アウドムラにて
「で、君はティターンズではないと?」
しつこいやつだ。
しかも、こいつは軍人じゃなさそうだ。
「何度も言っているでしょう。いつのまにかティターンズになっていただけで、ティターンズの連中みたいに地球至上主義者でもなければ、スペースノイドを目の敵にするなんてことはないって」
「そうか」
やっと出て行った。同じ事を何度も何度も。尋問の仕方も知らないのか、あいつは。
もっと重要なことを聞きだそうとするもんだろう、普通は。
俺はティターンズであってティターンズではないのだ。聞きだせることはもっと聞き出すのが尋問だろう?
「くそっ! あの忌々しいジェリドめ! あいつのせいでこんな目にあってるんだぞ」
あいつに殴られた頬がまだ痛む。
あれと関わっているとろくな目にあわない。
ともあれ、ようやく休める。
そう思っていたのに、ドアが無情にも開く。
「今度はなんです?」
誰が入ってきたかなど俺は気にもならなかった。
誰が入ってきてもどうせ同じだ。こんなところに話せる奴などいやしない。
「いや、君がティターンズではないと聞いてね」
「そうですよ」
「では、何故ティターンズとして戦うのかね?」
「簡単な話です。自分は職業軍人です。上から戦えといわれれば戦うまで。思想だとか、政治だとかの難しいことは嫌いなんです」
「私もあまり好きではないな」
「そうですか。ま、戦争が好きなわけでもないし、ただ軍人になってしまったから軍人でいるだけ。それだけですよ」
俺はようやくこの男を見た。この男はたしか、クワトロ・バジーナ。階級は大尉。ここの入れられる前に見た男だ。
変な服だな。袖無しの赤い軍服。これがエゥーゴの制服なのか。悪趣味なやつらだ。
しかも、こんな暗い倉庫でもサングラスをかけたまま。俺のことは見えているのだろうか。
「タケシ中尉と言ったな」
「ええ。まだ中尉ですよ、自分は。大尉と違って」
「ほう」
口元が笑っている。
「大尉と自分は歳が変わらないように見えますからね」
この言葉をどう受け止めるだろう。厭味と受け取るか、単に自虐的な言葉と受け取るか。俺自身は、9割方後者のつもりだ。
「パイロットだとか?」
一歩近付いてきた。
怒ってはいないようだ。
「たしかにパイロットですよ。一年戦争の頃からいいとこなしですけど」
「一年戦争でもMSに?」
「ええ、大尉もそうじゃないのですか?」
ここのハンガーにはMSがいくつかあった。
「……まあ、そうだな」
なぜ詰まる?
隠すような事でもないだろうに。
もしかすると、このクワトロ大尉も一年戦争では大した活躍をしていなかったのかもしれない。
案外、この大尉は話せる人かもしれない。
俺と同じ臭いのする人間ではけっしてなく、優秀なパイロットであろう。そして、俺の嫌いな理想主義者ではなさそうだ。かといって極端な現実主義者でもないだろう。
「いつまで自分はここにいればいいのでしょうか?」
「なに、すぐに出られるさ」
「次の補給地で降ろしてもらえると?」
ありえない事だが、そうであって欲しい。こんなところに閉じ込められていて気持ちがいいような人間は少ない。
「いや、そう簡単におろす事はできないだろう」
「『だろう?』」
ここに入る前に見た周囲の様子から、この大尉は影響力がありそうだと思ったのだが。
「このアウドムラはカラバのものになった。私はエゥーゴなのでね。私が君をどうこうすることはできない」
「なるほど」
そういえば、エゥーゴを追いかけて、俺はジャブローに降りてきたのだった。
宇宙はエゥーゴ、地球はカラバだったな。
大尉が倉庫から出て行こうとした。
俺はずっと気になっていたことを聞くことにした。あのガンダムどカミーユ・ビダンについてだ。
「そうそう。大尉があの金色のMSに?」
「ああ」
金色のMSとはかなりの腕を持ったエースが乗っていると感じた。また、ガンダムも少し劣るものの同等の腕に思えた。
だから、そのどちらかにこのクワトロ大尉が乗っていると踏んだのだ。
「じゃあ、ガンダムには誰が?」
「そんなことを知ってどうする?」
当然だ。
尋問され、情報を聞き出される立場にあるのは俺であって、大尉ではない。いらぬことを知ってしまえば、それこそ降りられなくなる。
でも、俺は聞かずにいられなかった。
「あのMSは俺の目の前で持っていかれたものじゃないかなってね」
大尉の表情が変わった。目はサングラスで隠れてはいるが、おそらく驚いた目をしているだろう。
「なんです?」
「君はあそこにいたのか……」
「ええ。グリプスで、カミーユ・ビダン君がいとも簡単にMSを動かすところを間近で見てましたよ」
「カミーユを知っている?」
予想以上の反応だ。
これならカミーユ君がどうなったか聞けそうだ。
「向こうは覚えていないと思いますけど」
覚えているはずがない。後ろから彼の身体を押さえていただけで、連行されるときには何もしていないからな。むしろ、あのファ・ユイリィという女の子の相手をしていたからな。
「カミーユ君はどうしてます?」
答えが返ってこない。
まさか、死んだのか?
いや、親が死んだのだ。エゥーゴなんかとは離れて元の生活に戻ろうとしているのかもしれない。
クワトロ・バジーナ大尉の答えは、俺が予想しうるすべての答えから外れていた。
「彼がガンダムのパイロットだ」
ありえない。
いくらなんでもそれはありえない。
たしかに、彼は見事にガンダムを奪った。
しかし、俺は彼の戦闘を見た。ガンダムmk−Uの動き、あれは十分エースと言われるレベルのパイロットのものだった。
なんて人間だ。
そりゃ、俺だって彼くらいの歳でMSには乗ったさ。そして、今までMSに乗ってきた。それでも俺はエースには程遠い。
それが、ああもあっさりと乗りこなすとは。
いつのまにか大尉は出て行っていた。
それにも気づかないくらい俺は驚いていた。
一通り驚き終わると、また別のことを思い出した。
ジャブローに降りてきたときのジェリドの様子だ。
ジェリド・メサのせいでカミーユ・ビダンはティターンズに連行された。そのせいで、カミーユ君はガンダムmk−Uを奪う事になった。そのガンダムはジェリドの乗っていたガンダムだった。
「そういうことか。どうりでジェリドがこだわる訳だ」
俺もあいつのせいでこんなことになったが、あいつもあいつで自ら不幸を招きいれたのか。