施設にて


 顔が痛い。
 口の中も切れている。
 俺は右頬をさすりながらロッカールームに入った。
 そこには俺の同僚が二人、上半身裸で突っ立っていた。トンバ中尉とグルベルニク少尉だ。
「ようやく戻ってきたか」
 ヒゲ面のトンバがこっちをむいた。
「どうしたんだ、その顔? 喧嘩でもしてきたのか? ひどい顔だぜ」
「そんなとこだよ。ま、これでもお前のヒゲ面に比べりゃマシなほうさ」
 隣で黒い肌のグルベルニクが白い歯を出して笑っている。
 ティターンズがでかい顔をしているここでは、こいつら二人が俺にとっては気の許せる奴らだ。
 俺は自分のロッカーに手をかけた。
「ブライト中佐はどこだ? 向こうで行き違いになったらしくてな」
 戻ってきてみたもののブライト中佐はいないのだ。それどころか、俺にお迎えを命じたアンドレ大尉も士官部屋にはいなかった。
「ああ、中佐なら大尉に連れられてどっか行っちまったよ」
「なんだそりゃ。結局俺は無駄骨を折ってただけか」
 ロッカーに付けられた鏡で顔を確かめてみる。
 腫れてるな。
 後で、医務室にでも行くとするか。
 トンバが笑っているのが鏡越しにわかる。
「ついてないな。これ、どうだ?」
「もらうよ」
 湯気がゆらゆらとゆれているコーヒーカップを受け取った。
 毛むくじゃらのトンバとコーヒーをすする。
 口の中がしみる。でも血は止まっているから大丈夫だろう。
「タケシ、時間あるか?」
 黒い鋼のような肉体を鏡に移してポーズをとっているグルベルニクの姿は不気味だ。グルベルニクのいつもの癖とはいえ、あまり見たいものではない。
「なんだ?」
「一緒にジムに行こうぜ。最近、身体が鈍ってしょうがないんだよ」
 あの身体でそんなことを言うとは、大した奴だ。
「お前、昨日もそういってなかったか」
「ジム通いは日課だからな」
 鏡に映った彼の瞳はいっそう輝いているように感じられる。
「好きだねえ」
「それもいいけど、一杯いこうぜ」
 トンバがそういった。
「お、いいねえ。ご無沙汰だもんな」
「お前らはそれも好きなんだな」
 こいつらはかなりの酒豪だ。
 ここにまわされてきたときに、一緒に飲んだが、俺が相手を出来るレベルの酒飲みじゃなかった。俺はさっさと酔いつぶれ、朝、目覚めたときにはまだこの二人は飲んでいた。
「ティターンズの連中に好き勝手やられれば飲みたくもなるって」
「酒だけ遠慮しとくよ」
 一緒に行かないわけではない。ただ、酒には付き合わない。こいつらは何軒も回るのだ。俺は一軒だけ。それも安くて美味い飯を食いに行くだけだ。
「グルベルニク。とりあえず、シャワーを浴びさせてくれ」
「後でいいだろ? どうせ汗をかくんだし」
 もっともである。
 だが、俺はシャワーを浴びる。
 これは譲れない。
 俺は奥にあるシャワールームに向かった。
 シャワーは気持ちいい。
 そして、一通り汗を流し終えたときだった。
「おい! 何か聞こえないか?」
「たしかに……」
 ロッカールームの二人の声だ。
 俺はシャワーを止めた。
「この音……MSか?」
 聞き覚えのある音だ。
 音は急速に近付いてくる。
 一際大きなエンジン音が聞こえたと思ったら、それ以上の轟音が脳天を突き刺した。
 同時に、砂煙が部屋に充満した。
「うわぁぁぁ!」
「何だってんだよ!!」
「お前ら、大丈夫か?」
 視界が悪い。
 何が起こったのかわからないが、とにかく二人の様子を確かめる。
「俺は大丈夫だ。でも――」
「助けてくれ! 脚が、脚が!!」
 トンバだ。
「こりゃひどい。もう助からんな」
 グルベルニクだ。
 この話し方、冗談だな。笑いをこらえているのだろう。
「冗談はいらん。さっさと助けろ!」
 察するに、どうやら二人は無事のようだ。
 トンバに助けがいるようだが、命に関わるような状況ではないのは明らかだ。
