港ロビーにて
外からの船を向かえる港のロビー。
俺はそこに向かっていた。
少し前方を歩いているのは、俺とは違う黒い軍服を着込んだ数人の軍人。
ティターンズだ。
なぜ俺はこいつらの後ろを歩いているのだろう。こんな連中とはあまり関わりたくない。
奴らと一緒にいれば一般人、つまりこのコロニーの住人に恨まれる。俺もスペースノイドなのに。
だからといって、今更こいつらから離れればいい笑いものだ。
仕方がない。
少しでも友好的にしておこう。彼らが悪いのではない。ティターンズという組織が悪いのだ。
「えっと、エマ・シーン中尉だよね?」
「はい」
とりあえず、一番話せるこの女性に話しかけた。他の男たちは一般軍人をどんな階級であれ、下に見るのだ。奴らとは話などできない。
「君らはどうしてここに?」
「私たちはカクリコン中尉を迎えに」
「カクリコン中尉? もう一人のパイロットか?」
ガンダムのパイロット。
なんとティターンズがあの『ガンダム』の新型を造ったのだ。しかも、メインカラーは白ではなく、ティターンズらしい黒だ。悪趣味としか言い様がない。
このエマ中尉もそのガンダムのパイロットとしてここに来ているのだ。ついでに、一番前を歩いている金髪の兄ちゃん、ジェリド・メサ中尉もガンダムのパイロットだ。
黒いガンダムは三機あり、その最後の一機のパイロットがカクリコン中尉なのだろう。
「ええ。タケシ中尉は?」
「俺はブライト・ノア中佐のお迎えさ」
あのブライト・ノアだ。ホワイトベースの艦長として、多大な功績を挙げ、今では中佐だ。俺と歳は変わらんのだが。
しかし、そのブライト・ノア中佐はテンプテーションという船のキャプテンという閑職に追いやられているのだ。
全くもって、上層部は能無しだな。有能な人物を隅に追いやり、腐った人間の集団であるティターンズの増長を招いている。
こんなことを口にした日には、俺はミンチになるだろうよ。言いたいことも言えないというのは辛い。
ようやくロビーについた。
周りを見回してもブライト中佐はいない。
「おい、テンプテーションのブライトキャプテンはどこにおられる?」
手ごろな位置にいた警備員に訊ねてみた。
「ブライトキャプテン? ああ、中佐ならすでに出て行きましたよ」
「まったく。行き違いか。ついてないな」
だから言ったのだ。
迎えになど行かなくても、向こうから来てくれると。それをあのアンドレ大尉が行って来いというから渋々来たというのに。なんてことだ。
一人でいらついていると、向こうから軍人が歩いてきた。ティターンズの制服だ。
「お、あれがさっきエマ中尉が言っていたカクリコン中尉か」
ひどい顔だ。あれじゃ、女にもてないな。
人の事はいえないが、あれよりは俺のほうがマシだろう。
勝手に優越感に浸っていると、とある会話に気が付いた。
「テンプテーションはブライトキャプテンの船だから」
誰だろう。テンプテーションのブライト・ノアを知っているとは。
こっちの通路にはいない。それなら、あちらか。
「どうかしら?」
あの二人のようだ。
どう見ても、学生。まだハイスクールの学生だろう。
俺にはよくわからない服装だ。今の学生にはああいうのが流行っているのかもしれないな。俺も随分オッサンになったものだ。
そんなことはどうでもいい。
学生でもブライト中佐を知っている。そちらに関心を移すべきだろう。
ブライト・ノアはそれほど有名なのだろう。なんといっても一般市民、それも学生が知っているのだから。俺とは大違いだ。軍内部でも俺を知っている奴は数えるほどだ。
「カミーユ!」
カミーユ?
