ソロモンにて


  ボールの中に俺はいる。
 戦闘機のコックピットよりは広い。しかし、その中途半端な広さが逆に孤独だと感じさせる。
「おい、玉っころはついてこれているか?」
 俺たちのボールが支援するジム隊の隊長、ヘーゼル大尉だ。
 玉っころとは変わった呼び方をする。
「あいつら、しっかりついてきてるみたいですよ」
「よし。そろそろ戦闘になる。訓練どおりやるんだぞ」
「了解」
「任しといてください」
 先行するジム部隊。その後ろを俺たちはボールで進んでいく。
 ジムは全部で5機。ボールは8機だ。
 ボール隊は2つに分けられていて、俺はそのうちの一部隊の隊長を任されたのだ。
 そして、俺のボール隊は何故かピンポン小隊と名づけられた。そのため、俺はピンポン1と呼ばれることになっている。ちなみに、もう一つのボール隊はテニス小隊である。
 すでに戦闘は始まっている。
 爆発による閃光。突然飛来する破片。戦闘の激しさをそれらが教えてくれている。
「きたぞ。散開しろ! 一匹一匹確実に仕留めるぞ」
 大尉の一言でジムがさっと散らばる。こちらから敵機は確認できないが、あの動きから見て、進行方向正面からだろう。
 俺はいつでも攻撃できるように砲撃準備を整えた。
 十数秒後、ジム隊が攻撃を開始した。
 マシンガンの銃口がピカピカと光っている。
「援護射撃はどうした。さっさと奴らの足を止めるんだよ!」
「わかってますよ!」
 ヘーゼル大尉の怒鳴り声に、テニス1が応えた。
 それを聞いて、俺はずぐに隊員に指示する。
「よし、各員連射だ。相手を孤立させるぞ!」
「よっしゃあ、ボールでもやれるってところ見せてやるぜ!」
「ピンポン2、了解」
「ピンポン4、了解です」
 各員が視界に捉えている敵に向かって砲撃を開始する。
 ボールでは精度が低く、ただでさえ当たらない攻撃がもっと当たらない。それでも、撃てば相手は避けなければならない。
 俺たちピンポン小隊とテニス小隊が援護射撃を始めると、あっという間に状況がこちらに傾いた。
 俺が三射したところで、まず一機。
 さらに二射し終わると、押され始めた敵が後退を始めた。
 それを後方から狙い撃つ。誰のジムかはわからなかったが、こちらの攻撃でもう一機が大破した。残りの三機も少なからず被弾しているだろう。
「大尉たち、結構やるもんだな。あれなら、俺たちも余裕を持って支援できるってもんだ」
 ピンポン3のグラー曹長だ。
「無駄口を叩いている暇があったら索敵でもしてろ」
「へいへい」
 そうは言ったものの、彼の言うことには同意見だった。ヘーゼル大尉がどのような人なのかほとんど聞いていないが、先程の戦闘を見る限り、大尉率いるジム隊はよく訓練されているようだ。
「隊長、意外と敵が少ないですね」
「油断は禁物だ。突然現れるっていうこともある」
 メロウ軍曹の言葉が何故か引っかかる。敵を退けたとはいえ、付近に敵が全くいない。
 宇宙空間という遮蔽物がないに等しいこの場所で敵がどこかに隠れているとは考えにくい。しかし、何かしらの光を当てなければ、何も見えないのも事実だ。
 レーダが効かない距離は目で探すしかない。
 周囲を警戒しつつ、進行していく。
「敵機3、いや、4です」
 メロウ軍曹の声にすぐに反応する。
 弱く、速い動きだが、友軍機でない反応が四つ確認できた。
「こちらでも確認した。先手を打つぞ」
「はい!」
 こちらには気づいていない。俺はそう判断した。
 一発撃てばそれで相手にも気づかれる。確実に一撃で命中させなくてはもったいない。
「ち、動き出した。照準が追いつかない」
 もう遅かった。敵は前方のジム隊に気づき、そちらに攻撃を仕掛けに動いた。
 これでは当てれない。
 それでも俺は神経を集中させて狙いをつけた。
 すでに交戦状態となり、他のボールは適当な狙いのまま砲撃を始めていた。
「よし、もらった」
 発砲のボタンを襲うとした瞬間、敵機が消えた。
「な!」
 違う。ジムだ。ジムが射線上に出てきたのだ。
「何してるんだよ、あいつは。味方の砲撃で落ちたいのか?」
 このときは、ぎりぎりのところで指の動きを制すことができた。しかし、次は無理だろう。俺はそんなに反応がよくないのだ。
 交戦時間はきわめて短かった。ジム隊の攻撃をうけると、あっという間に退いていったのだ。
 奇妙だ。
 あまりに退くのが速すぎる。このソロモンでの戦いは、戦争の勝敗を決定付けるはずではないのか。
 俺は疑問を抱きつつも、敵の防衛ラインを抜けるのならよしとした。
「敵の後方より、さらに三機近付いてきていますよ」
 メロウ軍曹の声だ。
 俺の方では全く確認できない。彼は目が良いのかもしれない。
 敵の反抗があまりに弱々しいので、俺は心に余裕が出てきていた。
「大尉たちは気づいていないのか? 早く伝えろ」
「ダメです。繋がりません」
「この距離でか? 仕方がない。近付くぞ」
 あせりはなかった。今度もすぐに終わると思った。
