医務室にて


 眩しい。真っ白だ。
 折角開いた目蓋が反射的に閉じられる。
 そして、もう一度ゆっくりと開く。
 ボールの中ではない。窮屈なシートにへばりついてはいなかった。身体が真っ直ぐなのだ。
 俺は頭を左右に振った。
 何処にいるかがわかった。
 医務室だ。それも、巡洋艦クラスの艦の。
 俺は助かったか。
 少し首が痛いくらいで、大した怪我はしていないようだ。
 ぐっと身体を起こしてみる。とはいっても、重力を感じないため起きた感覚はない。
 部屋にいたのは俺だけではなかった。隣のベッドには見たことのある顔がある。
 あれはマイスナー少尉だ。ジム隊のパイロットだ。ジム隊は全滅していない。
 彼を見て俺は少し気が緩んだ。淡い期待を抱きながら、さらにその向こうのベッドを見た。しかし、誰もいない。他のベッドには寝ている人はいなかった。
 反対のベッドを見てみる。そのベッドにも横たわっている人はなかった。ベッドを整えている人が一人いるだけだ。
 俺がその人に声をかけようとしたとき、医務室のドアが開く音がした。
 こういうとき、人はそちらを見てしまうものだ。俺も思わずドアを見た。
 知っている。俺は医務室に入ってきた男を知っている。
 ロブだ。あのランディ・ロバートだ。
「おお! やっと気がついたか」
 ロブが俺の方を見て、笑顔で近付いてきた。
 懐かしい顔だ。
「ロブ……」
 一蹴りで枕元まで来ると、ロブは俺の頭を勢いよく叩いた。
 いい音がした。音のわりに全く痛みはない。
「少尉! けが人になんてことを!」
 ベッドを整えていた人が大声を上げた。
「いいじゃないか。怪我らしい怪我なんか一つのないことだし」
「そういう問題じゃ……」
 ロブが彼の言葉を手で遮った。
 それ以上彼は何も言わなかった。だが、その顔は明らかに納得していない。
 俺ははっとした。出撃前に見たメロウ軍曹を思い出したのだ。
「なあ、俺とあっちのマイスナー少尉以外に生存者はいないのか?」
 ロブの顔が急に真顔になった。
「もう一人助けたんだが、彼はもう亡くなった。他はわからない。他の部隊に助けられたかもしれないが、その可能性はほぼゼロだろう。かなりひどくやられていたからな。三隻の艦にいたっては、それこそ見るも無残だった」
「その死んだのは?」
「よくわからないがジム隊の隊長のなんとか大尉という人だ」
「ヘーゼル大尉か」
「その人、ずっとうなされ続けてな。そのまま逝っちまったんだ。二時間ほど前かな」
 ロブが整えられたベッドを見た。あのベッドでヘーゼル大尉は最期を迎えたのだろう。
 それでも大尉は運がいい。他の隊員は遺体すら回収されていないのだろうから。
「お前は運が良かったな。あんなボロボロになったボールの中で生きているとは思わなかったよ」
 その通りだ。
 今回も運良く生き残れた。
 これまでもそうだった。
 皆死んでいった。俺は助かった。あいつらは運がなくて、俺にはあった。本当にそれだけなのだろうか。
 俺は右手で眼を覆った。
 涙が、声が、かれるまで泣き叫びたい気分だ。
 抑えるつもりはないのに、そうすることすらできない。
「どうした?」
 ロブの声は以前と変わらず、明るい。あの生き地獄のような戦場に彼も立ったはずなのに。
「そうそう、後で話が来ると思うけど……」
 俺はロブを見た。
 ひどい顔をしていたのだろう。彼は言葉に詰まったようだ。
「そんな顔するな」
「ああ……」
「もうすぐ戦争も終わりだ」
「そうだよな」
 戦争が終わる。何の戦績もあげれないまま、俺の戦争は終わる。

   
 

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