女が呼んでいる。あの男の名なのだろう。
男でカミーユか。
俺は、人の名前にケチをつけるような器の小さい人間じゃない。
だが、呼ばれている本人はあまり機嫌がよくないようだ。その『カミーユ』という名を呼ばれるたびに、女から離れていく。
気難しい年齢だからな。
いつまでもその学生二人を見ている場合ではない。さっさと戻らないと、アンドレ大尉にまた絞られる。あの長い長い、かといって眠る事などできない説教を聞かされるのはうんざりだ。
早く帰ろう。
「ティターンズらしくなって。よく来てくれた」
ジェリド・メサ中尉がカクリコン中尉らしき人物と親しげに話している。
ジェリド中尉もそれほどいい男とは思えないが、カクリコン中尉と並べばどう見ても、ジェリド中尉のほうがいい。
だからといって、ジェリド中尉と親しくなりたいとは思わない。性格の悪さが顔に出ていないからまだいいものの、あの自信家とは付き合いにくい。
「カミーユ!」
先程の女の声。
大きな声だ。このロビー中に響く。
好感が持てる。
十歳ほど下の女だが、ああいうタイプの方が俺は好きだ。エマ中尉のような女性にも惹かれはするが、真剣に付き合いたいとは思わない。
「カミーユ! ダメよ、そっちは!」
なんだ?
様子がおかしい。
俺はなんとなく振り返った。
カミーユという名の少年が俺のほうに走ってくる。
いや、違う。ティターンズの連中の方だ。
それも、ジェリド・メサ中尉へ一直線に。
まさか襲いかかる気か。
そんな馬鹿なことをするとは!
止めなくては。
「おい、やめ――」
制止の声と共に腕を突き出す。
遅かった。
「なめるなぁ!」
見事なパンチだ。狙いどころもいい。素人じゃないな。ジェリド中尉が気づくのがもう少し遅ければ、中尉は白目をむいてもんどりうっていただろう。
思わず見とれてしまった。
「うぁ!」
殴られた中尉も中尉だ。情けない。
あんなのがティターンズだといっていばっているのだ。嫌になる。
とはいっても、なぜ彼が中尉に殴りかかったのだろう。
知り合いだろうか。ティターンズの連中はだれかれ構わず喧嘩を売る。本人たちにその気はなくても周りから見れば、売っているのだ。
「やめなさい!」
エマ中尉をはじめ他のティターンズの連中、警備員、MPも含めて止めに入る。
ここは俺も止めるべきだろう。
ティターンズの連中を止めなければ、カミーユ君が病院送りだ。
せめて、連行されるくらいに留めなくてはならない。軍人が民間人に手を出す事はあってはならないと俺は思う。
「オレ達をティターンズと知ってちょっかいを出してきたのか」
ジェリド中尉のおつむはどうなっているのだ?
子供に殴りかかられたとはいえ、そんなことを口走るとは。
「カミーユが男の名前で何で悪いんだ! オレは男だよ!!」
怒っている理由はよくわからんが、とにかく彼は怒っている。それもかなり激しく。
「やめろ! カミーユ君!」
俺は必死に止めようとした。
だが、彼は止まらない。俺のことなど気づいてもいないのかもしれない。
彼の肘が鳩尾に直撃する。
「ぐはぁ!」
一瞬息ができなくなった。
続けざまに、腕が頬を打つ。
「こいつ! うわぁ! うおぉぉ!」
視界はゆがむが、耳はティターンズの連中の情けない声を正しく聞き取っていた。
だが、奴らの拳はカミーユ君だけに向かっていなかった。なぜか俺の顔面に飛んできているではないか。
ガードをする、はずだった。するはずの腕はカミーユ君の肩を掴んでいた。
まずい。
避けられない。
当たった。
痛くはない。
それより、視界がぐるぐる回る。
まずい。
気が遠くなる。
「カミーユ君だろ? 何を言ったんだ、オレが」
「男に向かって何だはないだろ!」
「そうか、そういうことか。なら、男らしく扱ってやるよ!」
「やめて!」
「ほら!」
意識を失いかけていたが、強制的に戻される。
カミーユ君の頭が俺の鼻にぶつかったのだ。
「あっはっはっはっは」
ジェリド中尉だ。
下品な笑いだ。
一般市民を殴ったっていうのに、満足そうな顔をしている。