市街地戦にて


「第二小隊、援護を――!」
「あのザクをさっさ――やれ! こっちがもたない」
「ダメだ! 数が多すぎる。一体、――いるんだ!」
「早くしろ! こ――の戦車だけじゃ押し――れる!」
「下がるなよ。下がら――前へ進め!
 開きっ放しの通信回線から、引っ切り無しに誰かの怒鳴り声が入ってくる。
 だが、俺たち第三小隊はそれに答えられる状況じゃない。他の小隊も同じだろう。それだけ、敵MSの数が多い。MSだけじゃなく、人員、砲台の数も半端じゃない。
 俺たちはジオン軍が占領しているこの町の開放を目的とした作戦を展開していたのだが、敵の執拗な反撃で町の中心に近付くことができなくなっていた。
 第三小隊をはじめとするMS小隊は、その最前線で必死に応戦していた。当然、駐屯地の全MSを出撃させたわけではないので、数が少ない。いくらシュミレーションで連携能力を磨いたとはいえ、敵MS部隊が陣取る防衛ラインを突破することは現実的に考えて無理がある。
「ハット軍曹はあっちのビルを後ろを通って、あいつらの側面から攻撃するんだ。僕とタケシで援護する」
「了解! スズキ少尉、行きますよ」
「あんまり突っ込まないでくれよ! 援護しきれなくなる」
 今の第三小隊はMSが三機になっている。他小隊と動きをあわせつつここまで前進してきたが、他の地域からこの作戦のためにまわってきた機甲部隊の動きが悪く当てにならないのだ。俺たち三機だけで、前方に待ち構えるザク三機を倒さないといけない。
 隊長の策が当たれば、確実に一機、いや、二機は落とせる。それだけ、軍曹の腕は確かだった。これで確実にここを突破するためには、軍曹が位置に着く前に、俺と隊長で一機は落とさなくてはならない。そして、落とす事でさらに軍曹の不意打ちが有効になるはずだ。
 俺は操縦桿を操作し、ビルの陰に隠して被弾しないよう注意しながら攻撃していた機体を、その陰から出した。
 敵の攻撃が集中する。
 シールドを使って確実に弾を防ぎながら向かいのビルの影に寄っていく。
 それにつられたのか、敵一機が俺の機体の方へ向いた。その隙に隊長のライフルが火を吹き、敵MSの胴体に直撃した。
 敵機を倒したのは喜ばしいことだが、一瞬ドキッとした。胴部に当たると、運悪く核融合炉まで爆発する恐れがあったからだ。いくらMSに乗っているとはいえ、この距離で核爆発を起こされてはたまったものじゃない。良ければ大破で助かるが、悪ければ誘爆し俺の身体ごと蒸発してしまう。
 今回は大丈夫だったが、この作戦中に一回核爆発が起こったのを目撃したため余計に意識してしまっていた。
 僚機がやられたのを見て、敵の攻撃がさっきより激しくなる。
 もう大丈夫だ。後は軍曹が始末してくれる。
 俺は機体をビルの陰に入れ、軍曹を待った。
 そして、数秒後、小さな爆発音が連続し、その後、静かになった。
「敵機の撃墜を確認。隊長、どうします?」
 軍曹だ。
 敵機の懐に飛び込むような危険な真似をした後にもかかわらず、何も変わったところはない。大した人だ。俺や隊長とは比べ物にならないほど優秀なパイロットなのだ。それだけ経験してきたものが多いということだ
「よし、僕たちだけで進むのは危険だ。九時の方向に友軍機がいる。彼らは少々手間取っているようだから、そこの援護に回る」
「了解」
「でも、後ろの連中はどうするんです? 置いていくわけにも……」
「大丈夫、この辺りを確保しておいてもらって、後々に備えておくようすでに要請してある」
 隊長のフライ少尉はなかなか的確な指示をしてくれる。パイロットとしては俺と変わらない力量でも新米士官としては優秀だ。現に、隊長の指示がなければ、ここまで進行することはできなかっただろう。
 俺たちはやっと追いついた機甲部隊が配置に着くのを見届けた後、九時の方向、今回の作戦で最も激しい戦闘を繰り広げているらしい中央の部隊の援護に向かった。
「第三小隊早――くれ! このままじゃ、全滅し――!」
 連邦軍が攻めているはずなのに、連邦軍の部隊が全滅してしまっては意味がない。俺たちは急いで中央で奮戦する第一、二小隊を援けるべく急いだ。
 中央にはMS小隊が第一、第二だけでなく、この作戦のために来た部隊もいるはずなのに全滅しそうとは信じられない。
 大きな通りを二つ挟んだところでようやく友軍機が見えた。第一小隊のマークがペイントされている。
「やっと来てくれた! 第一小隊は俺しか残っていない。第二小隊もかなり追い詰められている。後詰の部隊はすでに全滅だ」
 ソーソー少尉の声だ。宿舎では同室で寝泊りしていたのでよく知っている。
 それより、彼の言った内容だ。後詰の歩兵、機甲、MS部隊が全滅、第一、第二小隊も壊滅的とは信じ難い。
