「どーして、兄貴はいつもそうなの!
 用意の時間にまるまる二日あったじゃない」
 午前七時少し前、旅行出発の当日に俺は妹に罵声を浴びせられながら、麻帆良の電車に揺られていた。
「仕方ないだろ!
 昨日の夜に気付いたんだから、お前も似たようなもんだろ」
「私のほうは必需品じゃないもん!」
 とりあえず、言い返して見るものの、自分のバカさ加減は自分がよく分かっている。大声で妹へ言うものの、叫ぶ声には力を込めることができない。
「でも、海外旅行よ、海外旅行。
 パスポートを寮に忘れたまま気付かないなんて」
「間に合うからいいだろ!」
 そう、俺はパスポートを寮に置いたままだったのである。


健介君は一般生徒です。 外伝 遠い異国の地にて(中編)


 高等部の近くの駅で妹を残して電車を降りる。そのまま向かうは男子寮の自分の部屋。数日振りの自分の部屋は何の代わり映えもない。おぼろげな記憶を頼りに勉強机の引き出しを捜せば、パスポートはすぐに見つかった。
「任務達成、これより帰還する」
 パスポートをポケットにしまい、俺は待ち合わせ場所へと歩き出す。後は駅で妹を待つだけだ。
 とそこで、俺は道の反対側から歩いてくる知っている顔に出くわす。というか、その人の顔はこの麻帆良の学生なら誰もが知っているだろう。デスメガネの異名を持つ広域指導員の高畑先生だ。
 こんな朝から巡回か、大変だなと思いながら、さっさとすれ違うことにする。
 以前だったら、挨拶の一つもしたかも知れないが、学園祭でのあの化け物っぷりを見た今となってはなるべく係わり合いになりたくない。だが、
「やあ、今は夏休みなのに、早いね。
 僕の記憶が正しければ、君は今実家に帰省中だったと思ったけど」
 相手はそれを許してくれなかった。というか、どうしてあなたが、俺のスケジュールを知っているんでしょうか。そのことに薄ら寒いものを感じる。
「いえ、寮に忘れ物をしまして」
「へえ、何を?」
 適当に返事をして、去ろうとすれば、相手はさらに突っ込んでくる。
 別に隠すものでもなし「パスポートです」と答えるのだが、その瞬間なぜか相手の目が鋭くなった気がした。
「どこか、海外にでも行くのかい?」
「ええ、少しフィンランドに」
「それは、ロイド=F=ローゼンヒルに会いにかい?」
「ええ……」
 質問に対して言葉と一緒に頷いてみるものの、どうしてこの人が、ロイドさんのことを知っているんだろうか?
 というより、どうして俺とロイドさんが知り合いってのを知っている!
 そのことに背筋が凍る。これはもう、薄ら寒いとかそんな次元ではない。
「それはまたどうして?」
「……お見舞いですよ。
 足を折ったみたいですから」
「彼が足を?」
「ええ、自分は急ぐんでこれで失礼します。
 最近物騒ですからね。先生も仕事上気をつけてくださいよ」
 なにやら、これ以上はやばい気がする。俺は話もそこそこに、そこから立ち去ることにした。


 その日、朝から高等部の男子寮近くを歩いていたのは、偶然だと言っていい。
 魔法とは関りのない教務に関することで高等部の先生と話があったのだ。
 去年、中等部を卒業した問題児の素行についてだ。高等部になって、さらに輪をかけて問題児となった彼らについて、一学期の終わった今、話をしようという流れになったのである。
 さて、彼らをどうすれば大人しく出来るだろうかと思い、道を歩いていると見知った顔が向こうから近づいてくるのに気が付いた。知っていると言っても、会話をしたことはほとんどない。学際のおりに顔をあわせた程度である。SSW現司令官と目される男、奥村健介。その力は未知数であり、謎に包まれている。だが、彼は学園長によると今は実家へと帰省中の筈 ―― もっとも、本当に帰省なのか怪しいが ―― どうしてここに居るのだろうか?
 そのことを疑問に思い、声をかけ聞いてみる。返ってきた答えは忘れ物をしたというありきたりなものだったが、その忘れ物がパスポートだということにきな臭いものを感じた。そして、それは彼の行き先を聞いたときに確信へと変わる。
「ええ、少しフィンランドに」
 フィンランド? それはロイド氏に会いに行くということだろうか?
 そのことを聞けば、答えはイエス。そして、その理由を聞いたときに僕は愕然とした。
「……お見舞いですよ。
 足を折ったみたいですから」
「彼が足を?」
 ありえない。あのSSWの元司令官ロイド=F=ローゼンヒルが足を折るとはどんな事態なのだろうか。
 それも、現司令官が呼び出されるとなると、相当なことが起きていると想像に難くない。
「ええ、自分は急ぐんでこれで失礼します。
 最近物騒ですからね。先生も仕事上気をつけてくださいよ」
 彼はそう言うと僕が驚いている間に立ち去っていく。この時僕は言い知れぬ不安を抱いていた。
 いったい、何が起きようとしているかと。そして、その不安は数日後現実のものとなる。
 ネギ君たちの行方不明という形で。

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