初任地にて

 
 暑い。
 それしか考えれない。
 周囲はごつごつした岩だらけで、サボテンの一つもなければ、生き物の息遣いなどどこにも感じなかった。褐色の荒涼な景色が延々と地平線の彼方まで続いている。
 旧世紀の環境破壊によって姿を現した砂漠は、地球上いたるところに存在しているのだ。こんな場所で戦って何になるのだろうか。非戦闘員への被害がないとはいっても、遭難したら帰ってこれないような処だ。
 俺は無事に地球に降りてきてから車に揺られ続けてここまできた。正確な地名、緯度経度は知りもしないが、地球のどこかであるのだけはわかる。激戦が続いている戦場が俺の初任地だった。ここから俺の軍人としての道が始まる。
 乗り心地がいいはずのない移動用トラックに、未舗装の道の組み合わせは最悪だった。腰が痛くなるばかりか、振動で頭まで痛くなった。
 やっと降りることが出来たと思ったら、今度はそれ以上の地獄だった。
「うへぇ、どうにかならないのかなあ、この暑さ。地球ってどこでもこんなに暑いのかなあ?」
 移動中隣の席に座っていた男が喋りかけてきた。
 彼はエアー・コーンというそうだ。この間まで学生だったらしい二等兵だ。階級のことなど全く気にしない喋り方は不愉快だ。でも、そんなことをいちいち気にしていられる環境じゃなかった。
 俺は水筒の水を飲んだ。
 全身に染み渡る感覚が心地良い。しかし、それで暑さがまぎれるわけではなかった。
「少尉も地球は初めて?」
「いや、俺は地球生まれだ」
「ふーん」
 俺は地球で生まれた。旧世紀時代、日本と呼ばれた極東の島国で次男として生まれたのだ。とはいっても、両親はコロニーで生活していたのであまり関係のないことではある。幼い頃は数年に一度祖父母のすむ地球に降りていたのだ。
 それにしても、同じ地球とは思えない暑さだ。コロニーほどではないにしろあの日本という土地は居心地がよかったのに、ここは人のいるべき場所じゃない。
「おい! コーン二等兵はこっちだ」
「すいません」
 コーン二等兵は他の兵卒連中と一緒に近くの建物に入っていった。彼がどこの所属かは知らないが、建物を見る限り歩兵部隊だと思う。
 俺は前を歩く兵士に言われるがまま駐屯地の奥に進んでいった。
 しょぼいテントが幾つか張ってあったが、それらには目もくれず一番大きな建物に入っていく。多少痛んでいるような感じがするが、古い鉄筋のビルはまだまだ現役だ。
 丸焼けになりそうな陽射しからやっと逃げることが出来る。太陽の下にいなければ涼しいものだ。空調は動いていないようだが、なくても十分だ。そして、階段を上がった後、ある一室の前に通された。
「スズキ少尉をお連れしました」
 そういってドアを開ける。
 中には皺だらけの軍服を着込んだ中年の男が、ウイスキー片手に窓から外を眺めていた。
「ん。ご苦労」
「失礼します」
 案内してくれた兵士は役目を終えたらしく、申し分のない腕の角度の敬礼をして部屋を出て行った。
 部屋には俺と、ここの部隊の指揮を執っているドマッド・ニンジ少佐だけになった。
 このニンジ少佐がどのような人物なのかは全く聞いていない。一昔前の戦争のやり方を捨てない堅物の軍人なのか、最新兵器であるMSを有効に活用するような軍人なのか気になった。それだけで、俺の生き残れる確率が大きく異なるからだ。
 多少の緊張を感じながらも、俺はさっきの兵士のように型どうりの敬礼をした。
「タケシ・スズキ少尉であります。本日付を持って――」
「青二才のことなどどうでもいい。さっさと出て行け」
 こっちの顔を見ようともしない。
「は、はあ……」
 何が何だがよくわからないが、とりあえず部屋を出た。
 最近作ったらしい木製の階段の軋む音だけが建物の中に響いている。もとの階段は崩れて無くなってしまったようだ。
 太陽の光が開けっ放しの入り口から差し込んできている。あれを見ると外に出るのをためらってしまう。また外を歩くと思うとぞっとするのだ。
 渋々外に出た。
 強烈な太陽光が痛い。本当に丸焼けになりそうだ。
 俺は自分の配属された部隊のもとへ向かった。
 いつのまにか暑さも気にならなくなっていた。いよいよだ。これまでも訓練もこのときのためにつんできたのだ。抑えきれない興奮が俺の歩みを速める。
「このテントだな。よし!」
 入った。
 誰もいなかった。
「いない……」
 中を見回しても誰もいない。
「おっかしいなあ。ここであっているはずなのに……あ、ちょっと、ここの人は?」
