電子ゴースト

   
 発展しすぎた科学は魔法のようだとは誰がいったのだろうか?

 この情報でできた幻の街を見下ろしながらふとそう思う。

時は人間の英知がコンピュータのサーバー上に仮想の世界を作るようになってはや一世紀。

初めは高潔であったこの世界も裏通りが出来るようになった。

 頬に感じる風をいとおしく思いながら、誰に誘われることなく、私は電脳の街に降り立った。

 街の本通りは人が多い。

 若い女連れから子連れの夫婦、片足を棺おけに突っ込んだような老人までその種類はさまざまだ。

 私はその間を通りぬけると片隅にある小さな店の前に立つ。

 新聞屋と呼ばれるものだ。

 俺は店番をしている人工知能に金を渡すと、近くのベンチに越しかけ、それに目を通し始めた。

 手に持った新聞−浮き上がった透明なウインドウに並ぶのは何十という項目。

 心を引かれる身だしを指で押すと、ウインドウには内容が現れた。

 メインの事件には映像も再生されるが、あいにく俺は文字だけのほうがしっくりと来る。

 アナログだと言われるかもしれないが、映像を見るより、文字を読むほうが素早く内容が分かるからだ。

 内容を端から端まで通すが、あいにく自分がもっとも欲しい情報は載っていなかった。

 ため息をつくと自分の財布を覗く。

 手のひらサイズの透明なプレートには十五万二千五十一円と書かれていた。

 これが俺の全財産である。

 あと、何日もつだろうか。いや、あと何日たったら分かるのだろうか。

 そう思うと不安に感じられてたまらなかった。

 もう一度ため息をつくと顔を上げる。

 目の前を通りすぎるのは流れを止めぬ人の群れ。

 群れとは言うが、実のところその誰もが己以外を見ていないいびつな行列を見ていると、ふとそこに異分子が紛れ込んでいるのに気がついた。

 異分子とは流れ動いている人の流れの中でただ一人立ち止まっている少女。

 迷子だろうか、キョロキョロと周りを見渡している彼女の瞳には不安のためか涙がたまっていた。

 俺は周りを見渡すが、少女に声を掛けるような者はいない。

 皆、彼女には目もくれず、ただ歩き続けている。

 本日三度目のため息をつくと、私は少女に近寄った。

   「どうしたんだい?」

 出来るだけやさしく声を掛けたつもりだったのだが、出てきた声は硬いものだった。

 もともと人付き合いは良いほうではない。

   むしろ悪いほうだろう。

 携帯電話には仕事上の取引相手しか登録されておらず、友人なんて者は一人としていない。

   そして、その仕事も冷めたものだった。

   「お母さんは?」

   気を取りなおして再び出したその言葉は何とか及第点に乗るものだった。

 女の子もそれに警戒をといたのか、おえつ混じりながら母親とはぐれたことを告げてくる。

   さて、どうしたものか。

 近くのLOポイント(電脳世界から現実世界に出るための定められた場所)まで連れていくのも言いが、この少女のことを母親が探していた場合、

   すれ違うはめになるだろう。

   「はぁ、人と交わるのは苦手なんだけどな

   俺は小さく嘆息すると、少女に「それじゃあ、あそこのベンチで一緒にお母さんを待ってようか」と告げ、ベンチに向かった。

 少女は少し躊躇した後、トテトテと俺の後ろについてきてベンチに座る。

   「君、名前は?」

   「・・・ヨウコ・・・」

   「そうか、お兄ちゃんはロウ・ライって言うんだ」

   「・・・ロウおにいちゃん?」

   「うん、そうだ。

 それで、ヨウコちゃんは、今日何をしにここに来たのかな?」

   少女に聞くと、彼女は「お買い物」と小さな声で答えた。

   「そうか」

   「・・・お兄ちゃんは・・・」

   「お兄ちゃんは何をしに来たの?」

 逆に聞き返され、私はどう答えたらいいものか思案した。

   「そうだなぁ・・・」

 答えはまとまらない。

   この少女にどう答えたらいいものか分からなかったからだ。

 しょうがなく、頭に浮かんだ言葉を話すことにした。

   「・・・探し物があるんだ・・・」

   「探し物?」

   興味があるのか、少女の声色が変わる。

   「そう、探し物。

   いや、探しているのは私じゃないんだけどね」

 そう、私では探せない。

   だが、誰が探すというのだろうか。

   「お兄ちゃんはハッカーさん?」

   そんな、私の心情をよそに少女は会話を続けようとする。

   「んー、一年前まではやってたんだけどね。

   今はやめたんだ」

   「どうしてやめちゃったの?

