初陣にて


 身体が震える。操縦桿を握った手の感覚が消え、そのまま固まってしまいそうだ。
 軍人になって初めての戦場、初めての任務だ。今日、俺は地球連邦のMS、ジムのシートに座った。地球に降りてきて入るはずだった後方支援部隊として任務ではない。MS隊のパイロットとしての任務である。最前線で戦うMS隊に回されてからわずか二日目のことだった。
 俺たち連邦軍の補給路を襲ってくるジオンのMSを見つけ出し、叩くことが今回の任務である。物資の輸送部隊の護衛ではない。あくまでもこちらから攻撃するのだ。この任務には俺のいる第三小隊だけでなく、第四、五小隊と共同の任務で、俺たちはMSに乗り込み駐屯地を出発した。三小隊も投入する必要があるほど事態は深刻化しているそうだ。補給がなければ、戦うどころか生きることとすら出来なくなる可能性がある。
 この補給路は俺がここに来たときに使った道とは違っていた。俺の通ってきた道は砂漠といっても岩だらけの砂漠だった。しかし、ここは一面砂。砂砂漠だった。
 ジオン軍が潜んでいると思われるポイントについてから二時間が経過しようとしていた。あと一時間もすれば輸送隊がここを通って駐屯地に物資を運ぶ予定になっている。それまでに安全の確保だけでなく、敵部隊を発見し叩かなければならない。
 他の小隊の姿は見えない。見えるのは同じ第三小隊の三機のジムだけだ。俺たちは適当な隊形を取って付近の捜索を続けていた。
 第四、五小隊はジオンの連中がいそうな別のポイントにいるはずだ。まだ連絡はないので、交戦はしていないだろう。
 俺は不安だった。士官学校でMS教練はしていたが、動かすのが精一杯で、まともな連携などとれる筈もない。だから、実践でMS戦闘をする羽目になるとは考えたくもなかった。このまま何事もなく終わって欲しいと思っていた。
 不安を掻き立てるのは自信の無さだけではない。僚機からの通信の内容がその原因でもあった。
「おいおい、あの女、そんなに良かったのか?」
「ああ、最高だったぜ」
「けっ! てめえに手篭めにされるような女がいるとはね。貞操なんて言葉とは無縁だな」
「僻んでんじゃねえぞ」
 ミハエル軍曹と、シュタイン曹長の会話だ。二人とも俺よりも下の階級だが、実戦を経験している兵士だ。俺が何か言えるような相手じゃない。俺の言葉より、彼らの言葉の方が戦場では正しいはずだ。とは言っても、任務中に女の話とはあまりにも緊張感がなさ過ぎる。何故、隊長は何も言わないのだろうか。規律は守られるべきだ。
「地球の女ってのは、誰でもそうなのか?」
「さあね。でも、この辺りの女は好い男なら誰でもいいんだろうよ」
「はあ? てめえが好い男? ふざけんなよ」
 ミハエル軍曹が昨日の夜、水と食料を売りに来た現地の女性をつかまえて、倉庫でいろいろしていたらしい。さっきからこの話で二人は盛り上がっていたが、こうでもしなければ、戦場のストレスは発散できないのかもしれない。
「お前ら、異常はないのだろうな? 奴ら、何処に隠れているかわからないのだぞ」
 隊長のウィリアム・テッド中尉だ。たたき上げの軍人で、元は海軍にいたらしく、MSに乗る前は戦闘機乗りだったのだ。全く違う兵器なのに、その操縦技術はかなりのものだそうだ。メカニックの一人がそういっていた。
「異常なし! 奴ら、本当にいるんですかね?」
「わからん。しかし、油断はするな。奴らにやられたのはかなりの数になる。情報ではいつのまにか囲まれていたそうだからな。警戒を怠るなよ」
「了解!」
「了解しました!」
 この内容の会話はMSに乗り込む前にも聞いた。でも、安全な駐屯地で聞くのと、ここで聞くのとでは印象が全然違う。
 喉が渇いてきた。俺は、水筒の水を口に含んだ。
「少尉! 聞こえていないのか!」
「聞こえております、中尉!」
 中尉の怒鳴り声で口から水がこぼれそうになった。
「びびってんのか? これだから素人は……」
「初任務なんだ。大目に見てやれよ」
 曹長と軍曹は良い人じゃない。でも、悪い人でも無さそうだ。昨日一日一緒にいてそう感じた。
 それにしても、ここはただの砂漠だ。しかも、ミノフスキー粒子の反応はない。隠れるところなどないはずだ。それなのに、囲まれるまで気づかないとはどういうことなのだろう。ミノフスキー粒子を散布すれば、レーダ類の反応が急激に鈍くなるので話はわかるが、そんなことをすれば、逆に今から攻撃しますよと教えているようなものだ。
