ヘイ、ブラザー元気か?
 俺の方は困惑している感じだ。
 場所は喫茶店。俺の目の前には、一人の女子生徒。
 だからといって、デートというわけではない。
 彼女の二の腕には輝かしいまでに堂々と、報道部という腕章が光っている。
 自慢じゃないが、俺は報道部に取り上げられる程のことをした事はないし、するつもりもないんだが、これは一体どういうことだろうか。
 もっとも、今一番頭の痛い事実はこの女をどっかで見たことがあるということだ。
 言うまでもない、例の少年のクラスの生徒である。


健介君は一般生徒です。外伝四
麻帆良の勘違いする人々その3



 事の起こりは十分前、帰宅途中の俺は校舎を出た瞬間に声をかけられた。
 クラスの友達からは「彼女か?」なんて事も言われたが、俺の耳にはまったくもって聞こえてこなかった。
 頭を襲う頭痛に必死で抗っていたためだ。
 その時の俺の気持ちを一言で言うならばこうである。
 また厄介ごとがやってきた……
 しかし、そんなことはからかい好きのクラスメイトにとって、関係ないのだろう。
 友達がいのない友人は気を利かせたのかどうかは知らないが、さんざん揶揄をした後に去っていた。
 明日、必ず殺すと心に刻みこんだ一瞬である。
 まあその後、俺はどうにかして逃亡しようとしたのだが、それが成功しているのならこんな所でお茶など飲んでいないだろう。
 パパラッチ娘は好奇心という厄介なものを詰め込んだ目で俺の顔を覗き込んでいる。
 その目に見つめられるたびに心臓が高鳴るのだが、それが恋などいう甘い幻想ではないことは確かだ。
 視姦されること数十秒、注文を取り終えた店員が去ったところでパパラッチ娘はようやく口を開いた。
「名前は、奥村健介でよかったですか」
 よかったですかと聞いているものの、それは疑問ではなく確認だ。
 もし、前者だとしたら、連れてくる前に確かめろと言ってやるところである。
 この言葉に頷いたら、絶対に話が長くなることが分かっているものの、俺はいやいやながらも、目の前の女の言葉に頷いた。
 それに対し、間髪入れずに返って来るのは「本名ですか」と言う言葉だ。
 自分から聞いといてそれはないだろう。
 少しムカッと来て表情が変わりそうになるが、相手は年下の少女だ。
 なんとか取り繕って、無表情を維持するものの、口から出た言葉はひどく不機嫌なものだった。
「本名じゃなかったら、なんなんだ?」
「偽名でしょうね」
 嫌味にしか取れない言葉に対して、パパラッチ娘は気にした様子はない。
 尚且つ、俺の「偽名だと、学校には通えないだろう」と言う言葉に対して、「そういうことにしときましょうか」と言う言葉を返してくるあたり、心臓に毛でも生えているんじゃないだろうか。
 しかし、そんな事を気にしてもこちらが疲れるだけだ。
 俺はため息をつきながら、相手を促すことにした。
「で、今日は何のようだ」
「少し、あなたが昔所属していた組織についてお聞きしたくて」
「組織?」
 相手のその言葉を聞いたときに俺の頭に浮かんだのは疑問符だった。
 なんのことか分からず、俺は思わず聞き返す。
「しらばっくれたって、分かっているんですよ!
 あなたが、SSWに所属していたことはネギ君から聞いています」すると、返って来るのはそんな答え。
 パパラッチ娘の獲物を追い込むような目に思わず気おされそうになるのだが、問題はこいつがいった言葉の中身だ。
 今、こいつはSSWとかいわなかったか?
 まさか、今日呼び出された理由って言うのはSSWについてなのか?
 SSWとは『死んだ魚でレスリング』の略称で、魔術士オーフェン無謀編に登場する魚を武器にして闘う集団、もしくはその格闘技のことをさす言葉だ。
 オーフェンの小説を読んだあとネタで友達と共に結成しやってみたんだが、魚を武器にしても生臭くなるだけだった。
 結成されたその日のうちに解散されたことは言うまでもない。
 しかし、何故今頃になってそんなことを取材するのだろうか?
 あれか?
 麻帆良の奇人変人のコーナーに乗せるつもりなのか?
 まさか、俺を笑いものにするつもりじゃないだろうな?
