足が……痛い……
 日ごろの運動不足が祟ったのか、永延と続く山道に俺の足はパンク寸前である。
 山道は平地と違ってこちらの体力をどんどん奪っていく。足場が悪いのでなおさらだ。
 ふと妹を見ると、こいつのほうは未だに大丈夫そうだ。全国に名をはせる麻帆良の新体操部の部員というのは伊達ではないらしい。まだまだ平気そうなその姿に対抗心を燃やして、兄の威厳を保とうと必死で平気そうな顔をつくるのだが、そのことを無駄な努力とは言わないで欲しい。
 フィンランドのカレリア地方へと到着した俺達はそこで一泊をし、翌日の昼過ぎにロイドさんの家へと向かった。バスに揺られること二時間。ロシアとの国境近くの村に降り立った俺達は、さらにそこから山道を登ることとなる。左右を木々で囲まれながら、しかし森林浴を楽しめる余裕などなく、所々急な斜面を乗り越えること一時間半。未だにそれらしき建物は見えない。
 ロイドさん。どうしてあなたはそんな辺ぴな場所に住んでいるんですか?
 道に迷ったかもと漠然とした不安を抱えながらもそう思う。もっと住むに適した場所はあるでしょうに。
「兄貴、あれじゃないの!」
 とそこで、疲れ果ててる兄と違ってまだまだ元気な瑞樹が声を上げた。その言葉に指差すほうを見れば、なるほど丸太で作られたログハウスが見える。おそらくそれに間違いないだろう。
 最後の気力を振り絞り、俺はその建物へと歩いた。


健介君は一般生徒です。 外伝 遠い異国の地にて(後編)


「健介、良く来てくれたね」
 ログハウスへとついた俺達をロイドさんは喜んで迎えてくれた。労いの言葉とともに、不自由な足でお茶を淹れてくれる。
「いえ、こちらこそ急に訪ねてきてすいませんでした」
「気にしなくてもいいさ、ところでそっちが瑞樹ちゃんかい」
 ロイドさんは笑いながら、瑞樹の方を見る。その視線に緊張する瑞樹の姿は面白い。
「は、はい。奥村瑞樹です」
「ロイド=F=ローゼンヒルだ。
 覚えているかな、子供のときに一度会っていると思うのだが」
「えーと、すみません」
 瑞樹は申し訳なさそうにうなだれるが、あの当時、瑞樹はまだ幼なかったし仕方がないだろう。ロイドさんも別段気にしていない様子で笑っていた。それからも、ロイドさんの出した焼き菓子を食べつつ、談笑を続ける。麻帆良での生活や、瑞樹の部活のこととネタは尽きない。日は知らず知らずのうちに沈み、夕食の時間が訪れる。
 俺と瑞穂の補助を受けつつ、ロイドさんが作ってくれたのはトナカイの肉を使用した料理。初めて食べるものだったが、味は悪くない。おいしいと素直に口にしたら、ロイドさんは喜んでいた。でもね、ロイドさん。

 照れ隠しにか、お酒を注いでくるのは大人としてどうでしょうか?

 グラスに注がれた液体を一口、アルコール独特の苦味を感じ気付く。
 そのことをロイドさんに言うのだが、
「健介、日本ではどうかは知らないが、ここはフィンランドだ。
 十六歳なら問題ない」
 冷静にそう返された。確かに俺は十七歳。
 まあ、郷に入れば郷に従えというから、いいかと一瞬思うのだが、
「しょーだよぅ、別にいいじゃん!」
「って、なんでお前も飲んでるんだよ!」
 顔をすっかり赤くした瑞樹を見て、それをすぐに取り消した。どうやら瑞樹のグラスにも酒は注がれていたらしい。
「大丈夫、日本ではどうかは知らないが、私の故郷では十歳過ぎたら飲んでいた」
 それは、何処の国だ。なんだか、俺の中のロイドさんのイメージがどんどん崩れていくような気がする。この人はそういうことにはきっちりしている人だと思っていたのに。いや、というよりもこれは、
「ロイドさん、あなた実は酔っているでしょう」
「酒は、酔うために呑むものだぞ」
 完璧に酔っている。言葉は冷静だが、間違いない。よくよく見れば、耳の端が赤い。そうか、この人は顔に出ない人なのか。そう判断を他人事のように下しながら俺は思った。どうしようと。
 酔っ払いに囲まれながら、素面でいるほど辛いものはない。俺は一瞬の躊躇のうちグラスの中身を飲み干した。


