駐屯地にて


 あれから三日。
 第三小隊は俺一人のままだった。補充要員が到着するまで、俺はMSに乗ることもなく、駐屯地でぶらぶら過ごしていた。休みをもらったわけではなかったが、昨日一昨日、俺にあの任務のことについて話すものはおらず、ただ雑用のようなことをしていた。
 誰も俺に話を聞きに来るものはいなかった理由、それは、この第三小隊が『呪われた第三小隊』だからだ。皆、そう呼んでいるらしい。俺が来る前もよく死人が出ていた部隊なのだそうだ。それが、この前のことで決定的となり、できるだけ関わらないようにしているのだろう。だが、あのコーン二等兵だけは、しつこくあの時の話を蒸し返し、周囲の反感を買っていた。
 起床時間になると自然と目が覚めた。部屋には俺だけだ。他の四人は昨晩から夜警にあたっている。
 何かするべきことを指示されてはいないので、のろのろと身支度を整えた。
 部屋から出ると、数人が廊下を走っていった。この駐屯地では忙しそうにしている人の方が少ない。次から次へと任務が下されることはないのだ。もうすぐ始まるであろう大規模作戦の噂がちょくちょく聞こえてきてはいるものの、それに向けた準備等が行われている様子はなかった。俺が来るしばらく前までは連日戦闘が続いていたそうだが、その疲れがここ数日で出てきているらしい。
 俺は宿舎を出て、照りつける太陽の下、駐屯地を散歩することにした。食事の時間はまだだったのだ。
 まず向かったのは、ハンガーだ。あそこには俺の乗っていたMSが運び込まれ、急ピッチで修理が進んでいた。中尉の機体だけは回収されたが、残りの二機は放棄された。中尉と軍曹の遺体はすぐに彼の家族の下に送られたが、曹長に関しては何も残っていなかった。そのため、宿舎においてあった持ち物だけが送り届けられることになった。三人を送り出したときのことはよく覚えていない。
 中尉の機体と俺の機体を一つにして使えるMSにすると聞いていた。すでに外観は元に戻っている。後は細かい調整だけで戦闘が出来るようになるはずだ。
 これにまた俺が乗るかどうかは決まっていない。
 正直なところ、もう乗りたくない。初任務で乗った記念すべき機体ではあるが、思い入れはない。あの日のことが思い出されて嫌なのだ。
 俺はじっとMSを見上げていた。こうやって見ていれば強そうな機械だが、ジオンのMSに比べれば非力なものだ。ずっといわれ続けていたことはやはり真実だった。
 しばらく俺はハンガーにいた。すると、見覚えのある人が来た。俺に第三小隊への転属を告げた大尉だった。ステイ・ハブという人だと聞いている。
「スズキ少尉、もうすぐ新しい第三小隊の隊員が着く。君が小隊長になってもよかったのだが、別の者が小隊長になる。同じ少尉が上官になることは不本意だろうが、辛抱してくれ」
「了解です」
「同い年だ。協力して任務にあたるように」
 大尉は俺の肩をぽんと叩いてからその場から去っていった。
 また戦場にいかなければならなくなった。しかも、MSに乗って。
 乗りたくないと言えばすべては終わるのかもしれない。だが、俺はその言葉を口にする勇気もなかった。たった二日、実質一日しか一緒にいなかったとはいえ、第三小隊の三人に申し訳ないような気がしていたのだ。彼らの分までとか、敵を討つとかは考えなかったが、ここで逃げ出せば俺は生きる価値がなくなるように思えた。
 それから後、俺は味気ない食事をとり、新しい隊員が到着するのを待った。
 一日で最も暑い時間帯になってようやく彼らはやってきた。もろもろの補給物資と共に十数人が陽射しを耐えながら車から降りてきた。
 彼らが通って来た道は、先日俺たちが確保した補給路だ。あの任務でジオン兵を倒したから使えるようになったそうだ。
 俺たちのやったことは無駄ではなかったのだろう。しかし、三人の兵士の犠牲の上をやってきた新しい兵士たちも彼らと同じように死んでいくのかもしれないと思うと、この戦争というものがいかに無意味なものなのか、それを感じてならない。
 俺は新任の隊長に会うため宿舎を出て、隣の建物に向かった。この駐屯地に来たとき最初に訪れたあの建物だ。この駐屯地の本部になっているのだ。
 入ったところには、ハブ大尉がいた。大尉にここで待っていろと言われたので、待つことになった。新任の小隊長は今、あの偉そうなニンジ少佐に会っているのだろう。
 少佐はこの辺りの戦況が思わしくないため、いらいらしているそうだ。何かと部下に当たったり、作戦本部からの命令に怒鳴っている声が良く聞こえると、駐屯地の面々が言っていた。この駐屯地には、最新のMSがあるが、兵士が少ないのだ。いつジオンに襲われてもおかしくない状況だった。少佐の辛さもよくわかる。少佐は前任の中佐の補佐をしていたらしく、その中佐が戦死したため急遽駐屯地を任されることになっただけなのに、前任の尻拭いもさせられている。最新のMSが配備されていてもまともに活用できず、駐屯地内の兵士も、ここは軍本部に捨てられた、といっている。能無し士官の俺がここにきた理由がわかったような気がする。
「スズキ少尉、彼が新しい小隊長だ」
 大尉の声を聞き、俺は階段を見た。
 そこには納得のいかないような表情をした新品の軍服を着込んだ青年がいた。あの様子じゃ、俺の時と同じように部屋から追い出されたのだろう。
「フライ少尉、こっちへ」
 大尉がそのフライ少尉をこっちへ呼んだ。おそらく少佐の態度を訝しがっていたであろう少尉は、大尉に気づくと走って降りてきた。いかにもまじめそうな男だ。
 大尉の前にくると右手で敬礼をした。
「フライ少尉、彼が第三小隊のスズキ少尉だ。ここのことは彼に聞いてくれ。それと、他の第三小隊の者は宿舎で待機しているはずだ」
「はっ!」
「スズキ少尉、後は頼む」
「了解です」
 大尉がその場を離れるまでフライ少尉はずっと敬礼をしていた。それを見ていると、俺もしなくてはならないような気がして、つられて敬礼をした。
「ふう。ここは暑いね」
 見た目どおりの爽やかな声だ。軍服がここまで似合わない軍人を見るのは初めてだ。
「僕はランド・フライ少尉です。よろしく、スズキ少尉」
 すっと右手を差し出してきた。こんなに自然に握手を求めることは俺にはできない。
「よろしくお願いします、隊長」
 こんな男の部下になるなんて、死に底ないの俺にはお似合いだ。
「少尉殿も大変ですね。ニンジ大隊の呪われた第三小隊に配属されるとは」
「呪われた?」
「隊員がよく死ぬんですよ。戦死、病死、事故死、いろんな理由で」
「それはただの偶然だよ。『呪われた』なんて僕たちが活躍すればすぐに変わる。そう『奇跡の』なんていう感じに」
 暢気なもんだ。彼は俺と同時期に別の士官学校にいたそうで、戦地に来るのは初めてなのだ。戦場を経験すればこんなこと言えなくなるだろう。俺がそうであったように。
  
 

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