   ハッカーかっこいいのに」

 少女の言葉は見るからに残念そうだった。

   アニメや漫画の影響か、この時期の子供たちによく見られるハッカーへの憧れだ。

 俺もこんな時期があったかなと思う。

   答えは出そうになかった。

   しかし、

   「こらこら、ハッキングは犯罪だぞ。

 この場合、まじめになってよかったと考えるべきだ。

   まあ、そうだなぁ・・・

 やめた理由としてはそうしざるおえなかったからだけどね」

   それに、現実のハッカーは空想で語られるようにきれいなものではない。

 だが、少女には俺の答えが不満だったようだ。「理由になってない」と口を尖らせる。

   「んー、そうか。

 だったら、どこから話そう。

   あれはすでに1年程前の話だ」

 そう、あれは一年という俺にとっては、もうはるか昔に感じられる時のことだ。

   俺は、仲介屋を通して一つの仕事をすることとなった。

 ネタはとある企業のサーバーに乗り込みデータを根こそぎいただくこと。

   警備システムは強固であったが、俺にとってはたいした事はなかった。

 データの量はかさばったが、その仕事は難なく終了を見せる。

   後はデータを渡せばいいだけ。

 普段ならネット経由でやり取りするのだが、今回に限ってはなぜか先方の都合で直接渡すことになった。

   思えば、この時気付いておくべきだったんだ。

 そんなことを言ってくる奴はちゃんと金を払う奴じゃないんだと。

   待ち合わせ場所(とはいっても電脳空間)に来たのは顔を隠した一人の男。

 まあ、後ろ暗いことをやっているのはお互い様と思いデータを渡した瞬間だった。

   鉛の玉を打ち込まれたのは。

 電脳世界での死は現実での死でもある。

   誰が考えたか知らないが、この電脳世界における欠陥の一つであった。

   「それ以来、もうこりごりになったというわけだ」

   「・・・」

 血なまぐさい話に少女はポカーンとしていた。

   しまった。幼い子供にするような話ではなかったか。

   「そうだ、こんな話を知っているか?」

   俺は咳払いをすると話をあからさまに変える。

   「この街にはね、電子ゴーストっていうのが存在するんだ・・・」

   少女との会話はしばらく続きそうだった。

   いつの間にか、空はオレンジ色に染まっていた。

 少女と話しすぎてしまったらしい。

   まったく、今日の私はらしくない。

 今日は間違いなく人生で一番しゃべった一日となったことだろう。

   そこで俺は笑った。

 人生か・・・

   そんな言葉に昔は何の感慨もなかった。

   「ヨウコ!」

 声が聞こえた。

   切羽詰ったような、それでいて安心したような声。

 十中八九母親だろう。

   その証拠に少女は現れた女性に向かって駆けてゆく。

 さあ、子守も終了だ。

   その様子を見届けると、私はその場を去った。

 歩くこと数分、少し離れた新聞屋の店先に来ると夕刊を買う。

   近くのベンチに腰掛け、朝と同じようにウインドウの文字列を見た。

 その瞬間、体が電気襲われたような衝動をうける。

   ああ、何ということだろう。

 やっと、やっと・・・

   早まる胸を押さえながら、俺は上から十番目の項目を震える指で押さえた。

   『本日、正午過ぎ。

   付近の住民が悪臭がするという通報を受け、都内のマンションを捜索したところ遺体が発見された。

 遺体はこの部屋に住むロウ・ライ氏と見られ、近年社会問題となっている電脳死と見られ・・・』

   「やっと発見されたか・・・」

 俺の顔は誰が見たところで幸福に満ち足りていたに違いない。

   未練から解き放たれた人間は誰だってそんなものだろう。

 だが、

   「まいったなぁ・・・

 未練は達成されたけど、成仏の仕方なんて知らないぞ・・・」

   電子ゴーストは今日も電脳の街をさまよい続ける。

   『この街にはね電子ゴーストっているのが存在するんだ・・・』

   一つの都市伝説を生み続けながら。








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