ヘイ、ブラザー元気か?
 今、俺は緊張している。
 え? なんでかって?
 実は真由美さんに呼び出されているんだよ。
 普通なら告白かなとも思うのだが、昨日の記憶が軒並み飛んでいる俺としてはそうも行ってられないのが現状だ。
 この屋敷はやたらと広く、指定の場所になかなかたどりつけていない。
 ん? あの姿は!
 前方に目的の人物を見つけ、俺は全速力で走り出した。


外伝 真由美と健介の恋の行方


「す、すいません。おくれ、ました」
「私も今来たところです」 遅れてきたことを息も絶え絶えに謝れば、すんなりと真由美さんは許してくれる。
 相手は緊張しているようだが、怒っている様子は無いぞ。
「で、話って…」
 さりげなさを装っているが胸は期待でいっぱいだ。
 こっちもカチコチだが、彼女もそうらしい。緊張した面持ちで口を開く。
「いえ、その、昨日はありがとうございました」
「え、ああ、昨日ね。
 こちらこそ」
 はっはっは。ごめんなさい 昨日のことなど覚えていません。
 ここは笑ってそういうしかないだろう。
 日本人は都合が悪くても良くても笑う民族だからな。
「でも、健介さんってすごいですね」
 そんなくだらない事を思っていると真由美さんは言葉を切り出す。
 心当たりがさっぱりない俺は
「え、何が?」
と素直に聞き返した。
「だって、何とかっていう幻の拳法の使い手なんでしょ?」
 まさかセクシーコマンドーのことを言っているんですかお嬢さん。
 まずい。彼女の年ならあの漫画を知っている可能性が高い。
 ここで、その幻の拳法の名前ってなんですかなんて聞かれ、セクシーコマンドー何ぞと答えた日には変体扱いされるのは必須だろう。
「それ、誰から聞きました?」
「えっと、ネギ君からですけど」
 とりあえず、情報の出所を確かめるためにそう聞けば、帰ってくるのはそんな答え。
 あのガキ、よくも余計なことを。せっかくのチャンスを潰す気か!
「それ、実は嘘なんです」
 しかし、俺に今できることは誤解を解くことしかない。
 他に名案が思いつかず、俺は情けない声で、彼女に告げた。
「嘘?」
「…ええ」
 そうです。嘘です。あんな変体拳法の使い手なんかじゃ断じてありません。
「どうしてそんなことに」
「…自分を守るためでしょうか」
 あの幼女から。幼女から身を守るために嘘をついたなんてことは情けないので、もちろんそのことは伏せておく。
 っていうか言葉にすると本当に情けないな。
「でも、どうしてそのことを私に?」
 どうして私に?
 そんなことは決まってるじゃないですか。
「あなたには本当の自分を知っていてもらいたかったから」
 ええ、私は一般人です。再度言うようですが断じてあんな変体拳法の使い手ではありません。
 だからどうか偏見で俺を見ないでください。
 すると、その切実な態度が身を講じたのだろう。
 俺は彼女から自作したというお守りを受け取り、なおかつ彼女の連絡先なんてモノを手に入れることとなる。



 私は人を待っている。
 その人とはつい昨日あったばかりの健介という三歳年下の青年だ。
 待ち合わせ場所は屋敷の隅にある桜のした。
 時間は少し過ぎている。迷っているのだろうか。
 そんなことを思っていると、聞こえてくるのは走っている足音。
 振り向けば彼がそこにいた。
「す、すいません。おくれ、ました」
「私も今来たところです」
 嘘。本当は待ち合わせの三十分も前からここにいた。
 けれど、そんなことを息も絶え絶えに急いで来てくれたこの人に言えはしない。
「で、話って…」
 彼は息を落ち着かせると、そう私に問いかけてきた。
 きた。心臓の音が激しくなる。
「いえ、その、昨日はありがとうございました」
「え、ああ、昨日ね。
 こちらこそ」
 彼は照れたように頭をかく。
 その姿はかわいらしい。
「でも、健介さんってすごいですね」
「え、何が?」
「だって、何とかっていう幻の拳法の使い手なんでしょ?」
 そう言った瞬間の彼の表情は複雑だった。
 何か悪いことを言ってしまったのだろうか。
「それ、誰から聞きました?」
「えっと、ネギ君からですけど」
 事件が終わった後に、彼が私達のために闘ってくれたということを知った私は、彼の事が知りたくなって、手当たり次第に聞いたのだ。
 その経歴はひどく目を見張るものがあった。しかし
「それ、実は嘘なんです」
 彼はひどく小さく、泣きそうな声で答える。
「嘘?」
「…ええ」
 初めはその言葉こそが嘘だと思ったのだが、彼の目を見れば、それは本当らしいと気付く。
 だったら、
「どうして、そんなことに?」
「…自分を守るためでしょうか」
 そう答える彼の言葉はひどく弱弱しかった。
 そういえばと私は思い出す。彼があの闇の福音と対峙しているときにそう言っていたというネギ君の言葉を。
 同時に私は彼の事をひどくかわいそうに思えた。
 彼はきっといつもこんな綱渡りみたいな生き方をずっとしてきたのだろう。
 闇の福音のような大物がパッとでの高校生の言葉になんてだまされるだろうか?
 答えは否だ。彼はずっと裏の世界で、嘘を重ねながら生き残って来たに違いない。
 それは人には侮蔑されるような生き方。誇りなんてものから酷くかけ離れてきた生き方だ。
 しかし、それは酷く息苦しい生き方だったに違いない。けれど彼は生き残るためにその生き方をするしかなかったのだ。
 嘘をつくたびに彼の心はきっと傷ついてきたのだろう。
 そのことを思うと胸が締め付けられるような気持ちだった。
 もういいのよ。自分のことを誇っても。
 他の誰があなたを貶しても、私はあなたを褒めるから。
 だってあなたは私達のために闘ってくれたもの。
 本当は弱いのに、それでも彼は私達のために闘ってくれた。
 それがひどくわたしにはうれしかった。
「でも、どうしてそのことを私に?」
 人の口には戸は立てられない。私の口から人に知られるかもしれないのに。
 それは彼にとって自分の命を捨てるようなものだ。
 しかし彼は「あなたには本当の自分を知っていてもらいたかったから」と静かに答えた。
 ああ、なんて彼は誠実な人なのだろう。
 これは哀れみかもしれない。それでも私は……
 彼と共に生きたいと思った。

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