それはひどく懐かしい夢だった。
 日本ではない場所、人々が行きかう公園の中で一人の子供が泣いている。
 周りの大人たちは心配そうに子供を覗き込むのだが、皆が皆、すぐに困り果てた顔へと変わっていく。
 それは、そうだろう。
 なにせ、どんなに話しかけたとしても、子供から返って来るのは彼らの母国語とは違う拙い日本語なのだから。


健介君は一般生徒です。外伝二
麻帆良の勘違いする人々 その1



「君、どうしたの」というその日本語の一言は、闇の中に一筋の光がさしたかのように俺の心を救ってくれた。
 その時の俺はひどく心細かったのを覚えている。
 周りを見渡せば知らない大人。
 話しかけてくる言葉はどれも知らないものばかり。
 不安で押しつぶされそうな心は、もうぺしゃんこになる寸前だったのだ。
 訳の分からない言葉の嵐の中に混じったその言葉はひどく俺の耳に響いていた。
 言葉のするほうを見上げれば、そこにいるのは少し怖い顔をしたおじさん。
 いや、そのおじさんにしては、精一杯優しい顔をしようとしていたのだろう。
 今思い出してみると、そのおじさんが顔を押さえていたのは、なれない筋肉を動かして痙攣しそうな頬を必死になってとどめようとしていただろうから。
 あれは彼なりの不器用な笑顔だったのだ。
 そんな懐かしい夢を、俺は見た。

 ぴぴぴぴっ カチッ無機質な電子音に手を伸ばし、音の発生源を黙らせると俺は布団からのっそりと起き上がった。
 時刻は午前七時。
 最近日が長くなってきたせいか、日に日にカーテンの隙間からさしてくる光が強くなってくるような気がする。
 その光にせかされるように、えいやっと気合を込めて立ち上がると、俺は体を伸ばした。
 その瞬間聞こえてくるのはコキコキという小気味いい音。
 んーと体を伸ばすと頭は次第にはっきりとしてくる。
 今日も体は快調のようだ。
 しかし、それにしても…
「なつかしい夢を見たな…」
俺は誰に聞かれるもなしに呟いた。
 ああ、あの夢は本当になつかしい。
 そう、あれはもう六年も前のこと、両親に連れられて初めて海外旅行に行った時の事だ。
 やはり、元来の芸人資質のせいか、俺は旅行先であるルーマニアでお約束をやらかしたのだ。
 そのお約束とはずばり迷子である。
 結局、日本語のわかるおじさんがやってきて、俺を警察のもとへ連れて行ってくれたのだが、あの時は小学校四年生にもなってないてしまったのだ。
 本当に恥ずかしい思い出だ。
「あのおじさん、元気かな?」
 あんな夢を見たせいか、ふとあの親切なおじさんのことが気になり思い浮かべてみるものの、彼が今どうしているかなんて分かるはずもない。
「まあ、そりゃそうだろう」と俺は呟くと、俺は食パンをトースターに食パンを突っ込み、タイマーをまわした。
 こんなことを考えていて、遅刻なんて事はごめんだからだ。
 思えば、今朝こんな夢を見たのがこの日の予期せぬ再会を暗示していたのかもしれない。
 その日は、夕方まで普通の日であった。
 ここでいう、普通というものは金髪の幼女や、凶暴なツインテール。
 しゃべる白いイタチに出くわさないことである。
 あいつらと関ってから、日常の大切さが身にしみて分かる自分がひどく切ないと思うものの、そう思わざるおえない自分を実感するのが最近欝だ。
 まあ、こうまでいうからには、この日も普通で終わらなかった訳であるが。
 人生、ままならないものである。
 それは、その日の帰り道でのことであった。
「すまないが、**公園はここであっているかね?」
 突然、声をかけられて振り返ってみれば、そこにいたのは目つきの悪い外人だった。
 年の頃は40過ぎ、得てして日本人には西欧人がふけて見えるから、本当はもうちょっと若いかもしれない。