「なんでもいいから、助けてくれよ」
「わかったわかった」
 懇願しているトンバの姿が見たい。助けることよりも、それが目的に変わった。
 俺は慎重に二人に近付いた。
 何が起こっていて、この部屋がどうなっているのか見当もつかないからだ。
 二人の姿を確認したとき、すでにトンバは救出されていた。
 右足が血で染まっている。だが、大した出血ではないようだ。
「悪い、何が起きたか見てくる」
 俺は外の様子が気になった。気になってしょうがない。
「ああ、こいつは俺が医務室に連れて行くよ」
「肩貸してくれ。歩けない」
「へいへい」
 二人をその場に残して、俺はロッカールームを出た。
 もちろん、服を着てからだ。素っ裸で飛び出すほど急がなくてもいい。
 どこもかしこも大騒ぎだった。
 担架だ、とか、救護班を、とか色々叫び声が飛び交っている。
 これでは何が起こったのかわからない。
 誰か近くを通りかかったら呼び止める事にしよう。
 ちょうど若い兵士が通りかかった。
「あ、君! 一体何が起こったんだ?」
 彼はひどく緊張している。まだまだ若いな。
「ガンダムが降ってきたんですよ」
「ガンダム?」
 ガンダムmk−Uのことだろう。あれしかガンダムはないはずだ。
「ガンダムってことは……あの三人のうちの誰かってことか」
 ジェリド・メサ、エマ・シーン、カクリコン・カクーラーの三人だ。
「おそらくジェリド・メサだ」
 カクリコンはついたばかりでそうそう無茶なことはしないだろう。エマ中尉が建物に突っ込むような危険なことをするようには思えないし。そうなると、あのおつむの弱そうな自信家のジェリドしか残らない。
 俺は真相を確かめるべく、外にでた。
 すでに外には人が集まってきている。
 その割りに、消火機材や救急用具を持っている人間が少ない。
 こういう不測の事態になれば、一般兵もティターンズも変わらない。皆慌てふためいている。俺もそのなかの一人だと自覚すると、笑ってしまった。
「俺も使えないな」
 自嘲するしかない。
 事の原因は探す必要はなかった。
 建物に黒いモビルスーツが突っ込んでいる。ガンダムだ。
 黒いノーマルスーツの着込んだパイロットが降りてきていた。
 あの顔はあいつだ。
「やっぱりだ。あの野郎。何考えてやがる」
 何も考えていないんだろうな。
 この辺りは軍の施設しかないが、少し離れれば一般の居住区だというのに。こんなところでMSの操縦訓練をするとは非常識と言うほかない。
 ガンダムの側にエマ中尉がいる。何やらジェリドに言っているようだが、聞こえない。
 それもそのはずだ。
「空襲警報?」
 さっきから空襲警報がなぜが鳴り響いている。このMS墜落のせいでなっているのだろうか。
 いや、この警報はコロニーの外に敵が近付いてきて、コロニーに損傷が出るか、出そうかというときに鳴る物だ。
 このコロニーにはティターンズがいる。
 ならが、攻撃を仕掛けてくるのは、残り少なくなったジオン残党か、エゥーゴかのどちらかだ。
 しかし、その割りにここの軍人は気にしていない。非常事態だということがわかっていないのだろうか。
 それとも、隕石によるコロニーの損傷によるものなのか。
 そうは思えない。
 俺は空を見上げた。本当の空ではない。
 警報とうるさい兵士の声でよく聞こえないが、かすかに聞こえる。
 敵襲だ。
 ガンダムのほうに視線を移すと、エマ・シーン注意の後ろに、今度は見た顔が出てきていた。
 アンドレ大尉と、おそらくブライト・ノア中佐だろう。
 やっと見つけた。
 しかし、この後の出来事でそんなことはどうでもよくなるのだった。

   
 

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