エンディング


 私はまだ軍にいる。
「少佐、そろそろお時間です」
 内線で部下の声が私の下に届いた。
「ああ、わかった。すぐに行く。先に始めていてくれ」
 もうそんな時間か。
 ファイルを閉じた。今日、この基地に来たばかりの新米兵士たちのデータだ。
 あの光を見てから随分と時が流れた。
 やっと少佐に昇進したが、遅いものだ。
 それでも、同期の中では二番目の階級だ。そして、一番下。
 たくさん死んだのだ。
 残った者も軍を離れ、いまだ軍人なのは私を含めて三人だけ。
 あの時見たあの光はいつまでも私の目に焼きついている。
 そして、あの時感じた事も。
 私には何もできなかった。そして、何もできないと。
 あれで戦争がなくなることを願った。
 しかし、いっこうになくならない。
 いつまで経っても、やれジオンだ、やれスペースノイドだとか言っている。
 さすがに、そういう連中は減った。
 しかし、紛争、衝突はなくならない。減りもしない。
 何度も私は駆りだされた。
 そのたびに、敵を討ち、仲間が命を落す。
 もうたくさんだと何度も何度も思った。
 戦っても結局何も変わらないのだ。
 人は戦争をして変わるのものではない。むしろ、戦い、争いは人が変わることを阻害しているのだ。
 一人の人間は変われても、種としての人間が変わるには時間がかかる。
 人間が宇宙で暮らせるようになってまだ百数十年。
 まだまだ時がかかる。
 ジオンにしろ、ティターンズにしろ、エゥーゴにしろ、アクシズにしろ、ネオ・ジオンにしろ、その他多数の組織にしろ、皆、世の中を変えたかったのだ。方法はどうであれ変えたかったのだ。
 最近になってそう思う。
 一年戦争で初めて戦場に立ったとき、私は何もできなかった。
 無意味な作戦では無我夢中で逃げ帰った。
 ソロモンでは助からないところを奇跡的に助け出された。
 ティターンズとともにジャブローに降り、カラバに降った。
 ニューホンコンの街で戦闘をした。
 キリマンジャロをボロボロにした。
 コロニーレーザーを奪い取り、命からがら撤退した。
 アクシズを止めるべく闘い、あの光を見た。
 理想、思想の違いから戦う。一部の連中のそんな考えのために私は戦い、人を殺めた。
 戦闘の度に仲間が死に、私は生き残った。
 皆、私より優秀な軍人だった。できた人間だった。いい奴だった。
 それなのに、生き残ったのは私だ。
 今でも皆の顔が浮かんでくる。
 彼らは私を責めるだろうか。
 責められてもしかたがない生き方を私はしてきたのだ。
 それでも、私はそのときそのときで精一杯のことをするしかなかった。
 何のために生きるのか。何のために戦うのか。何のために軍人になったのか。何のためにMSに乗るのか。
 ずっと自問自答の日々を重ねてきた。
 昨日、また武力衝突が起こったそうだ。
 そして、今日もどこかの賊が艦を拿捕したらしい。
 軍に抑止力としての力はない。
 軍需産業は軍にへばりつき、いやらしく、がつがつと金を貪る。
 私の知る有能な軍人たちは閑職に追いやられ、やめることもできず老いていった。
 いくら優秀な政治家がでてきても、いくら改革を推し進めようとしても、どこかでつまづいてしまう。そして、消えていく。
 こんなことがつづいているのだ。
 私が死ぬまでに戦争はなくならないだろう。
 それでもいい。
 それが、戦う事が、人間の姿なのだから。人が人でなくなったとき初めて戦争はなくなるのだろう。
 しかし、それはすでに人をやめているのだ。
 いや、そんな未来の、遥か先のことなど考えなくてもいい。
 私のような凡庸な軍人は目先のことだけ考えればいいのだ。できれば、その少し先まで考えよう。
 だから、私はやれることをやる。できることをする。
 これまでずっとそうしてきたように、これから先もずっとそうしていくのだ。
 老いた兵士が前線に立つことはない。
 が、去り往くだけではだめだ。
 語り部になるつもりはないが、伝える事は伝えねばならない。
 戦争がなくならないのなら、兵士もいなくならない。
 その兵士たちに伝えるのだ。
 私が経験してきた事を。
 私の考えを押し付けるつもりは無い。ただ、私が見てきた事実を、私が感じた戦場を若い世代に伝えるのだ。
 それが時代遅れだと思われてもだ。
 今日、私は若い兵たちにこう語るだろう。
 戦場は地獄だ、と。
 こうも語るだろう。
 生きて帰ってくる、それだ十分なのだ、と。
 何を感じてくれるか私にはわからない。
 それでも、私は話し続けるだろう。
 そう、私は軍人なのだ。幾多の戦場から帰ってきた軍人なのだ。
 ……私はこれからも軍人でいよう。



 タケシ・スズキ。
 地球生まれのコロニー育ち。一年戦争の末期から地球連邦の軍人として、MSに乗り続けた。
 そして、最期まで軍人だった。

   
  

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