 人を値踏みするような目に気おされるが、それをあからさまに示すのは失礼だと思い、何とか踏みとどまる。
「え、ええ、そうですけど」
 どもりながらも答えると、彼は「ありがとう」と端的に言葉を返してくる。
 会話はそれで終わりだった、本当なら自分は立ち去ってもかまわないはずなのに、そこから動けない自分がいた。
 心に何か引っかかったのだ。
 そのまま彼を見つめてると、男は眉をひそめ「なにか」と言葉を返してくる。
 あたりまえの反応であった。
 知り合いでもない人間が自分を見つめていていい気がする人間は少ないだろう。
「いや、その、どこかであったことありませんか?」
 何か言わなければと思い、とっさに出てきたのはそんな言葉だ。
 自分でも陳腐な言葉だと思う。
 もし、相手が女性であったならば、下手なナンパの仕方の出本であろう。
 そう、とりあえずその言葉は本当に、この場を取り繕うために無意識のうちに出た言葉だった。
 しかし、俺は自分で言ったその言葉に何かひらめく物を感じた。
 具体的には、俺はこの人に会ったことがあるというもの。
 そのひらめきに従い、記憶の糸を手繰り寄せれば、不器用な笑顔にぶち当たった。
 そう、今朝見た夢の笑顔である。
「ひょっとしてですが…」
 それに気付いて声を出したとき、俺の声は裏返っていた。
 驚きと緊張にそるものだ。
 そのことに少し羞恥するも俺は言葉を続ける。
「あの、六年前、ルーマニアで迷子の子供を助けませんでした」
 その言葉を言った瞬間、相手の顔は怪訝から驚きへと変化する。
 そのことから分かるのは一つ。
 この人があの時のおじさんということだ。
「ひょっとして君は…」
「ええ、そうです」
「ああ、そうか… 懐かしい、本当にひさしぶりだ。
 しかし、六年、そんなにも経つのだな」
 おじさんは顔をほころばせる。
 その顔は自分の思い出の笑顔より、幾分か柔らかかった。



 その日、ガンドルフィーニ教師は幾分か緊張していた。
 なぜかというと、今日麻帆良学園に『英雄』がやってくることとなっており、その出迎えを彼がすることとなったのだ。
 『英雄』の名はロイド=F=ローゼンヒル。
 彼は元SSWの司令官であり、また秘密だらけのSSWの中でただ一人知られている人物であった。
 事前に渡された顔写真を見て、彼はこれから会う男の性格を想像する。
 写真に映っている顔は見るからに神経質そうでとっつき難く、元SSWの肩書きから冷徹な男なのだろうと彼はあたりをつけていた。
「しかし、彼が日本を訪れるとは…」
 彼は待ち合わせ場所である**公園の前まで来ると大きく息を吸って深呼吸してからそう呟く。
 しかし、その呟きは仕方のないものといえた。
 なにせ、彼ロイド=F=ローゼンヒルはフィンランドの山奥で世捨て人のような生活を送っているはずなのだから。
 彼が隠居を決め込んだのは六年前のこと。
 理由は六年前起きた事件によってSSWが壊滅したからだと『公式には』言われている。
 『公式には』と言っているのはそれを信じているものは魔法界では一人もいないからだ。
 実は彼は指揮権を他の者に譲り、自らはSSWの秘匿性を上げるために隠れ蓑にしたのだという噂はよく耳にする。
 また別の噂では彼はSSWの指揮を今も執り続けているというものもあった。
 まあ噂はどうあれ、彼はその時からフィンランドを出ていないのは事実である。
 それが急の来日、理由は学園長が何通にも及ぶ招きの手紙に動かされたからだと聞いているが、それは果たして本当なのだろうかと彼は思った。
 彼は疑問を抱いたままで公園の中に入る。
 待ち合わせの時間よりは早く来たものの、それらしき人物を探せば公園の中央には二人の男が立っていた。
 一人は麻帆良の学生らしき学生服の青年。
