キリマンジャロにて
キリマンジャロ。
アフリカ大陸の最高峰だ。
今でこそアフリカ大陸の大半は砂漠となってしまったが、旧世紀時代にはこの山の周囲は広大なサバンナが広がっていた。
子供の頃に見たテレビの番組を思い出す。
広い広いサバンナで野生のゾウ、シマウマが草を食む。ライオンの群れが寝転がり、スイギュウの大群が大地を揺らす。そして、そのバックには雪化粧をしたキリマンジャロが見える。
憧れだった。
まさに地球の自然の象徴だ。
そのキリマンジャロには軍事基地が築かれ、その基地がこの作戦のターゲットだった。キリマンジャロ基地はティターンズにとってアフリカ大陸の重要拠点のひとつなのだ。
俺はネモを駆り、ドダイで空を飛んでいる。
「よし、エゥーゴからの援護が始まった」
前方を飛ぶアムロ・レイ大尉が各機に指示を送り始めた。
俺はアムロ大尉の指揮の下、MSパイロットとしてカラバに参加している。
「いよいよ本番か。一気に近付かないと」
気を引き締める。
今、キリマンジャロにはティターンズの中心人物、ジャミトフ・ハイマンがいる。彼をやればティターンズも終わりだ。
エゥーゴも宇宙で頑張ってはいるが、ジオン残党が小惑星アクシズごと地球圏にやってきたのだ。戦況は荒れに荒れている。
「アムロ大尉。しっかり頼みますよ」
「わかっている。少尉も遅れるな」
アクシズの連中がどうでるかは知らないが、彼らももとはサイド3の人間。ティターンズよりはエゥーゴの味方をしてくれるといいのだが、そうもいっていられない状況らしい。
下から対空ミサイルが飛んでくる。
エゥーゴの援護のおかげで随分少なくなった。
それでも正直辛い。
キリマンジャロの攻略にはカラバもかなりの戦力を投入している。
まだ落ちる気配はない。
「MSの数も多いが、設置されている対地、対空砲台がやっかいだ」
俺たちはドダイで敵の攻撃を引付けつつ、攻撃を仕掛ける。
この間に、砲台を別の部隊が壊すのだ。
「くっ!」
危ない。
砲台ばかりに気を取られていては、MSに落とされる。
「タケシ中尉はもう少し南の斜面の方を頼む」
「了解」
俺は南の斜面に向かう。
だが、後ろから敵が追ってきた。
「来るのか。まずいな」
完全に後ろを取られている。
旋回するのが早過ぎたのか。これではいい標的になる。
そう簡単にやられはしないが、こちらからやることもできない。
そんな状況は長くは続かなかった。
俺は独りじゃなかったのだ。
あのアムロ・レイがいる。
アムロ大尉は俺が追われていることに気づいてくれたのだろう。動きが速くなった。
ビームライフルを二射。
一つ目を避けたところに二つ目が直撃した。
「アムロ・レイ大尉。さすがだ」
俺はシートの後ろの映像を凝視していた。
一発目を避けられても、避ける方向を見極めているのだ。
しかし、本当に驚いたのはその後だった。
俺は後方ばかり気にしていたのだが、実は前方にも敵がいたのだ。
「一射目はあっちを狙っていたのか!」
凄まじい腕だ。背筋が凍る。
「タケシ中尉。大丈夫か?」
当の本人は平然としている。
「ええ、助かりました」
「では、あちらを頼む」
そういい残して、大尉が離れていく。
敵じゃなくてよかった。あんなのに狙われたら、狙われている事が気づかないうちに殺される。遠距離射撃じゃないのにだ。
心強いってレベルじゃない。神業ってのはああいうのをいうんだな。
俺もやれるだけやらなきゃな。
「タケシ中尉、そちらの地上部隊を援護してください」
アウドムラからの指示だ。
「わかった」
俺はドダイのスピードを上げた。
「各機に通達! エゥーゴのMSが降りてきている。見つけしだい合流してくだい」
エゥーゴのMSが降りて来る? 馬鹿な。こんなところにどうやって降りて来るというのだ。
そもそも今回の作戦では、エゥーゴのMSが降下するなんて事はなかったはずだ。ならば、手違いか、それとも降りるしかなかったかのどちらかだ。
前者ならバリュートをしょってくる。しかし、後者ならバリュートはつけていないはず。
おそらく後者のはずなのだが、そうなるとどうやって降りて来るのだ?