 脳裏にあの日の出来事が思い浮かぶ。あの初任務での悪夢が。あの時、あの第四小隊が来てくれなければ俺は終わっていた。
 嫌なことを思い出す暇などない。今度は、俺たち、いや俺が助ける側に回るのだ。
「第二小隊は?」
「あっちのビルの陰です。あの高いビル」
「あれか……敵の数は?」
「わからない。少なくとも十機ほどはいるはずだ。まともにやって勝てるはずがないんだ」
 いらだった声を上げるソーソー少尉の気持ちはよくわかる。
 俺と軍曹は周囲を警戒しつつ、二人の話を聞いていた。
 そこに、司令部からの通信が入ってきた。
「何をやっている! さっさと進め。退くことは許されん。これ以上、止まっていれば敵前逃亡とみなすぞ!」
 無茶苦茶だ。もっと柔軟な対応はとれないのか。ごり押しで勝てても、その犠牲は膨大なものになる。今回の作戦がこうもうまく進まないのは奴らのせいだ。昨日、ニンジ少佐が自棄酒を飲んでいたのはこういうことだったのかもしれない。
 こんな状況でも隊長は冷静だった。
「勝てない相手に無理をする必要はない。第二小隊と合流、救出後、すみやかに後退する。後で上に何か言われても、全滅するよりはましだ」
 あの軍規をかたくなに守っていそうな隊長が先の命令に背く指示を出した。司令部の連中の命令など聞く気も失せていた。
 初めて会ったときは気に食わない奴だと思ったが、その思いは百八十度変わっていた。気に食わないなんて滅相もない。俺はランド・フライ少尉を尊敬し始めていた。
「ソーソー少尉の機体はまだ戦えるのか?」
「大丈夫だ。まだいける」
「よし、急ぐぞ」
「了解!」
 ソーソー少尉を先頭に俺たちは第二小隊がいるはずのポイントを目指した。
 途中、何度も遠距離射撃を受けたが、誰一人被弾しなかった。敵から狙えないような場所を選んで進んだ結果だ。これも隊長の指示した道だった。
「もうすぐだ。三人とも、絶対やられるなよ。こんな負け戦、無謀な作戦で死んだら無駄死にだ」
「当然です」
「前の第三小隊の面々に会いに行くつもりはない」
「よし」
 俺たちの士気は最高潮だった。それに死ぬ気なんて毛頭なかったし、俺達なら死なない。
 一分後、大きなビルが見える場所までたどり着いた。
 激しい戦闘の跡が残っているが、友軍機の姿はなかった。
「まさか……遅かったのか?」
 ソーソー少尉の声が裏返った。
 俺はゴクッと唾を飲み込んだ。口がカラカラになったあのときのように、自分から勝手に緊張したのなではない。
 機体の外の空気が違う。
 ゴロゴロ。
 近くで瓦礫が崩れる音がした。
 皆一斉にそちらを見た。
「そこの友軍機! 第二小隊か?」
 隊長がその友軍機に呼びかける。
「くるな! さっさと逃げろ!」
 予想もしていなかった言葉が返ってきた。
 俺が何か言い返そうとした瞬間、その友軍機の頭部が撃ち抜かれた。
「敵か!」
 応戦しようとすみやかに敵を探す。しかし、いない。
「何処から撃ってきやがったんだ?」
「落ち着け、タケシ」
 射撃は一度だけだった。
 遠距離からの狙撃の可能性もある。そうであったならば、すぐに位置を変え、次の攻撃に備えるのが定石だ。身を隠しつつ正確な一撃で相手を仕留めることができる機体を用意していたのかもしれない。
 本当にMSでそのようなことが可能なのだろうか。見通しの良い場所であればMSでも遠距離からの射撃は容易だが、ここのようにビルに囲まれていては、MSのように巨大な機械が自由に動ける場所は限られている。
「やられたのは頭部だけか?」
「俺のことはもういい! さっさと逃げろ。そうじゃなきゃ、お前らも撃ち殺されるぞ。たった二機に俺たちは全滅させられたんだ。だから――」
 俺と軍曹が索敵を行いながら、ビルの陰に隠れようとしているときだった。
 隊長がその第二小隊の生き残りと話している最中に、その生き残りの胴部のコックピットに穴が開いた。またも死角からの遠距離射撃だ。
 生き残りからの通信が途絶えた。あれだけ見事にコックピットだけをやられたのだ。即死だろう。折角助けにきたのに、助ける相手はもういない。しかも、今度は俺たち第三小隊が狙われる。
「うわぁぁ! もう嫌だ!」
 ソーソー少尉が飛び出した。俺もさっさと逃げ出したい気持ちでいたが、この状況で飛び出すなんて無謀すぎる。むしろ、死ににいくようなものだ。
 俺や、軍曹、隊長が止める前に、少尉の機体が攻撃にさらされた。
 両足の関節部、および頭部が真っ先に狙われ、少尉のMSが倒れる。動けなくなったところでコックピットだけを正確にに攻撃する。
 あまりにも見事な射撃だ。たった四回の発砲音しかしていない。それ以上になんてえげつない攻撃の仕方だ。一発で殺される方がまだましだ。