 もう一人は彼が迎えに来たロイド=F=ローゼンヒルであった。
 彼らは何かを話している。
 失礼だと思いつつ、聞き耳を立ててみれば断片的に聞こえてくるのは『ひさしぶりだ』とか『最近は』などという単語だ。
 言葉から察するにあの二人は知り合いらしいとめぼしをつけるものの、その関係はさっぱりとして掴めなかった。
 分からなければ、知りたくなるのは人情なのだが、いかんせん今は話しかけるのが先決だろうとガンドルフィーニは再び歩き出す。
 しかし、それは次の瞬間止まってしまった。
 ロイド=F=ローゼンヒルが発した一言を聞いてしまったからだ。
「六年、もうそんなに立つのだな」
(六年だと)
それは本当に取り留めのない一言に過ぎないはずであった。
 しかし、それを聴いた瞬間、彼の中で何かが氷解した気がした。
 六年といえば、ロイド=F=ローゼンヒルが隠居した年と合致するのだ。
 また、彼は麻帆良の高校生にSSWがいるという噂を聞いたことがあった。
 その二つに急の来日というピースを重ねた時、出てくる答えは一つしかない。
「――――!」
 驚きのあまり、彼は声を上げそうになる。
 しかし、SSWにとってはそれだけで十分だったのだろう。
 二人はくるりとガンドルフィーニの方を向き、彼を見た。
 この時、初めてガンドルフィーニは、人間の視線というものに、恐怖した。
 彼の予想が正しければ、後にいる学生は現SSWの司令官だ。
 そうでなければ、ロイド=F=ローゼンヒルが日本に来た理由が説明つかない。
 恐らく自分の後継者がうまくやっているかを確かめに来たのだろう。
 だとしたら、それを知ってしまった自分はどうなるのか……
 心臓は早鐘のようになり、自分は消されるのではないかと心は悲鳴を上げそうになる。
 しかし、彼の心を知ってか知らずロイド=F=ローゼンヒルは口を開く。
「出迎えのものかね」と
「ええ」と答えるのが精一杯だった。
 自分ごときが敵うとは思えないが思わず身構える。
 それを見透かしたようにロイド=F=ローゼンヒルは静かに言葉を発した。
「若いの、短気はいかんぞと」
 そのとき、ガンドルフィーニは心臓をわしづかみにされた気がした。



 彼、ロイド=F=ローゼンヒルがフィンランドの地を出たのは実に六年ぶりのことだった。
 きっかけは極東の地にある魔法協会からの手紙であったが、もっと大きな要因としては、偶然に見たテレビのせいだったのだろう。
 それは何の変哲もないニュースだった。
 ただ、旅番組のレポーターが日本の京都を訪れるだけの番組。
 その場所に目が引かれたわけではない。
 ただ、日本という単語に彼は引かれていた。
 彼の心は六年前のあの日から留まっている。
 自分の部下を全て失ったその日から。
 あの日のことは今でも夢に見る。
 予期せぬ罠。敵の奇襲。
 次々と倒れてくる仲間達。
 彼が、最後の敵を切り裂いたとき、動くものは彼以外に存在しなかった。
 敵も、味方も。
 あの日の喪失感は言葉では言葉では表されない。
 結局彼はその日、全てを失ってしまったのだから。
 仲間がいたらまだ戦えただろう。
 敵がいたらまだ戦えただろう。
 本当に、そのどちらかが残っていれば。
 血で染まった大地にはそのどちらも残されていなかった。
 そのまま、生きるわけでも死ぬわけでもなく、彼はフィンランドの山奥で生涯が尽きるのを待つことにした。
 やりたいことが在るわけでもなく、ただ、その日をすごすだけの日々。
 空しいと思う心はあるが、別に何がしたいわけでもない。
 ただ、彼は疲れていたのだ。
 しかし、それは日本と言う言葉を聞いたときにざわめきたった。
 ふと、本当にふとだが、六年前に出会った少年のことが気になったのだ。
