ある基地にて


 佐官室の前に俺は立っている。
 この部屋にいるのはドマッド・ニンジ中佐。あの飲んだくれの指揮官だ。あの時の姿は今でも記憶に焼きついている。
 しかし、今では皆から尊敬される中佐だ。
 右手でノックをする。
 扉はない。中では中佐がすわり心地の悪そうな大きな椅子に座っている。
「タケシ・スズキ、ただいま参りました」
「うむ、早かったな」
 こっちを向こうともしない。いつもそうだ。
「楽にしてくれ」
「はっ!」
 俺は初めから楽にしている。かしこまった敬礼もこの人には必要ない。ここの連中だけのときはそうするように言われているからだ。
「ウイスキーはどうかね?」
「え?」
 中佐は椅子をくるりを回した。いつものようにウイスキーのボトルを右手に持っている。
「冗談だよ」
「はあ……」
 これもいつものことだ。
 そのくせ、飲んだらその分新しいのを買いに行かされる。それも、一口飲んだだけでボトル一本だ。あげくに高級品を。自分は酒屋で一番安いのを買い込んでいるのにだ。
「君はここに来てどれくらいになる?」
「二年であります」
「戦闘は何度?」
「そこまではちょっと……」
「そうだな。いちいち数えていられんからな」
「申し訳ありません」
 中佐がウイスキーをテーブルに置いた。
 初めてだ。この人がボトルを手放した。こんな姿見た事が無い。どんな真面目な話をしていても手から離れる事は無かったのに。酔えば酔うほど采配にきれが出るとまで言われているくらい軍内でもこの人の酒好きは有名だ。
「ネオ・ジオンの動きは聞いているよな」
「はい」
 ハマーン・カーンが死んでからもジオンはまだ連邦に歯向かい続けているのだ。それがここ数ヶ月のうちに様子が変わってきた。
 これまでは小規模な戦闘がほとんどだったのに、ついに大々的に動き出したのだ。
 それがネオ・ジオンによる連邦への攻撃を示唆するような発言、並びにスィートウォーターの占拠だ。
「奴らはまだ諦めていないようだ。どう思う?」
 ずっと奴らの動きには軍も気を配り、ジオン残党狩りを続けていたのにだ。
「彼らには彼らの考えがあります。自分には理解できませんが、戦えと言われれば戦うまでです」
 そう割り切らなければやっていられない。
「たしかにそうだ。しかし、君も上層部の無能さをよく知っていよう」
「はい」
「君が新米士官として来たときもそうだったなあ」
「ええ……」
 この中佐の様子。中佐ほど上の無能さに苦しめられた人もいないだろう。
「失礼します」
「おお、ステイか。書類はできたのか?」
「ええ。この通り」
 ステイ・ハブ少佐だ。ステイ少佐は中佐の副官を勤めている。
 なんでも、一年戦争以後彼もひどい扱いを受けていたそうだ。そう、パートタイマーのように働かされていたのだ。
「ふむ。これで問題は無いな」
 何の書類だろうといった詮索をする気はない。
 ただ気になるのは書類を渡しても、少佐が出て行かないことだ。
「君はロンド・ベルを知っているかね?」
「はい。反政府の連中を取り締まるために作られた独立部隊だと聞いています」
 ロンド・ベルのことは最近特によく聞く。
 軍でもっともいい装備をまわされている部隊だ。
「そうだ。そのロンド・ベルがネオ・ジオンの動きに対抗すべく、戦力を増強する事になったのだ。そして、私の下からその人員を送るよう上から言われてね。でだ」
 少佐が俺の目を見据えた。
「君に行ってもらいたい」
 俺がロンド・ベル隊に?
 どうしてだ?
「あのアムロ・レイ大尉もいる。知り合いなのだろう?」
「はい。自分はカラバにいましたから」
 アムロ・レイ。懐かしい名前であるが、よく聞く名前でもある。
 そういえば、ロンド・ベルは元エゥーゴの人間を中心に組織されているはずだ。
「あの部隊は元々残ったエゥーゴを連邦軍に再編入、組織化させたようなもの。他にも君の知っているものがいるやもしれん」
 そう、トニー・ナイトがいる。この前言っていた。
「なんでもブライト大佐も入ったらしい」
「そうなのか。ステイのほうが先に知っているとは、いかんなあ」
「中佐には資料をお渡ししたはずですが?」
 ステイ少佐が中佐のボトルを取り、口をつけた。
 この人、さすがだな。中佐のウイスキーを堂々と飲むなんて。
 中佐は止めようともしない。
「ネオ・ジオンは何を仕掛けてくるかわからん。今のところ以前のような大規模な戦闘には発展してはいないが、いつかは戦になるだろう」
 俺もそう思う。きっとそうなる。それも遠くない、一年もかからないだろう。
「君には死んでもらいたくない。だが、ここにいるパイロットで最も多くの経験を持つのも君だ。ザビ家のジオンとも、ハマーン・カーンのネオ・ジオンとも戦ったのだ」
 唇を噛み締めた。俺は大したことはしていない。それでもこの人は俺をロンド・ベルに送るつもりだ。
 中佐は何も考えずにそんなことする人じゃない。
 この人は最も被害が少なく、最も効果を上げられるように、常に考えている人だ。
 そのドマッド・ニンジ中佐が俺を認め、信用し、選んでくれたのだ。
「彼なら大丈夫でしょう。あの悲惨な街から生きて帰ってきたのですから」
「そうだな」
 中佐がペンを取った。
 テーブルに置かれた書類何枚かにそのペンを滑らせる。
「よし、サインもしたし、これで終わりだ」
 ペンが脇に置かれる。
「タケシ・スズキ中尉」
 威厳のある低い声で俺の名が呼ばれる。
「はっ!」
 俺は自然と背筋をピンと伸ばし、中佐の次の言葉を待った。
「辞令だ。しっかりやってこい。
 それと、昇進おめでとう。これで君は大尉だ」
 ニンジ中佐が両肩を叩いてくれた。
 身体が震える。
 なぜかわからない。
 身体が震えたのだ。

   
 

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