同窓会にて


 時間が立ち止まることはない。
 一年戦争と呼ばれることとなったあの戦争から月日は流れた。
 俺はまだ連邦の軍人だ。
 いまだに少尉。昇格する気配すらない。
 同期の連中はかなりの数が中尉になっている。つまり、俺は負け組というわけだ。
 勤務地も転々としてきた。ジャブローにも行ったし、コンペイトウにも行った。地球、月、資源衛星。なぜが、盥回しの様に各地の基地を巡ってきたのだ。
 デスクワークもした。MSのパイロットもした。
 そしてある日、士官学校の同期生が初めて集まることになった。
 懐かしい連中ばかりだ。軍を辞めた奴もいるし、死んだ奴もいるだろう。士官学校を出て以来、ほとんどの連中のその後を聞いていない。
 楽しみだ。
 だが、浮かれてばかりもいられない。
 近頃、一段と騒がしいのだ。特に宇宙が。終戦後、表向きは平和になったため、連邦政府、軍の内部には急速に腐敗が進んでいるといわれている。それがここにきて表面に出てきているのかもしれない。
 俺は一軍人であるため、そのような政治的な事に関わることがない。それでも、このようなことはひしひしと感じている。
 そんな状況であるからか、軍上層部は久しく行われていない観艦式を盛大にとり行うのだ。今、俺は艦に乗っていないので今回の観艦式には参加しないが、楽しみにはしている。
 明日の昼の予定だ。皆でどこかで見ることになるだろう。
 俺が会場に着いたのは時間ギリギリだったので、もうほとんどの参加者が到着していた。
 懐かしい顔ばかりだ。
 射撃訓練で何度も気を失っていたビルに、頭の回転が人一倍遅いトニー、同期一の肉体派キム。癖のあるあいつらはこんな場でも目立つ。平素はなんら取り柄のない男だが銃器を持つと人が変わるイビカもいるし、旧世紀時代の戦争映画が大好きだったマルティンもいた。
 当然、ロブもいる。
 真っ先に話しかけてきたのは、ドラゴ・ヴァイディッチだった。
「へぇー、タケシじゃねえか。のこのことよくこんなところにこれたもんだな」
 すでに酔っている。
「おれはしっているぜえ。てめえがなかまをみすててにげまわってるおくびょうもんだってなあ。へへへ」
 一年戦争のときの話をしているのだろう。
 何度か同じようなことを言われたこともある。それどころか戦後すぐ、そのことで尋問された。が、お咎め無だ。無駄死によりは、少しは何かを持って帰ってくるほうが大事だと今は思っている。
「けっ! むしかよ。あいかわらずふざけたやつだな」
 酔っ払いは無視するに限る。
 俺はドラゴを放っておいてグラスを取った。
「タケシ!」
 反射的に声のほうを向く。
 見覚えのある顔だ。
 ベンヤミン・ベルクビンソン。親の七光りどころか、祖父母は勲章までもらっているし、父方の曽祖父が中将、母方は親戚一同高級官僚という名門の出の男。士官学校時代は次席、戦時中は安全な部署でぬくぬくとし、今にも佐官になりそうな羨ましい奴。挙句の果てに、そんなに好い男ではないはずなのに、士官学校時には俺の狙った女ばかりおとして行く腹立たしい野郎。それなのに、あれ自身は人からどう思われているか全く気づかない鈍感な人間だ。
「懐かしい顔だ。僕のことは覚えているかい?」
「忘れるわけない。いろんな意味で」
「そうか。それは光栄だな」
 やはり何もわかっていない。
「君はコンペイトウだよね?」
「一月前までは」
「今は?」
「この休暇明けからは月だ」
「へえ、大変だね」
「まあな」
「僕も随分苦労しててね。保守的な考えの人間が上層部にいるというのはどうかと思うよね?」
「かもな」
 しばらくベンヤミンと話すことになった。一方的に向こうが話すだけであったが。
 その話の中で、俺が知らない同期の連中の近況を知ることができたので、これはこれで有意義ではあったと思う。
