ダカールにて


 俺は小銃を握り締めた。
 銃撃戦になるかもしれない。
 ダカールは砂漠の中の都市だ。周囲は砂ばかりだというのに、この都市には水があった。
「急ぎましょう」
「ああ」
 周囲を警戒しながら、ある建物に近付く。
 通信施設だ。
 ここを抑えれなければ、今回の作戦は始まらない。
 最初で最も重要な仕事だ。確実に遂行しなければならない。
「人は」
「前もってある程度の警備は外してありますが、それでも数人はいるはずです」
 俺はカラバの現地工作員と共に、慎重に進んでいく。
 しかし、なぜ俺がこんなことをしているのだろうか。
 キリマンジャロ攻略後、次なる作戦が実行に移されることになった。ダカールで開かれる連邦議会をジャックし、ティターンズの所業を暴き、糾弾するのだ。
 成功すれば、ティターンズはその悪行を全世界に知られる事になる。
 ティターンズだけを悪者にしようとしているエゥーゴ、カラバ。彼らもティターンズのような組織に変わってしまうかもしれない。
 だとしても、今はこうするしかないのだ。
 俺は右手を上げた。
 掌を開き、指で指示を送る。
 そして、腕を前に降ろした。ゴーのサインだ。
 俺を含めて5人一組のチームがその通信施設の扉に近付く。
 侵入ポイントは二箇所。
 別の侵入口から別のチームが先に突入した。
 俺のチームは戦闘が役割ではない。施設占拠後に機器を操作するための人員だ。俺はその護衛。
 銃声が響く。
 中が静かになるまでそう時間はかからなかった。
 部下が扉に手をかけて、少しだけ開く。
 反応はない。
 別の男が一気に中に飛び込んだ。
「クリア」
 俺は頷き、残りの連中に目で合図を送る。
 実にスムーズな動きだ。
 自分自身こういう任務は二回目だ。特殊部隊にいたことはないので当然だ。こういう仕事はそれなりの訓練を受けた部隊がするもののはずなのだ。
 この間、この任務を伝えられたときは少々尻込みしたが、相手は兵士でもないからと言われ渋々受け入れた。でも、MSに乗るより、人を目の前にして実際に撃つのは怖い。
 一人撃てば、収まる。普通の銃撃戦は何度か経験済みだ。
 そんな俺の覚悟など関係なく、中で銃撃戦が繰り広げられる事はなかった。
 相手は素人だ。あっという間に降伏した。
 先に入ったチームが別の部屋を調べてまわっている。
「よし、さっさと始めてくれ。時間がもったいない」
 指示を与えるまでもなく、各々仕事に取り掛かり始めた。
 とりあえず成功だ。
 後は、議会にのりこむだけ。
「俺は向こうに伝えてくる。後は頼んだぞ」
 チームの連中にそういって、俺は施設を出た。
 外には別のチームと、最初に中を制圧したチームが周囲を見張っていた。
「ん? どうだ、首尾は?」
「上々。自分は議場に行きます。こっちのことは頼みますよ、中尉」
「わかった。急いでくれよ」
 ミューレル中尉に軽く敬礼した後、少し離れたところに止めてある車まで走った。
 この車で議場までむかう。随分と距離があるがしょうがない。
 通りにはほとんど車両はいなかった。
 ゆっくり、おちつたスピードで車を走らせる。むやみに飛ばす事はできないのだ。もし途中捕まったら面倒だ。
 市街地を真っ直ぐ走る。
 綺麗な街だ。とても砂漠のど真ん中とは思えない。
「あの時の街とは大違いだ。似たような車に乗ってるけど、後ろには何も積んでいないし……」
 俺は車に乗るのが嫌だ。
 乗ると、つい後部座席を覗いてしまう。
 今は何もないのだが、乗り込もうとしたとき、一瞬あのときのエア・コーンの姿が見える気がするのだ。
 どれくらい走っただろう。
「ようやく警報が鳴り始めたか……」
 ダカールの街をうるさい空襲警報が包む。
 アムロ大尉が出たのだろう。
 もう通信施設を制圧したことは伝わっているだろうか。傍受される可能性のある無線は使えないから面倒だ。
 たぶん有線の電話か何かで伝わっているだろうが。
「お、あれはディジェ! これでクワトロ大尉も無事に来れたな」
 あそこが議場なのだろう。地図ではあそこだと書いてあるが、実際に見てはいなかったので少し不安だったのだが、やっと確信がもてた。
 俺はスピードを上げた。
 本来なら連邦兵が警備をしているはずなのだが、MSが来襲した事で逃げたようだ。ダカールの連邦兵もだらしない。
 ついた。
 ここだ。
「正面からは入れないよな」
 ついたものの、さすがに警備がいる。
 クワトロ大尉のようにMSで乗り付けれれば話は簡単なのだが、俺はしょぼい車だ。そうはいかない。
「あっちから入れそうだな」
 少し歩いてみると、警備がいない扉があった。
 抜けた警備だ。
「入ろう」
 一連の俺の行動は予定にはないことだ。
 だが、クワトロ大尉やベルトーチカさんたちと合流しておかないと、作戦終了後にアウドムラから忘れられる可能性がある。
「通信施設はティターンズに攻撃されるだろう。MSだけでなく、地上部隊もいるのだから」
 そう。ここのほうが安全だ。
 ティターンズやその他連邦にとってもこの議場への攻撃は簡単にできるはずがない。
 作戦が始まる前から、俺はそう考えていた。
「死にたくないからな」
 俺は議場がある建物に入った。
 広い。
 豪華だ。
 無駄金つかってやがる。
「むこうだな。なにやらうるさい」
 議場内の声が漏れてきている。
 おそらくクワトロ大尉が乱入に成功したのだろう。
 俺は急いで走った。彼が何を話すのかはわからない。ただ、こんな歴史に刻まれるような出来事に遭遇して、生で聞く機会を逃す手はない。
「議会の方と、このテレビを観ている連邦国国民の方には、突然の無礼を許していただきたい。私は、エゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉であります」
 ようやく議場にもぐりこめた。
 壇上にはいつもと違う、あの赤い軍服姿ではないクワトロ大尉がいる。
 その正面にはテレビカメラ。
 よし。うまくいっている。
 議員も議場から出れず、銃を突きつけられれば聞くしかない。
「帰れ! 帰れ!」
 しかし、議員というのは静かに冷静に、ことのしだいを見守ることはできないのだろうか。
「話の前に、もう一つ知っておいてもらいたい事があります。私はかつて、シャア・アズナブルという名で呼ばれた事もある男だ」
 俺の視線が動く。情けない議員たちからクワトロ大尉、いや、あの赤い彗星に。
 そんな噂を聞いていたし、アムロ大尉はクワトロ大尉をシャアと呼んでいた。やっぱりそうだったのだ。だからこんな作戦が立案され、実行されたのか。
「えぇ!」
「ジオンの赤い彗星だというのか!」
 驚くのも無理はない。
 いきなり現れた男があのシャアなのだから。
「私はこの場を借りて、ジオンの遺志を継ぐ者として語りたい。もちろん、ジオン公国のシャアとしてではなく、ジオン・ダイクンの子としてである」
 そうなのだ。シャア・アズナブルはダイクンの子なのだ。
「ジオン・ダイクンの遺志は――」
「黙れ!」
「ザビ家のような欲望に根ざしたものではない!」
 外で銃声が聞こえる。MSの戦闘によるものではなく、議場の側で銃撃戦が始まったのだろうか。
 ここで、出て行くことはできない。
 俺はこの男の言葉を聴きたいのだ。
 彼の言葉はさらに続いた。

   
 

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