感が大牙を襲う。
「ぐあっ」
 しかし、次の瞬間ひざを折ったのは安藤のほうだった。
 見れば彼の足には無数の白い物体が刺さっている。
 それが骨だと理解したのは、ばらばらになった骨格獣の体が宙に浮いているのに気付いたときだ。それらは安藤に狙いを定めて次々と突貫していく。
 主に狙われているのは安藤のつけているホルスター。骨格獣たちは自らの主人の言葉を忠実に守っているのだ。予想外の骨格獣の性能に大牙は驚く。
 勝負は決した。
 大牙の目の前には両足から骨を生やした安藤の姿。
 一見重症のように見えるが、近づいてみると呼吸は安定しており命には別状が無い。
 突き刺さった骨が栓の役割をしており出血も少ない。意識が無いのは痛みのせいだろう。
 また意識があったとしても、両足は使い物にならず、彼の武器であるカードはボロボロだ。
「くっ」
 そこで気が抜けたのだろう。大牙は急にふらつく。
「まったく、狼男が瞬時に回復できないダメージってどんなもんだよ」
 大牙は愚痴を言うと凍りついた片腕をさすりながらしばし休息させてもらうと、近くのベンチに腰を下ろした。

「くそ、こんな間抜けな奴らに負けてたまるかー!」
 迫りくるヌイグルミ達に日本刀をぶんぶんと振り回しているのは大木だ。
 その姿はどこか間抜けで笑いを誘うものであったが、彼はいたって本気だった。
 その時、彼の背後から熊のヌイグルミが迫る。
 トゥキュン。
 しかし、振り上げられた熊のヌイグルミの腕は大木に振り下ろされることなく吹き飛んだ。
「すまん、村田」
 大木はライフルを構える村田に礼を言うと、片腕を失った熊のヌイグルミにむかって日本刀を振り下ろす。
「やられた〜」
 斬られた熊は気の抜けたような声を上げて倒れる。
「なんかすっげぇムカつく」
「大木さん。そんなこと言ってる暇なんてないですよ。
 僕のほうにまでヌイグルミ来てるんじゃないですか!
 大木さんは前衛なんですから助けてくださいよ!」
 悪態をつく大木に素早く村田は注意を出し、ヌイグルミの集団にさらにライフルを撃つ。
 ライフルから飛び出るのは、対魔力コーティングを施した特殊な弾だ。
 一発が普通の弾の五倍はするのだが、値段のことなどかまっていられない。
 彼は自分に迫り来るヌイグルミの集団に打ちまくる。
 カチッ、カチッ。
 しかし、ライフルという武器の性質上もちろん弾には制限があり、やがて村田のライフルからは世にも悲しい乾いた音がなる。
 村田は青ざめた。「大木さん」と慌てて自分の先輩に助けを求める。だが、彼が目にしたのはヌイグルミに袋叩きにされている大木の姿であった。
 村田の支援がなくなったところであえなくやられたのである。
「あははは、話し合おうじゃないか」
 乾いた笑いを上げさわやかな笑顔で提案するものの受けいれられるはずもなく、村田も大木と同様に袋叩きにあい意識を失った。

「くっ」
 三人を相手にし、余裕の攻防をあげていた林が悪態をついた。
 自分以外の陰陽課がやられたのを見たからである。
「祖は燃え盛る炎。
 太陽のごとき灼熱において我が敵を打ち払え」
 意識がそれた所に工藤の魔術が迫り来る。
 しかし、渦巻く炎の弾はあっさりと林の手によって叩き落された。
『ウリャー』
 そこに恭子の剣が振り下ろされるのだが、それも易々とよけられ、なお且つその腹にむかって蹴りを繰り出す。
 ガンッ
 鈍い音を立て恭子は転がるのだが、ダメージは食らっていないようだ。
 林の蹴りには相当に威力があるはずなのだが、恭子の着ている鎧には一つの傷も見当たらない。
「まったく、それらの装備を作ったのは誰ですか。
 使い手が未熟ゆえに対処できてますが、化け物ですね」
「確かにあの人は化け物かもしれないわね」
「紅いお嬢さん。確かエレイシアと名乗っているそうですが、その物言いだとあなたが作ったものじゃないみたいですね。
 あなた以上の魔術師がそちらにはいるのですか、まったく厄介ですね」
 林は半ば感心したように、そして半ば厄介そうに工藤に話しかける。
「あら、ほめてくれたありがとう。
 お兄ちゃん」
 それに工藤は皮肉交じりでその言葉に答える。
 半分はそれを相手に引けをとらない林に向けて、もう一つは自分達の部長、紡に向けたものである。
「しかし、何よりこの場で厄介なのは彼でしょうか」
 林はそう言うと一茶の方を見た。
 急に話を向けられた一茶は気おされて一歩後退する。
「すごいですね。自らの力を制御できる未来視保持者は」
 すごいも何もそれが出来るのは紡の作った仮面のおかげであって一茶の力ではない、この前の出撃の後紡が改造したのだが、林はそうは思わなかったらしい。彼は珍しく忌々しげに舌打ちをした。林にしてみれば行く進路、行く進路に奇怪な光線が飛んでくるのだ。厄介なことこのうえないだろう。
「惜しむらくは、銃の腕がないことと、未来視で見た内容を他の者にすばやく伝えれないことでしょうか?
 念話の技能があればもっと違ったかもしれませんが」
 しかし、それでも林が対処できているのは彼の技量と一茶の腕のせいだ。一茶の腕が、もしくは恭子の腕があと少し上ならば、この勝負はこのように膠着することはなかっただろう。
「それで、お兄ちゃんはそんな話をして何がしたいの」
 仲間をすでに失い絶体絶命のピンチにもかかわらず余裕の表情で話をする林に警戒を覚え工藤が問うと、彼は簡単に答える。
「いえ、ただ時間を稼いでいただけですよ」と。
 その言葉を林が言い終えると同時に二つの人影が公園に舞い降りた。
 また、それと同時に結界が割れる。おそらく鈴穂が結界の基点をすべて破壊したのだろう。
「それはこっちも同じ…よ?」
 工藤は負けじと林に言い返すのだが、その言葉は半ば途切れることとなる。
 公園に舞い降りた二つの人影の姿を見たからだ。そして、脱力しそうになる。
 それはひどく見覚えのある姿であり、またありえない姿であったからだ。
「リリカルえりぃ?」
「仮面騎士ロイ?」
 その言葉は誰の口から出たものだったか。
 ともかくその二つの人影はなぜか、それぞれ高視聴率アニメのコスプレをしていた。

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