 ちょうど外を歩いていた人にこのテントにいるはずの面々について尋ねてみた。
「ああ、あいつらならどこかの部隊の救援に行ったぞ」
「そうですか」
 おかしな話だ。欠員が出たから俺が補充されたはずなのに、任務につくなんて。それほど、ここの戦況は逼迫しているのか。
 仕方がないので駐屯地をブラブラすることにした。
 一度は気にならなくなった暑さもまたぶり返している。さっきのテントで待っていても良かったのだが、じっとしている気分じゃない。
 駐屯地はあんがい広かった。重苦しい雰囲気はないし、暑さでだれている人もいたが、それも致し方ない。
「おい! こっちだ! 早くしろ!」
「わかっている! さっさと工具を持って来い!」
「は、はい!」
 突然、駐屯地内が騒がしくなってきた。特に、一際大きな建物からは何人も走って出てくるではないか。あの建物が何か知らないが、あの兵士たちの格好はメカニックだ。
「何があったんだ?」
 俺はこの騒ぎの原因を知りたくて、メカニックたちを追った。
 駐屯地の入り口に巨大な影があった。
 MSだ。
 二機いる。しかし、片方はひどくやられている。ここまで戻ってきたのが信じられない。頭部はきれいになくなっているし、胴体は無残に変形している。
 大量の消火剤をまき、クレーンを使って地面に横たえる。そして、救護班とメカニックがコックピットをこじ開けようとしている。あの分じゃ、パイロットは重傷だろう。
 MSというのは一人で操縦でき、なかなかの火力を持ち合わせているが、如何せんジオンのMSのほうが性能が良いという話だ。数で上回らなければ勝てないらしい。だから俺たちもMSの連携を叩き込まれた。いや、俺はしごかれただけだ。結局最後の出来損ない同士の模擬訓練でさえ負けたのだ。
「こっちです」
 消火作業を行っている兵士の一人が軍医を呼んでいる。
 もう一機のMSから出てきたパイロットが、かぶっていたヘルメットを投げ捨て、何か叫びながら下りてくる。どんな表情で、何を言っているのか、この距離ではわからないが、僚機のパイロットを心配しているのだろう。
 ボロボロのMSに近付こうとしたが、無理やり担架に乗せられ運ばれていった。担架が要るような怪我をしているようには思えなかったが、もしものためなのであろう。
 俺はそれらの光景をじっと眺めていた。これが戦場というものなのだ。焼けると思っていたはずなのに、両腕に鳥肌が立っていた。
「んー、随分ひどいな。パイロットはもうダメみたいだが、さてどうするか」
 すぐ隣から落ち着いた男の声が聞こえたので、俺は驚いた。
 そこには、筋肉質の身体をした黒人が立っていた。その軍服から大尉だとわかる。堂々としたその姿は歴戦の戦士といった風貌だ。
「おい、お前が士官学校上がりの新米士官だな?」
「はい。そうであります」
 大尉は俺の顔をじっと見つめた。その眼は鋭い。が、殺気を放つような眼ではなく、品定めをしているような眼だった。
「よし、ついてこい」
 上官について来いと言われてついて行かない訳には行かない。
 名前も知らない大尉に言われるがまま、俺は歩いた。
 着いた先はさっき見かけた大きな建物、ハンガーの前だった。
 中はごちゃごちゃしていたが、六機のMSの整備している真っ最中だった。どの機体も同じ形で同じカラーリングだ。教練で使用した機体とは違う。普段、ジムと呼ばれている系統の機体だ。新しい機体のはずなのに随分使い込まれている。何度も出撃しているからだろう。
 MSを見上げてはいたが、どうでもいい気もしていた。俺がこのMSに乗ることはないからだ。あくまでも後方支援、戦車やらジープやらでMS乗りの支援をするのが俺の配属された隊の任務であり、直接戦闘をするとしたら、物資輸送の護衛のはずだ。どちらも危ないときは危ないが、危なくないことのほうが多い。
 しかし、大尉の言葉はそんな俺の甘い考えをすべて打ち砕いた。
「タケシ・スズキ少尉。現時刻を持って、ニンジ機動大隊第三小隊に転属とする。すみやかに、小隊長のウィリアム・テッド中尉の指示を仰げ。以上」
「へ? あ、いや、了解しました!」
 何が何だかわからないが、着任早々転属となった。技術士官でない俺を、いちいちハンガーまで連れてきてからの命令だ。
 その第三小隊とはおそらく……MS隊だ。

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