終章 それぞれの

「ふむ、怪異は無事に収束したわけですが…
一体誰がこの事件を納めたのでしょうか…」
 事件から二日後、陰陽課による現場検証で、まだまだ慌しい原子力発電所の中、林は小さく呟いた。その頭にあるのは、事件を解決させたものへの疑問である。
 彼は怪訝そうな表情で自分の立っている制御室を見渡した。そこに広がっているのは様々な制御用の装置であろう箱と乾いた血溜まりの跡だ。その大きさからその血液の持ち主は恐らく致死量の血が流れたのではないかと推測できる。
 血溜まりの跡の数は合計十。それは事件の日にこの制御室にいた作業員の数と等しいものである。単純に考えれば、ここにいた作業員はその日、悪魔によって殺害されたわけであるが…
「全員、生きているとはどういうことでしょうね」
 彼の言うとおり、作業員は奇跡的にも全員生きていたのだ。しかも、軽傷はあるものの、重傷を負ったものなど一人もおらず、血液不足による貧血を訴えるものも一人もいない。この事件を解決した誰かが魔術を使い、傷を癒したのだろうと推測されるのだが、あのような血がでる傷を負った瞬間、人間は普通ショック死するはずである。
 まさか、死んだ人間を生き返えらせた?
彼は一瞬そう思うものの、慌ててその考えを振り払った。死んだ人間は生き返らないのが世の道理。魔術をいくら使ったところで、それは覆ることはない。おそらく、全員運がよかったのだろうと、彼は無理やり納得することにする。
「監視カメラの映像が残っていれば、事件の解決もスムーズに行くのですが…」
 彼がため息をつくと共に見上げるのは前面のモニター。電源が入っていればそこには発電所の隅々まで移っていることであろう。もちろん、録画機能だってついており、本当なら記録映像が残っているはずなのだが、データはすべて何者かによって消去されていた。
 鑑識が指紋なども調べているが、この分だとあまり期待できないだろう。
エデンの戦士達のこともあるのに、頭の痛いことだ。
「ですが、私はこの国のためにも法の下にあなた達を捕まえさせてもらいます」
 その呟きと共に制御室に背を向けた。

「さて、遙君。
 なぜ、あの時この場所を最初に制圧したか分かるかね」
「はい、供給されるマナの路を絶って、新しい悪魔が生まれるのを抑えるためです」
 締め切った喫茶店の店内に遙の元気な声が響く。
 夕暮れ時、学校から帰ってきた遙は、その足で自分の勤めている喫茶店へと来ていた。理由はバイトではなく、魔術の講義を受けるためである。今日の授業内容は、先日事件のあった原子力発電所での行動とその理由について。つまりは反省会というものだ。優れた魔術師になるためには常に欠点を自覚し、またその時の行動が正しかったかどうかを考えることが必要なのだ。そのような視点からいえば、この事件は大きな経験を遙に与えたのである。
この事件はいつの間にか終わりを迎えた。原子炉は暴走することなく、悪魔はその数をみるみる減らしていった。しかも、それは彼女らの知らない第三者の手によるものが大きい。
正体不明と警察の人たちは言っていたが、その正体について遙は心当たりがあった。
一つ目の描かれた仮面をかぶった男の姿。
ここ最近、世間を騒がすテロリスト達。本人達は目的を日本征服なんてふざけたことを言っていたが、彼女の耳にはそのテロリストの幹部の一人が言っていた言葉が今も残っている。
『もしも、最悪な未来が来るのが分かっていて君はそれを黙ってみてられるか?』
 その言葉にはどのような意味が込められているのだろう。
 彼女は思う。
あの仮面の奥にはどんな素顔が隠れているのだろうと。そして、彼がどんなことのためにあんなことをしているかを。
故に、彼女はエデンの戦士達の事件から手を引くことはしない。たとえ他の誰かに止められたとしてもだ。
これは彼女の決意。決して覆ることはないであろう決意だった。

 午後の講義を終え、一茶は部室へと急いだ。
 事件から数日。当初心配された後遺症は現れていない。
 一茶は元の健康な体のまま、大学生活を送っている。しかし、それは相変わらずお世辞にも普通とは言いがたい。悪の秘密結社を部活動として行っている大学生が、他にどこにいるのだろうか?
 いつもの林に付き、一茶は周りに誰もいないことを確認すると、門を呼び出して部室へと入っていく。石壁の部室は相変わらず暗く、そこにはいつものように仮装した部員達がいた。
「遅いぞ、一茶」
「大牙さん。すいません。
 講義が思った以上に長引きまして」
 一茶は謝りながらも自分の指定席に座る。
その瞬間、入り口から見て一番奥の席に現れるのはマントを羽織った男の姿。
「さて、今回の作戦を発表しようと思う…」
 マントの男、WOC部長であり、秘密結社エデンの首領たる乙木紡は落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
 当初、一茶の望んでいた大学生活はこんなものではなかったはずだった。
 そのせいで、恥ずかしながらも泣いてしまったこともある。
 だが、今の彼はWOCのエデンの戦士。そのことに誇りを持っている。
 今ならはっきり言える。自分は望んでここにいると。
「…では健闘を祈る」
『はい』
 紡の声に、彼らは声を合わせて頷いた。
三者三様の思いを胸に、陰陽課と魔術師と超能力者は裏の世界を歩み続ける。

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