「乾杯とは、杯を乾かすと書いて、乾杯と読みます」
『かんぱーい』
 この掛け声は何度目だろうか、三人でグラスを衝き合わせると、一気に煽る。
 酒瓶はどんどん空になっていき、今も一つの瓶が空になる。
「あらー、なくなってしまいました。
 ロイドさん。もってきます」
「うむ、ご苦労!」
 酒がなくては始まらないとばかりに、俺はすぐに台所へと酒を取りに行った。
 このやり取りのすでに三度は超えている。先ほどから、乾杯をし、酒を注ぎ、なくなれば持ってくることの繰り返しだ。ただ、今回違ったことといえば、酒を持ってくる最中に、紙切れを見つけたくらいか。台所にある机の上、今までは気付かなかったが、そこにはなにやら文字の書かれた紙がおいてある。
 なんだろうと気になり、見てみればそれは航空機のチケットだった。計三枚ある。
「ロイドさーん。
 こんなん落ちてましたけど、どっか旅行行くんですか?」
 それを拾いフラフラと酒瓶と一緒に持っていく。
「んっ、おおそれは、イギリスへのチケットだ」
「へえ、でもこれ全部行き先一緒のようなんですが」
「なに、昔からの週間だよ。
 航空機のチケットは予約すると狙撃される恐れがあるからな、複数枚とって自分がどの飛行機に乗ったのかを悟られないようにするんだ。君もやってみるといい」
「おお、ロイドさん、さすがです。
 で、なんでイギリスに」
「なに、墓参りさ」
「墓参りですか?」
 空気が一気に変わった。楽しかった空気が、静まり返る。なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
「君は、覚えているかな。
 あの時、私と一緒に五人いただろう」
「ええ」
 遠い記憶の彼方。思い出すのは、ロイドさんと一緒にいた人たち。顔はもうおぼろげだが、両親がくる間、彼らが俺の相手をしてくれたことを覚えている。
「彼らの墓参りさ。
 あの後、あいつらは死んでしまってな。毎年、この時期に墓参りに行っている。
 今年は、足がこんなんだから行けそうにないがね」
 そう語るロイドさんの姿はひどく寂しげだった。
「だったら、俺達が行きます」
 その姿が見ていれなくて、気付いた時にはそう言っていた。
 いいよなと妹の方を見れば、瑞樹もうんと頷く。なんだか、フラフラと前後に頭を振っているだけのように見えるが、きっと気のせいだろう。
「だが、その場所は特殊なところでな。
 危険が伴うかもしれん」
「だーい丈夫ですよ。
 金髪幼女に比べたら、とるに足りません!
 これでも麻帆良武闘祭の本選出場者ですよぅ」
「おお、それは頼もしい。
 だが、念のためだ。ちょっと待ってなさい」
 そう言ってロイドさんは席を立つと少しして、木の箱を抱えて持ってきた。
 中を開けてみると、そこには黒光りする銃が鎮座している。表面にはAという文字が刻まれていた。
「おおー、かっこいい!」
「はっはっは、そうだろう。
 昔使っていたものでな、敵はこの魔法銃を見ただけで、SSWと恐れおののいたものだ」
「おお、確かに魚っぽい」
 SSWという言葉にそれを見れば、そこはかとなく黒光りする様が青魚を連想させるような気がする。
「こいつは持ち主の魔力を使い、周りの魔力を吸収して魔法の弾丸を発射する。
 持ち主に魔力がなければ、ただのガラクタだが、いいものだ。
 君にやろう。もっていきなさい」
「ロイドさん。ありがとうございます」
「なに、かまわんさ」
 俺はそういうと、怪しい手つきで銃を箱から拾い上げる。だが、そこで俺はここで自分のしている会話でおかしなことに気付いた。
 なんだ、何がおかしい。
 ロイドさんの変わりに墓参りに行く。
 これはいい。妹にも確認を取ったは。
 次に、行き先は危険ともなうかもしれないこと。
 これも大丈夫だ。今の世の中、危険がまったくないところなんて存在しないのだから。
 そうおかしいのは、俺の手の中の黒光りするこの物体だ。これをロイドさんはなんと言った?
 魔法銃。彼はそう確かに言った。
 魔法、銃だと! それを理解したとき、俺の中に戦慄が走る。
「ロイドさん!」
「んっ?」
「銃を持っては飛行機に乗れません」
「おお、確かにそうだ!」
 あぶないところだった。魔法銃といえども、銃なのだから空港で引っかかるだろう。
 それでは、ハイジャック犯と間違えられて、墓参りにいけないじゃないか。
「だが、安心したまえ。
 私が一筆書けば、大丈夫」
 ロイドさんはそういうと、再び席を立ち、今度は綺麗な模様の書かれた紙を持ってきた。
「ロイドさんそれは、なんですか?」
「これは任命書だ。
 君の名前を書いて私がサインすれば、君もSSW。
 機内に武器を持ち込める」
「おおー」
 ロイドさんの頼もしい言葉に思わず拍手を送る。
「兄貴ばかりずるい。
 私もほしぃ」
「うん、瑞樹ちゃんにも書いておこう」
「さすがロイドさん」
「はっはっは。
 書いたらすぐにしまっておきなさい。
 なくすといけないからね」
『はーい』
 ロイドさんの言葉に俺達はそろって頷いた。