 不安な未来図を想像し「そのことを聞いてどうするんだ」と俺は硬い声で聞き返した。
「もちろん、報道するつもりですが」
 結果はその想像通り。
 はっきり、言おう。冗談ではない。
 何故に過去の痴態を新聞に載せられねばならないのだ。
 一ヶ月くらい前だったらそれも笑って許しただろう。
 しかし、今の俺には真由美さんという人がいる。
 人間誰しも好きな人の前では格好よくいたいものだ。
 故にそんな過去話を暴露されるのはごめんこうむる。
「断わる」
 俺は一言のうちに切り捨てるが、そんなものを相手はもちろん承諾はしなかった。
「ふふん、そんなことを言ってもいいんですか?」
 そして、含みのなる言葉。
 相手の鋭い目つきもあいまって、俺は思わず唾を飲み込んだ。
「わたしは、あなたのある秘密を握ってるんですよ」
 秘密とはなんだ?
 思い当たるところが多すぎて、逆に困る。
 担任教師のカツラを釣り糸で吊ったことか?
 もしくは、理科室の人体模型を水死体に見せかけてプールに浮かべたこととか?
 まっ、まさか、修学旅行の時に喫煙したのを知っているのか?
 他の事ならまだいいが、最後のは非常にまずい。
 未遂であったのだが、それがばれたとなれば、停学を免れることはできないだろう。
 俺は相手を睨みつける。
 相手は余裕の表情で返してきた。
 くっ、これは一番最後なのか。
「分かった……
 だが、一つ条件がある。
 俺の名前だけはだすなよ」
 俺は折れた……
 だが、一つ言わしてくれ。
 進学浪人だけはしたくないんだ。お前らだって、同じクラスの人間に先輩とか呼ばれる学生生活を送りたくないだろ!
「情報源をばらすことは一流の記者としてしないわ。
 じゃあ、さっそく話してもうらおうかしら」
 相手は一番最初の敬語は何処へやら、今はため口である。
 その満面の笑顔が憎たらしい。
「じゃあ、まずはSSWの名前の由来からだ」
「ふんふん」
「これは『死んだ魚でレスリング』の略でな」
「は?」
 相手は思わず疑問の声を上げるが、その気持ちは分からなくもない。
 おそらく、ただ変な集団としか聞いていなかったのだろう。
 それをいきなりこんな言葉を聞けば、呆けるのは当たり前だ。
「その名の通り、死んだ魚を使用した総合格闘技、またはそれを扱う集団のことだ」
「……」
「また、その他にも『新鮮な魚でレスリング』というものもあるが…」
 ガチャン
 机が叩かれる音に驚いて、俺は言葉を止めた。
 見れば、パパラッチ娘が握りこぶしを机の上に置いている。
「お、おい、どうしたんだ?」
「どうしても、話さないと?」
「は?」
 呆けた声を上げたのは、今度は自分の方だった。
 話さないも何も、自分は素直に話している。
「それは、つまりあなたの秘密をどう扱ってもかまわないというわけね」
「ちょ、ちょっと待て」
 訳が分からない。
 相手は何をそんなに怒っているんだ。
「私が、この携帯電話のボタンを押せば、世界中にあなたの秘密がばら撒かれるのよ」
「な、なんだってー」
 某漫画風に驚いて見せるものの、そこではたとおかしいことに気付く。
 喫煙したことに対して、その反応は少しおかしくないかと。
 ひょっとして……
「なあ、お前の握っている俺の秘密ってなんだ?」
 こいつは俺の秘密なんて知らないんじゃないのか?
「ここで言ってもいいの?」
 相手は間髪入れずに言葉を返してくるが、俺は彼女の目が一瞬泳ぐのを見逃さなかった。
「ああ」
 俺は、相手の目をしっかり見つめ言い返して言い返す。
「本当に?」
 その言葉に彼女は念を押してくるが、それこそがパパラッチ娘が何も知らないのだと俺を確信させる。
「どうぞ、お好きに?
 ああ、それとそんなことばかりしていると、いつか死ぬような目に合うぞ」
 それだけ俺は言い残し、これ今日の飲み物代と1000札を置いて席を立った。



 その日私は、かねてより計画していた取材を実行した。
 麻帆良学園高等部のすぐ近くにある喫茶店。
 その中で私は一人の男性と向かい合っている。
 男性の名前は奥村健介。
 ここ、麻帆良学園の高等部に通う男子生徒だ。
 しかし、それは表向き。
 今はどうかは知らないが、昔はSSWという魔術師達の秘密機関で働いていたという事実を情報提供者Kや通常の人間ではないことはクラスの人間から聞いている。
 ふっふっふ、あなたの正体と秘密機関の中身を引き出してやろうじゃないのと気合を入れてきたのは、いいのだが相手は出会った瞬間から不機嫌な顔をしていた。
 まるで、取り付く島もないといった程にだ。
 しかし、そんなことに躊躇していては記者の名がすたる。
 私は意を決してボイスレコーダーの録音ボタンを押して口を開いた。
「名前は、奥村健介でよかったですか」
 それに対する、相手の答えはYESだ。
 もっとも、それが本名とは限らないのだが。
 相手が秘密機関に属していたのなら偽名というのも考えられるからだ。
 そのことを確認する上で、相手にそのことを聞くと、彼の眉毛が若干動いた。
 これは、奥村健介という名前が本名ではないと言うことだろうか?