 こちらは全く相手の居場所を掴んでいないのに、向こうは俺たちの場所を把握しているのだ。不利なんて言葉で片付けている場合じゃない。
 敵は二機だと言っていた。二人の狙撃手に狙われている状態でむやみに動けば餌食になるだけだが、待っていても、向こうが位置を変えて狙えるようになれば即狙い撃ちにされる。少尉を狙った射撃から場所を特定したとしても、こちらから打って出ることもできない。打つ手がない。
「隊長、どうします? このまま待っていても、勝てません」
 軍曹も同意見のようだ。
「相手がMSならそれほど速く移動することはできない。さっきの射撃から考えるに、向こうの頑丈そうなビルの中か、上にいるはずだ」
「でも、近付こうにもあのビルの周りは視界が開けている。出れば狙い撃ちだ」
「退くぞ」
 隊長のこの一言に俺は無言で従った。軍曹も黙って隊長についていく。
 ここから本隊がいるポイントまで真っ直ぐ行くにはあのビルの前を通る必要があった。危険を避けるため遠回りになるが、別の道を進む。あまり遠回りしすぎると、別の敵に見つかるかもしれない。難しい経路選択だったが、俺は隊長を信じた。
 ひとまずビルから離れる方に進み、それからビルの谷間を慎重に抜けていく。その間、敵機と遭遇しなかった。それでも、これまで以上に恐怖が膨れ上がっていた。
 役立たずのレーダを見てはいても、自分の眼のほうが信用できる。カメラの映像に眼をこらす。動くものを探すのではない。少しでも敵の気配がすれば近付くわけにはいかないのだ。ビルの瓦礫が崩れ落ちるのに驚いたり、遠くで起きた爆発に身体を震わせたりと、身も心も張り詰めていく。あの砂漠での任務のときのように緊張から動けなくなるなんてことはあってはならない。必死だった。
 あのビルが別の建物で見えなくなる道を通って、ようやく狙撃手がいたビルの迂回に成功した。だが、これで安全ということはない。相手も動いているはずだ。いつ攻撃を受けるかわからない。俺たちは本隊に合流すべく、スピードを上げた。
 そして、少し広い通りに出たとき、弾ける様な音と同時に隊長の機体のすぐ前方から砂埃がかすかに舞い上がる。
「見つかった!」
 隊長の叫び声が俺のコックピットに響く。
 俺と隊長より速く、ハット軍曹が攻撃を仕掛けてきた方向に向かってマシンガンを構えたが、撃たなかった。俺も遅れて同じ方向を見たが、何もいない。
「どこだ?」
「それより、早く本隊と合流するぞ!」
 これまで敵に発見されないよう慎重に進んできたが、もう見つかってしまった。建物の瓦礫や乗り捨てられた自動車が多く、足場は悪いが、思い切って最大速度で動いた。
 機体の揺れが激しくなる。
 敵の狙撃は無かった。
 逃げ切れる。
 そう思ったのは俺だけだっただろう。隊長と軍曹はそのとき動きを止めていたのだ。
「何を――」
 あまりにもいきなりだった。俺は何が起こったのかこれっぽっちもわからなかった。
 ただ、隊長の機体の腰部が右から左に水平のラインが一本できたのが見えただけだった。
 隊長は何も言わなかった。何の言葉も発することも無く、ランド・フライ少尉の機体は閃光を放った。そして、俺の機体を通じて、その爆音が俺の鼓膜を振動させた。
「隊長ーー!!」
 軍曹が吠えるような叫び声をあげながら、敵機に突進していく。
 俺は隊長の機体の煙の間からようやく敵機の姿を確認することができていた。この機体はこれまで見たことのあるジオンのMSではない。ザクに似ているようで違う機体だ。
 相手は一機しか見えない。もう一機いるはずだがそんなことどうでもいい。今は隊長を殺したこいつを倒すことで頭がいっぱいになった。
 見たことのないこの敵機は俺と軍曹のちょうど間にいる。軍曹が敵機に向かって接近戦を仕掛けようとしていたが、俺はこの背後の位置から敵機に照準を合わせた。
「よし!」
 俺がマシンガンのスイッチを押し込むより先に、轟音と共に映像が消えた。メインカメラがもう一機に狙撃されたのだ。
 すぐにサブカメラに切り替わったが、その荒くて視界の狭い映像が眼に映ると俺は息を呑んだ。
 ハット軍曹とあの見知らぬMSが交錯し、両者の胴部が爆発を起こしていたのだ。
 それでも軍曹のことは後回しだ。まずは自分の身を守らなければならない。俺はすぐに狙撃手を探した。
 機体を右に九十度回したとき、敵機が見えた。
「あれか!」
 俺は攻撃態勢に入った。
 だが、遅かった。
 こちらがマシンガンを構える前に、コックピットのハッチがひしゃげ、映像が消えた。強い衝撃で機体が後ろに倒れようとしたのか、シートに固定されていた俺の身体が後ろに引っ張られる。
 そして、壊れたハッチが目の前に迫ってきたところで俺は意識を失った。


   
 

次へ  戻る

トップへ

inserted by FC2 system