 時間が経てば慣れてくると考えていたが、そうじゃなかった。体の震えは収まるどころか激しくなっている。呼吸も苦しいし、胃がチクチクする。さらには眼と口が痛いくらい乾いている。
「おい、軍曹! あまり離れるな」
 少しずつ場所を変えていたため、気づかないうちに軍曹が離れていた。通信が繋がっていたので誰も気づいていなかったようだ。
 そのときだった。
「え?」
 それまで全くなかった金属反応が出た。しかも、五つ。一人はなれたミハエル軍曹がすでに囲まれている。どこから出てきたのか見当もつかない。
 こちらが戦闘体勢を整えるより先に、マシンガンが連射される射撃音が聞こえきた。この音は、ジオンのMSの武器だ。士官学校で何度も聞いた。
 突然の攻撃に為すすべもない軍曹。スイッチ一つで反撃できるはずなのに、マシンガンを持った右腕はピクリとも動かなかった。数発受けたところでやれれるような軟な装甲のMSではない。しかし、あれだけ、雨あられのように撃たれれば装甲がもたない。
 俺は何も出来ずただ軍曹が的になっているのを見ていた。
「うわあぁぁぁ!」
「軍曹!」
 軍曹の叫び声に続いて、隊長の声がコックピットに鳴り響く。
 キン、ガン、ボスッ、と金属音も同時に聞こえる。ボン、バンと小さな爆発音もする。空気を通してだけではない。通信機を通して、軍曹の機体内部の音も混じる。
 俺が行動を起こす前に、軍曹のジムの左足が吹っ飛び、砂を巻き上げながら倒れた。
「軍曹! 軍曹!」
「おい!」
 返事は返ってこない。中尉と曹長の呼びかけが虚しく俺の耳に届いた。
 倒れた機体に敵MSが猛スピードで接近し、ほんのりと鈍い赤色に光った斧を振り下ろした。
「ちっくょう! なめやがって!」
 曹長が敵機に向かって射撃を開始する。それに中尉が続く。
 当たらない。
 砂の上をすべるように、MSとは思えない動きで避ける。あんなことできっこない。
 何の遮蔽物もない砂砂漠だ。止まればやられる。しかし、動こうにも砂に足を取られ思うような操作が出来ない。
「少尉! そこから援護しろ!」
「はい!」
 動きが悪すぎると自分でもわかっていた俺は中尉の指示に従い、マシンガンを構えた。
 オートで照準がつけられるはずだった。
 しかし、照準が定まらない。
 すかさず、マニュアルに変更した。MSの操縦が苦手と言っている場合じゃない。やらなきゃ、全滅だ。こんなところで死にたくない。
 正確な射撃は無理だった。でも、俺は打ち続けた。
 ジオンのMSが悪魔に見える。一つ目がギョロっと動くのが恐ろしい。シュミレーションでは感じなかった恐怖。これが戦場だ。眩暈、動悸がひどくなっていたが、すんでのところで意識を保っていた。
 状況はあきらかに不利だった。
 数で上回る敵MSは、三機が俺と中尉の機体に攻撃を集中し、一機が曹長に接近戦を仕掛けた。さらに曹長の後方に回ったもう一機がヒートホークを手に近付いていく。
「少尉、あっちの二機を――! 曹長――早く後退――ろ!」
 曹長からの返答はない。敵は姿を見せたと同時にミノフスキー粒子を一気に散布し、通常の戦闘濃度より濃くなっている。これでは、曹長へ中尉の指示は届いていないだろう。現に、曹長は命令に従わず一機で敵二機とやりあうつもりだ。
「くそっ! この距離でも繋が――のか? 少尉、俺が曹――助ける。お前は援護――」
「はい!」
 俺と中尉との距離でも音が悪い。
 曹長を救出すべく、中尉が動き出した。俺も距離をとったままそれを追っていく。
 遅い。これじゃ間に合わない。
 俺は必死に応戦した。一直線に曹長のもとへ機体を走らす中尉を狙う敵に対して、少しでもやめさせるために適当に狙いをつけた後、連射した。
 敵の一機の動きが止まる。俺の射撃が命中したのだ。だが、直撃ではない。まだ向こうも動ける。
 俺にだってやれる。
 そう思ったが、そんな浅はかな考えはすぐに打ち砕かれた。
 中尉のジムがビームサーベルを抜いて、曹長とやりあっていた二機のうちの一機のコックピットを貫いた瞬間、曹長の機体に敵MSのヒートホークが直撃したのだ。機体が切れ、火花が散る。
「曹長! そんな……」
 核融合炉までは達していない。でも、完全に機体は死んだ。燃料に引火し、機体が爆発したのだ。赤い炎と黒い煙で曹長の機体は見えなくなった。
 曹長の機体を落としたザクはそのまま中尉に襲い掛かる。