まあ、気にしていても始まらない。
俺は俺に与えられた役目を果たすまでだ。途中、そのMSを見つければ、合流すればいいそうだし。探さなくていいのなら後回しだ。
それにしても、山の天気はころころ変わる。場所を少し変えるだけでもだ。
さっきのところは晴れていたのに、こっちは吹雪いている。
視界が最悪だ。
それでも砲撃による煙が見える。風で随分流されているが、その出所がわかれば十分だ。
「あれか。あれを叩けば地上部隊がもっと進める」
目標は対地砲台だ。
あんなのが向けられていては歩兵は進めない。
基地の攻略戦ともなると、MSの勝負だけでは決着しない。歩兵が乗り込まなければ終わらないのだ。
できれば、そうなる前に降伏してくれればいいのだが、ティターンズが降伏するとは思えない。徹底抗戦をかけてくるだろう。となると、被害も大きくなる。
MSパイロットの俺としては、そうならないよう、少しでも歩兵による銃撃戦になるまでに被害が出ないようにするしかない。
「もうちょい右……」
俺はライフルを構えた。
「よし、これで」
ビームライフルを放つ。
直撃だ。
次の砲台だ。奥に見えている。
「お、地上部隊か」
俺が手を出すより先に、地上部隊が砲台を自分たちで破壊した。
カラバの地上部隊もやるもんだ。俺も山岳訓練は受けた。でも、こんな雪山でもなければ、高山でもなかった。険しいだけの山だったからだ。
あんな装備を背負ったままこんな雪山で戦闘するなんて。
そう考えると、MSパイロットってのは快適なもんだ。
「中尉、こちらを手伝ってくれ」
アムロ大尉だ。
彼でも助けが必要なのか。
いや、手助けではない。手伝いなのだ。
時間を惜しんでいるのだろう。はやく片付けるには数で押すに限る。そうすれば、相手が勝手に退いていく。
アムロ大尉の腕なら、そこを狙い撃ちってね。
俺はすぐに大尉に合流した。
案の定、俺が加わると相手は距離をとった。
予想通りだ。少し後ろを見せたところで、アムロ大尉の正確無比な射撃を受け墜落していく。
俺は何もしていないが、役には立ったのだろう。
「中尉は、エゥーゴのMSは見ていないのか?」
「はい」
「そうか。アウドムラ――」
「なんです?」
「宇宙から降りてきたMSから連絡は?」
「まだありません」
「やはり撃墜されたか……」
大尉がスピードを上げる。
俺もその後に続いた。
そのMSの事は俺も心配だが、大尉のいうとおり落された可能性が高い。この乱戦の真っ只中に降りて来るなんて危険すぎる。何もできずに死ぬだけだ。
そんななか、俺の目に黒い大きな影が映る。
「うそだろ……あれって」
あのサイズの黒い物体。はっきりとは見えないが、あれは……
「ん? あれはサイコガンダム!」
大尉も気づいたようだ。
やっぱりだ。ニューホンコンをめちゃくちゃにした、フォウって娘が乗っていたサイコガンダムだ。けど、そのフォウって娘は死んだって聞いたのに。
他にも強化人間がいるってことか。ティターンズもえぐい事をする。
「させるか!」
大尉が動いた。
サイコガンダムをやる気だ。でも、あの機体にはビームがあまり効かなかったはず。ネモじゃどうしようもない。
それでもやるしかない。あんなのに暴れまわられたらおしまいだ。
俺はアムロ大尉の後を追った。
そのとき、味方でもない敵でもなさそうなMSが見えた。
「なんだあれ?」
「あれは、カミーユとシャア!」
アムロ大尉はおかしな名を呼ばなかったか?
カミーユはカミーユ・ビダン君。
それと、シャア?
まさか、赤い彗星シャア・アズナブル?