人間諦めが肝心と言う言葉があるが、そう簡単に諦められない事はある。例えばそれが故郷に帰るという願いならなお更だ。
 それはジャスティン達の店で働くことになれ、日々の生活に慣れたある日のこと、俺達兄弟は衝撃的な言葉を聞いた。
 それは「旧世界と魔法世界を繋ぐ道が絶たれた」というものだ。旧世界とは俺達の住んでいた世界のこと。つまり、俺達は日本に帰れなくなったのである。その話を聞いたとき、あまりの衝撃のでかさで俺達は驚くことも忘れてしまった。思い返して泣いたのは瑞樹との相部屋で二人きりになった後だ。その日からは働く合間にあちらの世界に渡る方法を探し続けた。しかし、結果は惨敗。ここで生きていく可能性も受け入れ始め、数日の時が過ぎた。

 健介君は一般生徒です。外伝 新たなる発足(前編)

「兄貴! 大変なの」
「ん、どうした?」
 いつものように市場へと店の買出しに出かけたところ、俺の後を瑞樹の奴が追いかけてきた。何事かと思い足を止めると、瑞樹は息も絶え絶えの状態だ。まさかと思うがこいつは店からここまでずっと走って来たのではないだろうか。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「き、聞いてよ兄貴。帰る目星がついたの。
 今テレビでまき絵先輩の知り合いらしき男の人が先輩の名前を読んで一ヵ月後にオスティアに行けば帰れるって言ってたのよ」
「本当か!」
「うん」
「でかしたぞ!」
 あまりの嬉しさに、俺はつい瑞樹を抱きしめた。その瞬間顎に飛んでくるのは硬い拳。脳が揺れて平衡感覚をなくす。斜めになる視界の中、これは世界を狙えるのではないかと頭の片隅で考える。
「お、おまえ、いきなり殴ることはないだろ」
「急に抱きついてくる兄貴が悪いんでしょ」
 いや、確かにそうかもしれないが、そこは俺の嬉しい気持ちを汲んで欲しい。
 まあ、いい。しかし、オスティアか。それはまたずいぶんと、
「近いな」
「そうね。旅費を稼ごうとしていたのが馬鹿みたいに近いわね」
「金がずいぶんとうきそうだな。まあ、お金はあって困ることはないが」
 想定していた金額の九割が不必要となってしまう。
「いっそのこと、帰れる目処が立ったって言うことでパーティーでもしない。
 ジャスティン達にも御礼したりしてさ」
「そうだな」
 瑞樹の提案に俺は同意する。そう、ジャスティン達には仕事の世話やら衣食住までずいぶんと世話になった。ここいらでお礼でもしないとバチが当たりそうだ。さて、そうなったら早いもので、俺と瑞樹は市場で食材に加えて、ジャスティン達へのお礼の品を探し始めた。店のオープンの時間は夕方。まだまだ時間はある。はてさて、何を送ったものか。
「兄貴、あれなんてどう?」
 瑞樹の声につられて見れば、そこにはナイフの十本セットが置いてあった。そういえば、あいつらって確かに何をするにもナイフを多用してたよな。しかし、長く使っているせいなのか、刃こぼれをしている奴も少なくない。幸い値段も手ごろだし、これでいいか。でも、
「これだけだと、味気なくないか?」
「んー、確かにそうかも。
 だったら、この柄の所に文字でも彫ってみる?
 ほら、全部一緒だから分かるように」
「難しそうだけど、できるか?」
「大丈夫でしょ」
 その言葉に押されるように、俺達はナイフの十本セットを持ち帰った。

「くっ、このぶきっちょが」
「兄貴に言われたくないわよ!」
 結論から言うとナイフの柄に文字を刻んで送るという計画は大丈夫ではなかった。俺達二人は忘れていたのだ。二人が二人ともこのような細かな作業に向いていないことを。おそらく敗因は自分が出来なくても相手が出来ると考えていたことだろう。俺達の前には一から十までの漢数字が柄に刻まれたナイフがある。文字のデザインには目を瞑って欲しい。所詮素人が文字をホイホイ刻める訳ないのだ。そこで簡単だけど一人一人のナイフの違いが分かるようにこうしたのだが、はたしてこれを本当に漢数字と呼んでいいものなのだろうか?
 特に酷いのは一番と四番。一番のナイフは一本の直線が柄の端から端まで伸びてしまっている。初めに彫ったものなので仕方がないといえば仕方がないのだが、これではただの滑り止めである。それに対して四番は□から中身が飛び出した形状だ。
 前者を彫ったのが瑞樹、後者を彫ったのが俺である。
「……この二つは除けて渡すしかないよな?」
「そんとき、どう言い訳するの?」
「四番は自分の国だと死を暗示させるからとか……」
「一番は?」
「お前がミスったんだろ。お前が考えろ」
「うわっ、酷い」
「だったら、自分もみんなとおそろいのモノが欲しかったと言っておけ」
「それなんだか、私ががめつい見たいじゃんか」
「なら、自分で考えろ」
 そう言ってやると瑞樹はうんうんとうなりだした。そんな瑞樹をよそに、俺は店の準備を始めるために部屋を出た。
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