 しかし、私が内心考え込むのを無視して、相手は話を促してくる。
 定石としてはこの手のタイプは何気ない話から本題に移るのがベストだと思うのだが、相手はそれを許してくれないらしい。
 私は仕方なく「少し、あなたが昔所属していた組織についてお聞きしたくて」と相手に面と向かっていった。
「組織?」
 それに対する相手の答えは惚けたもの。
 そう易々と本性は見せないというわけね。
 このまま、話し合ったとしても惚け続けるのは目に見えているだろう。
 だから、私は相手に向かって言い放った。
「しらばっくれたって、分かっているんですよ!
 あなたが、SSWに所属していたことはネギ君から聞いています」
 SSWについての情報源はカモッちもとい情報提供者Kなのだが、ネギ君の名前を出した方が都合がいいだろう。
 彼の父親は魔法界では有名らしいからだ。
 その言葉に観念したのか、相手はしぶしぶながらもSSWについて認めたようで、「そのことを聞いてどうするんだ」と言葉を出してきた。
 そんなもの答えは決まっている。
 もちろん、報道するのだ。
 だが、その一言を言った瞬間、相手は「断わる」と一瞬のうちに斬り捨ててしまった。
 しかし、そう来るのは百も調子だ。私は彼に向かってブラフをかました。
「わたしは、あなたのある秘密を握ってるんですよ」
 もちろん秘密など握ってはいない。
 相手はガードが固いのか、それともこちらのことを知っているのか、ここ一周間張り込んでも尻尾を出さない。
 故に今回直接聴きに来たのだが……
 ブラフはどうやら利いているらしい。
 相手の顔色は明らかに変わった。
 そして、自分の名前を出さないのならと言う言葉。その言葉を待っていた。
 私は嬉々として、愛用の手帳を取り出す。
 ボイスレコーダーは一応使っているが、大事なものは文字に書いたほうが都合がいい。
「じゃあ、まずはSSWの名前の由来からだ」
「ふんふん」
「これは『死んだ魚でレスリング』の略でな」
「は?」
 私は寝耳に水とばかりに相手を見返した。
「その名の通り、死んだ魚を使用した総合格闘技、またはそれを扱う集団のことだ」
「……」
「また、その他にも『新鮮な魚でレスリング』というものもあるが…」
 くっ、そういうこと。驚いた。
 相手はどうやらSSWというものを奇人変人集団に仕立て上げ、しらばっくれるつもりらしい。
 ガチャン私は思わず机を叩いた。
「お、おい、どうしたんだ?」
 驚いて見せるがどうせ演技だろう。
「どうしても、話さないと?」
「は?」
 その呆ける声がひどく白々しい。
「それは、つまりあなたの秘密をどう扱ってもかまわないというわけね」
 そうは言ってみる物の、その言葉が利くかどうかは疑わしい。
「な、なんだってー」
 相手は驚いて見せるものの、それはすぐに余裕の笑みへと形を変えた。
「なあ、お前の握っている俺の秘密ってなんだ?」
 これで確信した。やはり、相手はこちらの嘘を見破っていたのだ。
 そして、それを分かっていながらこちらをからかうために、わざと話に乗ったふりをした。
「ここで言ってもいいの?」
 と苦し紛れに言ってみるものの、相手は「ああ」と返すだけだった。
「本当に?」
 私は念を押してみるが、失敗したのは自分がよく分かっている。
 こんな言葉が出てくるのは、負けを認めたくなかったからだ。
「どうぞ、お好きに?
 ああ、それとそんなことばかりしていると、いつか死ぬような目に合うぞ」
 彼はお金を置いてそこから出て行く。
 完璧な敗北だった。悔しさがこみ上げてくる。
 だが、諦めない。
 絶対に正体を掴んでやると私は誓った。

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