 ビルは退役し学生に、イビカも退役し家業を手伝っているらしい。トニーは左遷されて昇格できそうもないらしいが、キムは特殊部隊に抜擢され、マルティンはどこだか詳しくは教えてもらえなかったが戦略研究をしているところに出向しているそうだ。
 当のベンヤミンはというと、叔父の准将の下で働いているらしい。これも詳しくは教えてくれなかった。
 いい加減、こいつと話をするのは辛くなったいた。ちょうど同窓会が始まったので、これを好機とベンヤミンから離れた。
 用意された料理をつまみながら、いろんな奴らと思い出話や近況を話していたが、ロブ達との会話は正直辛い内容だった。
「知らなかったのか?」
「ああ、トーマスとアルベルトが戦死していたなんて……」
「二人だけじゃない。ベルクリン、ハンネ、もだ。コロニーレーザーでな」
「あれか……他には?」
「リーがジャブローで、カルデンがオデッサで死んだよ。あと、アマダも――」
「リー、カルデン、アマダもか? なんて事だ……」
 アマダ、シロー・アマダ。あのアマダまで死ぬなんて、トーマスたちは仕方がない。あそこにいたのだ。俺も配属された場所によっては確実にアレで死んでいた。
 カルデンは怖いもの知らずだったからなんとなく納得できるが、リー、アマダは死ぬとは思わなかった。さっきから顔を見ないからどうしたのだろうとは思っていたが、こんなことになっていたなんて。
「リーは部下を庇って死んだらしい。カルデンは乱戦の中戦死、アマダは敵MAに突っ込んでな」
「でも、俺はアマダは生きてるって話を聞いたんだがね」
 トニーが不意に言った。
「どういうことだ?」
「戦中に、アマダの部隊にいたって奴に直接聞いたんだが、乗っていたMSの残骸はあったのにコックピットには遺体はなかったらしい」
「だからって生きてるって事には……」
「それだけじゃない。他の隊員が終戦後、探しに行ったらしくてそこで直接会ったとかなんとか――」
「なるほど。生きているんならいつか会えるかもな」
「そうだな」
 今日、会えるかもしれないと思っていた連中の中に、もう二度と会えない奴らがいる。どんな形でもいい。生きていてくれたなら会える。その可能性があるんだ。
 俺もこの先、軍人でいるにしろ、いないにしろ、いつ死ぬかわからない。だけど、やっぱり死になくない。これまでにないくらいそのことを感じた。
「ん? チャンはどうしたんだ? いないみたいだけど」
「ああ、あいつは観艦式に出てるよ。たしかハイムシルドとコステリッチもだ。大変だよな」
「しょうがないさ。あれだけ大掛かりなのは前の戦争以来やってなかったから」
 俺は三人の会話に加わらなかった。
 観艦式には俺も出るはずだったのだ。折角の機会だ。出てみたかった。アレだけの数の艦が集まるなんてそうそうあるもんじゃない。
 それなのにだ。
 ついこの間までいた部隊の何とかっていう中尉に疎まれ、配置換えになってしまった。不条理この上ない。
 三人の会話を聞くのもそこそこに、俺は壁にもたれかかり、グラスを傾けた。
 窓から見える夜景。
 本当の夜ではない。時計に合わせて夜にしているだけとはいえ、夜景というのはいいものだ。
 俺は何も知らなかった。
 この完全に密閉されたコロニーのシリンダーの外で起こる悲劇。あの忌々しい出来事が着々と進行しているとは。
 俺のピンポン隊を含め、多くの連邦兵の命を奪った男。男が操るのは連邦が開発させたモビルスーツ。MSに装備された禁じられた兵器。兵器が放たれた場所。
 地球連邦軍はその腐敗をさらに加速させていくのだった。
 そして、ついにティターンズが結成される……

   
 

次へ  戻る

トップへ

inserted by FC2 system