 六年前、彼が仲間と最後の任務に立ち向かう前に偶然助けたあの少年は元気なのだろうか。
 ひょっとしたら、それは感傷だったのかも知れない。
 ただあの時に戻りたいという感傷。
 しかし、それは今まで何もすることもなくすごしていた彼にとっては十分だった。
 それを後押しするように届くのは日本にある関東魔法協会からの手紙だ。
 普段ならこの手の手紙は断っているのにもかかわらず。
 そんな偶然ありえないとも思いながら、あの少年に会えるかも知れないと思い、彼は遠い極東の道へ旅たつことに決めた。
 それが、昨日のことであるのだが……
(これは、神の計らいというものだろうか)
 彼は日本についたその日に、その少年と再会することとなったのだ。
 少年は、彼の記憶より成長しており、むこうが思い出さなければ、こうして会話することもなかっただろう。
 少年と再会したところで、仲間が帰ってくるわけではないのだが、彼の心はひどく満たされたような気がした。
 もとから人付き合いはうまい方ではない。
 口から出るのはとりとめのない言葉だけだ。
 だが、そのひと時が彼にはひどく楽しかった。
 少年ともっと話がしたい。
 そう思い、さらに言葉を紡ごうとするが、背後から感じられる動揺の気配に断念せざる終えなかった。
(老いたか、会話に夢中になっていたとはいえ、ここまで接近されて気づかないとはな…)
 振り向けば、そこにいるのは黒い肌をしたスーツ姿の男だ。
 迎えによこすといわれた聞いていた者の容姿と合致するため、おそらく間違いないだろう。
「迎えのものかね」と彼は口を開く。
 それを聞くと、男は小さな声で「ええ」と答えた。
 顔には似合わずバトルジャンキーの類なのだろうか?
 彼は男が身構えるのを見てそう思う。魔法使いの武道派に多い人種の人間だ。
 しかし、客に対してそれはどういう用件だ。
 彼はたしなめるように「若いの、短期はいかんぞ」という。
 彼は言葉に殺気をのせたつもりはないのだが、男は面白いようにそれに顔色を変えていた。
「し、失礼しました」
「なに、かまわんよ」
 彼がそういうと、男の顔色は若干元に戻る。
 額に汗を浮かべているが、それは致し方ないだろう。
 男は深呼吸をし、落ち着きを取り戻すと丁寧に「学園長室にお連れいたしますがよろしいですか」と聞いた。
 彼としては、もう少し少年と話がしたかったが、名目上は関東魔法協会の理事長に会いに来たのだ。
 男の言葉に従うしかないだろう。
 短く返事をし、男についていこうとするが、ふと思い出したように彼は少年に言葉を発した。
「明日、君のところによっていいかね?」
 少年は少し驚いた顔をした後、すぐに「ええ、自分はすぐそこの学生寮に住んでいます」と返事をする。
 彼はその言葉に満足すると、再び男についていくために歩き出した。


 関東魔法協会を束ねる近衛この衛門は一つの調査報告書を読んでいた。
 報告書の内容は、この学園にかよう一人の青年についてのことである。
 青年の名前は奥村健介といった。
 調査報告書にのってある内容はみるからに一般人であり、特に怪しむべきところはない。
 素行も彼が転入してきた四年前からつい数ヶ月前までは特に怪しいところはなかった。(ここ最近はいろいろな場面に姿を見せているが)
 ただ、気になるのは四年より前の経歴を確認するのは難しいということだ。
 不明というわけでもなく、書類上はちゃんと存在しているのだが、それ以上詳しく知るのは多少手間がかかるというものであった。
 書類上彼が住んでいた村は、四年前にダムの工事によって沈んでいるのである。
「ふむ」
 この衛門は息をつくと立ち上がり、学園長室の窓から外を眺めた。
(ネギ君からは元SSWと聞いているが、本当かのう?)
