「なめたまねをしてくれたものだな」
「ぐはっ」
 怒声と共に腹部に走るのは衝撃。痛みに意識が飛びそうになるのを堪えながら相手を睨みいつけた。
「なんだその目は?」
 何がおかしいのかお世辞にも美形とは言えないその男は不細工な顔に余裕の笑みを浮かべる。気に入らない。今すぐにその顔をふっ飛ばしてやりたかったが、それはできないことだった。別段俺の力がこの男に劣っているわけではない。それどころか、百回やれば百回俺の方が勝つだろう。人質という存在さえなければ。
 男が余裕の笑みを浮かべているのは、こちらがどんなに手を出したくても出せないという、その事情故にだ。すぐむこうにはナイフをつきつけられている妹の姿が見える。かわいそうに震えている。大きな瞳に浮かべている涙をぬぐってやりたい。それができない自分がひどく恨めしく、もどかしかった。
 なぜこうなることを予想できなかったのだろう。古くからこの街を取りしきるマフィアと俺たちストリートチルドレンの新参ギャングが対立するのは分かりきっていたはずなのに。心のどこかで相手は真正面から来ると楽観ししていたのかもしれない。そう、すべては俺の責任だ。妹がそこにとらわれているのも、仲間が地面に倒れているのもすべて。
「まあ、お前そろそろ死ねや」
 どうやら相手は俺を殴るのも飽きたらしい。腰からナイフを逆手に抜いた。ああ、ここまでか。ろくな人生ではなかった。幼い頃から路上で寝、盗みを繰り返して食いぶちを稼ぐ日々。この結果がその報いと言うのなら、いるはずもない神がいるとしたら、なぜ妹まで巻き込んだのか。
 ナイフが振り上げられるのが見える。あれが落ちたとき、俺の人生は終わりを向かえるのだろう。
 このとき、俺は確かに死を覚悟していた。だが、次の瞬間。
「うおおおおおお」
 空中に閃光が走ったと思ったら、叫び声が聞こえてきた。同時にするのは何かが崩れる音。
 まばゆい光が過ぎ去り、ようやくなれた目であたりを見れば、妹の隣に見なれない男の姿が見える。黒く光る銃を携えた男は、倒れそうになる妹をさっと支え、何か聞きなれぬ言葉で早口に言葉をつむいだ。
『瑞樹、大丈夫かって、お前はいつからそんな美人になった』
『兄貴、急に手を離さないでよよ!』
 それに答えるように俺の正面から声があがる。視線を下げれば、先ほどまでナイフを振り上げていた男の上に少女が一人座りこんでいた。ふたりが何を話しているのかは分からなかったがおそらく顔見知りなのだろう。行動からして、敵ではないと思うがこいつらは誰なんだ? いや、それよりも今は妹の方が心配だ。
「アリス」
 声を掛けて側に掛け寄る。男に支えられていた妹は自分の足で立ちなおすと、こちらに掛け寄ってきた。その細い体を抱き力いっぱい抱きしめる。しかし、安心するにはまだ早かったのだろう。背後で誰かが立つ気配を感じた。振り向けばそこには別のマフィアの姿があった。
『兄貴、ココ暗いよ。ロイドさんにもらった懐中電灯つけて』
『ああ、ちょっと待てよ』
 だが、それもすぐに転移からの落下物によって潰された。なぜと思い周りを見れば、先ほど現れた男が天に向かって銃を構えているのが見えた。
『あれー、おかしいな。常時オンにするにはどうやれば良いんだろう。
 すぐに消えちまう』
『ああ、もう良いよ。さっさと外に出ようよ.。さっきから何か崩れる音するし』
「ジャスティン。ありゃ、知り合いか?」
 少し離れた床から声が聞こえる。そこには顔中あざだらけで倒れているジャックの姿がある。他の連中も怪我はひどいが命に問題はなさそうだ。
「いや、知らない。だが、この恩は返さないとな」
 一度ならず二度も助けられた。この恩をどう返せば良いのだろうか。
 俺は仲間の顔を一人一人見た。どうやら、皆考えは一緒らしい。俺たちにできる礼のし方なんて、それこそ少ないいんだ。こんな方法くらいしかないだろう。……いや、それは良いわけだな。正直に言おう。窮地に現れて助けてくれたその姿に俺たちはきっと惚れちまったんだ。これが俺と兄貴との出会いだった。

 健介君は一般生徒です。とある辺境の町で

 人間やろうと思えば、なんでもできるんだなぁと最近よく思う。
 俺は英語というものが苦手だ。いや、英語に限らず外国語というものが苦手なんだが、人間窮地におかれれば変わるようで、片言であるが最近、この世界の言葉を話せるようになりました。
 もっとも、瑞樹のやつがペラペラ横でしゃべっているのをみると悲しいものが。
 まあ、こんな異世界でまったりとしていられるのも、恐らくはこいつらのおかげだろう。世の中にはお人よしといわれる人間がいるものでジャスティンをはじめとする若者グループがかいがいしく世話を焼いてくれるのだ。
 そうじゃなかったら野垂れ死んでいる自身が俺にはある。いや、世の中捨てたもんじゃないね。
 あと、これは大変なことなのだが。俺と瑞樹はどうやら指名手配されているらしい。なぜと思ったが、今の所実害はない。それは氏名が記されておらず、顔写真だけというのが大きいだろう。
 なぜなら、俺と瑞樹はすごく写真写りがすごく悪いからな。知り合いが見ても誰こいつ並みの者なのだ。見ず知らずの他人が見てもわかるはずがない。
 そんなこんなで安全な異世界生活を送っている俺たちなのだが、目下の目標はずばりお金稼ぎだ。なんとしてもロイドさんとの約束を果たすためにあと帰るために旅費を稼がなくてはならない。だって、メインのかばんは空港に預けっぱなしなのだから。
 ああ、あのかばんがあれば、こんな苦労をしなくてもいいのに。今日もせっせとバーで働くわけです。
 このバー。どうやらジャスティン達が経営しているらしく、そこで俺はバーテンダーとして働かせてもらっていた。

「やはり、SSWってものはすげえな」
「ああ、あれどこから見ても新米のバーテンダーと給仕にしか見えない」
 口々に呟きあうのは兄貴達を褒め称える言葉。それほどまでに今の兄貴達はただの人間にしか見えなかった。そこにはあの初対面の時に見せたかっこよさや、戦闘をするものが持つ独特の雰囲気もない。
 この辺境の町に完璧に溶け込んでいるのだ。俺達もそれなりにできるほうだと自負しているし、目も利くほうなのだがのだが、その俺達の目から見てもただの辺境の町の人間にしか見えない。
 兄貴がどうしてこんなところでバーテンダーとして働くのかは分からない。本人は金を稼ぐためだといっていたが、それは嘘だろう。どうしてそんな分かりやすい嘘を言ったのかは分からないが、そのことについて詮索しないことを俺達は決めていた。

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