 翌日、気持ち悪さとともに俺は目を覚ました。頭が少し痛いところを見ると、二日酔いになっているのかもしれない。
 昨日のことは良く覚えていないが、机の上には酒瓶が山の用意においてあり、昨日の様子が簡単に想像できる。
 ふとその時、俺の眼に航空機のチケットが映る。それを見たとき、昨日の夜の光景の一部が頭に浮かんだ。
「ああ、そうか。
 墓参り」
 呟くほどに鮮明にロイドさんとの約束が思い出させる。
 そうだ、俺はロイドさんの仲間の墓参りにイギリスに行かなければならないんだった。
 酒の席での約束だが、反故にする気はさらさらない。
 そう思い、チケットを手に取ると、チケットの下にある紙が顔を出す。
 なんだろうと、見てみれば、そこにはロイドさんの仲間の墓地への行き方が細かく書かれていた。
 これがあれば大丈夫だと、俺はそれをポケットにしまう。
 チケットを調べてみるが、飛行機の時間まであまり余裕がない。
 早く用意しなければと俺は瑞樹をたたき起こすことにした。
 

 ロイドが目を覚ますと、そこには仕度の整った奥村兄弟が居た。
「もう行くのかい?」
 そのことに驚き、ロイドが問いかけると、二人は飛行機の時間が間に合わないのでと答えた。
「飛行機?」
「昨日、ロイドさんの変わりに墓参りに行くって約束しましたよね」
 健介の言葉におぼろげながら、昨日の記憶が戻ってくる。
 ああ、そういえば、確かにそんな約束をした覚えがある。
(墓参りに、代わりに行ってくれるのか)
 酒の席での約束だというのに果たしてくれようとするその心意気に目頭が熱くなる。
「ありがとう」
 心の底から感謝の言葉が出た。
「改めて、お願いする。
 私の変わりに奴らにあってきてくれないか」
「ええ、もちろん」
 健介はそう答え、荷物を持ち上げる。
 ロイドは二日酔いで痛む頭を抑えながら、笑顔で二人を見送った。
 二時間後、魔法銃の空箱を見つけ、昨日の全てを思い出すまでは。


補足
SSW印の魔法銃
SSWのメンバーが持つ魔法銃。
銃の表面にはAまたは1から10のローマ数字が刻まれており、それらが各メンバーに対応している。
銃の効果は単純で、持ち主の魔力を使い、周りの魔力を吸収し魔法の矢を出すものである。
つまり、使い手の魔力が大きいほど威力を増す銃といったところ。
健介君の場合は、周囲が通常の魔力状況なら、エアーガンと同じ威力の弾が出せる。
つまりは豆鉄砲である。

- 目次 -

inserted by FC2 system