 一対一の勝負だ。
 中尉よりも、今度は俺が危ない。敵三機の攻撃が俺に集中する。バックパックにささっているビームサーベルに弾が当り小さな爆発を起こした。サーベルがなくなった。
 最悪だ。この状況で接近されれば勝ち目はない。
 気分の悪さなどどこへやら、無我夢中でマシンガンを撃った。しかし、嫌になるほど当たらない。
 敵のマシンガンの弾が装甲に命中し、コックピット内の赤い警報ランプが点灯する。
 俺は左腕のシールドをかざし、その影に隠れた。少しは時間が稼げるはずだ。他小隊がこの状況に気づいてくれなければ、俺も中尉も終わりだ。それまで耐えなければ。中尉がすぐに連絡をしていたらいいが、そうでなければ気づくのが遅れる。そうでないことを祈った。
 もう中尉の状況はわからない。自分のことで精一杯だ。
 シールドに当たる弾の音が止まない。
 レーダはもう反応していないので、相手がどこにいるかわからない。視界の狭いカメラからの映像では敵機を捉えることは無理だった。
 俺は意を決してシールドを外した。
 さっきまで敵がいた方向に銃口を向けた。向こうがシールドの影から出た俺を捕らえるより先に、こっちから撃った。
 当たらなかった。しかし、敵は二機しかいない。中尉と戦っているのだろうと勝手に決め、この二機と交戦する。
 俺の攻撃は一つも当たらず、地面の砂を跳ね上げるばかりだ。逆に敵の攻撃で右腕が吹っ飛んだ。
「そんな!」
 これで、マシンガンがなくなってしまった。ここから攻撃することはもうできない。
「くっ! 死にたくない……え?」
 意味を失ったはずのレーダに反応が出た。
 後ろだ。
 後ろに敵がいる。全く気が付かなかった。消えた一機は後ろに回っていたのだ。ミノフスキー粒子の影響を無視できる距離まで近付かれていた。
「嘘だろ?」
 俺はすぐに機体を回した。その間にも敵機はこちらに近付いてくる。
 百八十度機体を回し終えた時、マシンガンの銃口がカメラの映像いっぱいに拡がった。
 終わった。
「馬鹿野郎!」
 砂漠仕様の迷彩柄の敵MSが画面から消える。
 中尉だ。中尉がこいつに体当たりをしてくれた。助かった。
「中尉!」
 いや、違う。間に入ってくれたのだ。
 マシンガンの連射音。
「逃――」
 通信が途切れた。そして、中尉の機体が地面に崩れ、不気味な一つ目が現れた。ザクのモノアイだ。
 射撃が止んだ。残ったのは俺一人だからだろう。捕虜にされるのかもしれない。
 小隊員は死んだ。俺は生き残った。
 マシンガンはない。サーベルもない。バルカンは弾詰まり。もう武器はない。
 怖い。
「嫌だ。いやだ。死にたくない」
 身体は震えていない。それどころか、指一本動かない。鼓動が激しくなるのが分かる。息が苦しい。
 敵MSが俺の機体に触れる。接触回線が開かれた。
「投降しろ。……ん? なんだ? 援軍か!」
 投降勧告が途中で終わり、思いがけない言葉が耳に届いた。
 それと同時に、目の前のMSが火を上げた。頭部が飛び、胴体の横からコックピットだけを貫くようにサーベルが刺さった。
「第三小隊の生き残りか? こちらは第四小隊だ。もう大丈夫だ」
 助けに来てくれた。同じ任務についていた第四小隊だ。
「機体は動くのか? 動かないのなら降りて隠れていろ。奴らはすぐに片付く」
 俺は操縦桿を操作した。いつのまにか被弾した右足の調子が悪いようだが、何とか動く。
「ペイト、逃がすなよ」
「了解」
 あっという間だった。
 俺たちの不意をついた奴らが、今度は不意を突かれて一斉射撃を受けている。連携のとれたその動きで残りの二機はあっという間に蜂の巣にされ、動きを止めた。
「終わりましたよ、隊長」
「そいつは大丈夫なんですかい?」
「ああ、動けるようだ」
「あの……」
「こちらは第四小隊のバニングだ。そちらは?」
「第三小隊、タケシ・スズキ少尉であります。援軍感謝します……」
 周囲で立ち上る黒い煙。ジオンのMS五機を落としたことは素晴らしい成果だろう。しかし、第三小隊は俺を残して全滅。第四小隊の到着が遅ければ、俺も捕虜になるか、殺されるしかなかった。
 涙も流れない。震えも止まっている。生きていること自体が不思議だ。
 これが、俺の初陣だった。

 
 

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