基地にて
ジオンとの戦争はとりあえず終結した。
連邦とジオン、最後の決戦の場となったその戦場に俺はいなかった。
俺は何のために軍人になったのだろう。
戦争がしたかったわけじゃない。兵器の類が好きなわけではない。
先祖が軍人で、祖父が連邦軍の将校で、父が軍の関連企業に勤めていたからなのか。
あの日から協定が結ばれるまで、時間が空けば色々考えていた。
「おい、聞いたか?」
「どうかしたのか?」
「さっきの艦にホワイトベースの連中がいるらしいぜ」
「そりゃすげえ。あのアムロ・レイだろ?」
「見に行ってみないか?」
「行く行く! タケシ少尉も行こうぜ」
「いや、俺は遠慮しとくよ」
「そっか。なら俺らは見に行ってくるから」
彼らは仕事をほっぽり出して行ってしまった。
ホワイトベースのアムロ・レイ。ガンダムのパイロットだ。
彼の噂はいろいろある。
俺は噂を信じるような性質の人間ではない。だが、彼の戦績に疑問も持たなかった。
エースと呼ばれるパイロットはあれ位のことできるのではないかと思ってしまう。ジオンのエースらしき者と戦った経験からそう感じていたのだ。
「勝って生き残ったパイロットか……」
会ってみたい。話してみたい。
でもそれで何かが変わると思えない。
「縁があったらいつか会えるさ……」
アムロ・レイのことはひとまず置いておいて、仕事に戻る。
なんのことはない。
ここの倉庫においてあるものを整理、数を確認、報告するだけだ。
まだまだ仕事は残っている。一人で終わるわけがないが、しばらくすれば皆戻ってくるだろう。
戦争が勝利で終わり、浮かれているのだ。会う人会う人、憔悴しきった顔をしていても、どこか幸せそうだ。
しばらく一人でのんびりと片付けをしていると、見知らぬ人が入ってきた。
「君、一人かね?」
「はい」
見るからに軍人だ。当たり前のことなのだが。
「このファイルを大尉に届けて欲しいのだが、時間はあるかね?」
「はっ、了解しました」
「では、頼む」
俺に書類とデータファイルを手渡すと、足早に出て行ってしまった。
一体誰だったのだろう。少佐だということしかわからない。
ファイルは置いておいてちょうど数を確認していた保存食を片付けた。
とりあえず、ここで仕事を中断して、その大尉に持っていくことにした。しかし、どこのどなたに届ければよいのだろうか。
名前を聞いていない。
倉庫を出ても、当然さっきの少佐はいない。
書類を勝手に見るわけにはいかないのだが、見なくては誰に届けるのかわからない。
「まずいな。今所属しているところに大尉はいないから、別の隊ってことだよな」
こうなったら、書類を見るしかない。
倉庫に戻って誰も見ていないことを確認してから、ファイルを開けた。
何やら事務的な書類のようだ。数字が並んでいる。極秘ファイルでないことは初めからわかっていたが、少し気が抜けた。こそこそする必要のない書類なのだ。
しかし、問題があった。中身を見ても誰に持っていけばいいのかわからない。
「どうするか。こっちのはコンピュータを使わないと見れないし……」
俺はさっきの少佐を探すことにした。こっちも名前を知らないのだが。
眉間に深い皺のある少佐。それだけが手がかりだ。
ぶらぶら探す。急いだ方がよさそうだが、俺に渡すくらいだからそこまで急がなくてもよいのだろう。
出会う人全てに聞いても誰も知らなかった。手がかりが少なすぎる。しかも、かなりの連中がまともに話を聞いてくれなかった。
「まったく。やっかいだな」
そんなこんなで、十数分探していると、ロブに会った。
「おお、ロブ。いい所であった」
「あん? 俺は急いでるんだが」
「すぐ終わるよ」
ロブはあからさまに嫌そうな顔をしていたが、気にせず話を進めることにした。
「眉間に深い皺のある少佐を知らないか?」
唯一の手がかりだ。これでわかるほど有名な人ならいいのだが。
「バクスター少佐か? 俺も探してるんだよ」
思わぬ答えが返ってきた。
「大尉が少佐からファイルをもらって来いってね」
「それって、これか?」
俺は先程受け取ったファイルを差し出した。
「これだな。多分だけど。助かったよ」
「俺もだよ」
「で、なんでお前が持ってんだ?」
「倉庫の整理をしてたら、その少佐が持ってきたんだよ。名前も言わずに、大尉に届けてくれって」
「なるほど。少佐は知ってると思ってたんだよ。お前のボールを拾った艦の艦長だからな。会わなかったのか? それに、大尉ってのはお前を見つけてくれた人だぞ」
「アライン・トレイバル大尉のことか?」
「そうだよ」
アライン・トレイバル大尉は俺の命の恩人だ。俺と同じ士官学校を一期前に出た先輩で、優秀な人だ。詳しくは知らない。医務室に見舞いに来てくれたときの印象は堅物のエリート軍人といった感じだった。だが、ロブの話では上官にも自分の意見をはっきりと言い、作戦の立案までする部下想いのエースパイロットだそうだ。
「とにかく、渡したぞ。俺は戻るからな」
「ああ。――そうだ、後で飲みに行こうぜ。もうすぐあがりだろ?」
「わかった」
ロブはいつもどおり人の頭を平手打ちしてからさっさと行ってしまった。
俺も倉庫に戻らなくてはならない。さすがに皆戻ってきているだろう。
ロブと別れてから、二つ目の角を曲がろうとしたときだった。
出会い頭に誰かとぶつかった。
「あっ! すいません」
相手を確認する前に謝罪の声が出た。
「いえ、よそ見していたものですから……」
妙に疲れきった顔をしたまだ十代の男だった。
くしゃくしゃの頭だ。しかも、こっちをはっきりと見ない。徴兵された若い兵士だろう。
「あの……いや、失礼します」
行ってしまった。
そして、先の通路で誰かと話している。
特に気に留めるような人物だとは思わなかった。
だが、驚いたのはその後だ。
ちょうど側を通りかかった人が言った言葉。
「あれがアムロ・レイか。ふん、どこにでもいるガキだな」
アムロ・レイ。
この戦争を生き抜いたものなら、忘れることのない名前。そして……