 だから、俺は少し速度を上げただけでそれほど急ぐつもりはなかった。
「あれ? 消えた」
 メロウ軍曹がそんな事を言ったので、反射的にチッと舌打ちをしていた。
 そして、上げていた速度を落とそうとした瞬間、凄まじいノイズが走った。同時にボールが爆ぜ、その屑が俺のボールにぶつかった。
「くそっ! 一体何が――」
 俺が状況を把握する前に、さらに強烈な光が飛び込んできた。
「どこだ! どこにいる!」
 ボールの向きを変える。爆発のあった方向には、ピンポン2、4がいたはずだ。
「隊長! 上で――」
 それ以上の言葉は送られてこなかった。
 身体が震える。何が起こったのかわからないのに。
 何か行動を起こさなければならない。このままでは、俺も終わる。
 死ぬのが怖い。嫌ではないが、怖い。加えて、何もわからないまま死ぬのはごめんだ。
「ピンポン! ピンポン2! ピンポン3!」
 いくら呼んでも誰の応答もない。
 信じられない。こんな短時間でボール三機が落とされるなんて。
「大尉! 援護を!」
 ジム隊の誰かが大尉を呼んでいる。
 俺のボールが回避運動をとる。それは自分の意思ではなく、いつのまにかそういう行動を取っていたのだ。
 敵がいるのはわかっている。だが、動きが速くてその姿を目で捉えることは全くできない。
 自分のことで精一杯だ。俺の部下と同じように次々と落とさされていくテニス小隊のボール。それらを見ても、俺は助けにもいけなかった。
「大尉! 後退しましょう!」
 テニス1のコーシー少尉の最期の声で、俺は少し冷静になれた。
 そんな俺の目に映ったのは、ジムの後ろに接近していた敵のMSだった。
 ジムは全く気づいていない。回避運動をとろうともしないジムはその敵MSによって宇宙の塵となった。
 ジムの爆発光ではっきりと浮かび上がった敵機。
 俺ははっきりと見た。丸みを帯びた黒い機体に、一際目立つ真っ赤なモノアイ。
 そのモノアイが、まるで何も出来ない俺をあざ笑うかのように、こちらを見た。俺はそう思った。
 全身から汗が噴出してくる。目がかすむ。胸が痛い。異様なほど赤い目が焼きついてはなれない。恐怖に促されるまま俺はカチカチと発射ボタンを押し続けた。しかし、弾はでない。弾詰まりの警告灯が点いているのに気づいても俺は押し続けた。
「急げ。退くぞ!」
 大尉の怒鳴り声が耳を劈くが、言われなくてもわかっている。
 いつのまにか残ったのはジムとボールが二機ずつ。
 敵に怯えながら全速で艦のほうへ退く。
 だが、敵の攻撃が止んだ。
 一息つける。そう思いたかった。
「本艦に敵機が接近。速やかに掩護を!」
 馬鹿な。俺たちの後方にいる母艦に敵が迫っているなんて。
 それ以降、次々と三隻のブリッジからの通信が入ってくる。あきらかに混乱している。
 これでは状況が把握できない。
 とにかく真っ直ぐ戻る。
 しかし遅かった。
 俺が見たのは大爆発。俺たちピンポン小隊の母艦が爆発し、沈んでいく光景だった。
「そんな……」
 その爆発が収まるより早く、もう一つ巨大な火の玉があがった。
 二隻の艦が轟沈した。
「……あ、悪夢だ」
 大尉がつぶやいた。一度だけの言葉が、何度も何度も頭の中で木霊する。
 二つの火球がゆっくりと小さくなっていく。わずかな時間がひどく長く感じられる。
 彼の言う通りだ。
 悪夢そのものだ。
「死にたくない!」
 生き残っているジム隊のリーマン中尉が狂ったように喚いても、それに答える相手はもういなかった。
 大尉のジムは沈みゆく二隻の艦を見て硬直したように動かなくなり、そこを狙い撃たれた。彼も、彼の機体も宇宙の闇の中に飲まれていってしまったのだ。
 もうダメだ。相手が強すぎる。勝てない。
 俺は残った一隻の、さらに後方に逃げた。俺に攻撃する手段はない。逃げるしかできることがない。
 敵が最後の艦に釘付けになっている今が逃げるチャンスだ。俺を追ってくる奴はいない。
「ピンポン1! 戻れ。敵機を――」
 無視だ。
「貴様、どういうつもりだ!」
 うるさい。
「ええい、他の連中はどうした!」
 しつこい通信が続く。
 いい加減うっとうしい。奴らに構っている余裕もなければ、俺には戦う術もない。
 通信機を切ろう。そう思った。
 しかし、切る前にその必要はなくなった。
 その艦もここまでなのだ。
「うわぁぁ!」 「たすけてくれ!」 「に、逃げ――」
 ブリッジにいる何人もの叫びが聞こえたかと思うと、強烈な閃光と大量の破片を撒き散らしながら宇宙の藻屑となって消えた。
「終わった……」
 目の前が真っ黒になっていく。
 消えゆく意識の中、身体に強い衝撃を受けた。先程の爆発で飛んできた艦の残骸にでもあたったのだろう。
 ボールのコントロールは完全に失われ、どこかへ流れていく。
 最後に見たのは一筋の白い光だった。
   
 

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