 彼は去年雇った小さな魔法使いを思い浮かべながらそう思った。
 別に十歳にも満たない子供だからといって、信用してない訳ではない。
 しかし、長年のカンから健介という青年がSSWというのに違和感を覚えたのだ。
 報告があがってすぐ、遠目に見たことはあるが、特に変哲のない普通の青年だった。
 体を覆っている気も魔力は一般人並。
 多少は運動神経はよさそうだが、なによりそこには戦場を潜り抜けてきたものの匂いがなかった。
 もちろん、それが擬態ではないという確証はないが、己のカンを信じるのなら、彼は間違いなく一般人だといえた。
(しかし…)
 と彼は己のカンを信じる一方である事実に目を向ける。
 それはロイド=F=ローゼンヒルが来日するという事実だ。
 奥村健介のことを確かめようと、彼は情報を集めようとした。
 その中で、手紙をSSWの元司令官に送ったこともある。
 内容は学園の機密性をあげるために、指導をしてくれないかという当たり障りのないもので、日本に招待したいというものだったのだが、まさか本当に来るとは想像していなかった。
 彼の知る限り、ロイド=F=ローゼンヒルはこの手の手紙を断り続けている。
 本当に手紙はもともと駄目元で送ったもので、万が一来日したら探りを入れてみようか程度ものだったのだ。
(宝くじの一等を当てるのより難しいとおもったのにのう)
 この衛門はそう思いながらも、どう探りを入れようかと考えひげをさする。
 出た答えは、その時に判断しようというどうしようもないものだったが、それはいつものことである。
(まずは、相手の出方をみんと分からんしのう)
 彼は自らの考えに開き直り、再び椅子に座った。
 それと同時だった。学園長室のドアがノックされたのは。
 返事とともに入ってきたのは、彼が迎えにやった教師ガンドルフィーニだ。
 本当はタカミチにやってもらいたかったのだが、いかんせん彼は仕事に出ている。
 そして、続いてきたのはSSWの元司令官である男であった。
 応接用の椅子に座るのを促し、この衛門はその正面に座る。
 軽い世間話の後に話しはじめることは、学園の防犯のことだ。
 本当はいち早く健介のことについて聞きたかったのだが、名目上そのことで呼んだのだから仕方がないだろう。
 もっとも、SSW元司令官の言葉は学園を防衛する上でひどく役立つものは多かったのは間違いないことだが……
「そういえば、一つお聞きしたいことがあるんじゃが」
 一応の話が終わった後で、この衛門は話を切り出す。
 長い眉毛の奥に構えている目は鋭さを増した。
「何かな?」
「今回はどうしてこの話を?
 わしの知る限り、あなたがこの話を受けたことはないと思ったんじゃが」
この衛門の言葉にロイド=F=ローゼンヒルはしばし考えた後「友人に会うついでに」と答えた。
(友人? それは誰じゃろうか?)
 ロイド=F=ローゼンヒルの交友関係を詳しく知らないが、それが日本にいるという話を聞いたことがない。
「差しさわりがなければ、教えてもらってもかまわないかのう。
 わしの知っている人物かも知れんし。
 よろしければ、友人宅までお送りいたしますぞ」
「なに、彼はこの学園内に住んでいますから、送ってもらわなくても結構です」
「ほう、魔法先生ですかな?」
「いえ、ただの学生ですよ」
「名前は?」
「奥村健介といいます」
 その名前を聞いた瞬間。この衛門は内心動揺するが、それを億尾にも出さない。
 その辺は年の功だといえよう。
 その後の話はただの余談であった。
 取り留めのない談笑の後、折をみてロイド=F=ローゼンヒルをホテルまで案内させた。
 この衛門は大きく息をつき、自分の椅子に体を沈める。
 そうすること数十分の後、帰ってくるのはガンドルフィーニだ。
 この衛門はそれを確認すると、彼に問う「どう思うかね」と。
「ただの友人というのは嘘ではないかと」
 その問いに対してガンドルフィーニは自分が学園長室に来る前の話を交え、己の推測を述べた。
 それは、近右衛門の推測とさほど代わりない。
「そう、そう思うのが普通じゃろうて。
 なら、なぜ彼はそんなわかるような嘘をついたのだと思う?」
「……おどし、でしょうか」
「じゃろうな、この学園にいるのは奥村健介というただの学生だと彼はわしらに念を押した」
「現司令官がここにいる目的は何でしょう」
「分からぬが、今までの彼の行動を見る限り、わしらの不利にはならぬじゃろうて。
 まあ、それはともかく今は、彼についての捜査を打ち切らんとな。
 いらぬ争いは避けたほうがいい」
 そう言うと近右衛門は電話の受話器を手に取った。
 これは、学園祭の始まるほんの少し前の話である。

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