そのことを思い出したのは、ジャスティン達に世話になってから随分経った頃。
 オスティアでのナギスプリングフィールド杯が始まる二週間前だった。
 何をって?
 俺たちがこの世界に来た理由である。
 こんな魔法というふざけた力がはびこる世界でさまようことになったのは、あの白髪の少年のせいであるが、そもそもこの世界に足を踏み入れたのは、ロイドさんとの約束。彼の仲間達の墓前に花を添えるためだった。
 今までそちらに気が回らなかったのは、俺が薄情なわけはなく、家に帰れるかもどうかもわからない状況で、余裕が無かったからだ。
 決してふっかり忘れていた訳ではない。
 思い出したら吉日。また、忘れてしまわないうちにすぐさま行動したほうが良いだろう。
 そう思い、瑞穂の姿を探す。与えられた二階の私室を出て、一階の酒場に下りれば、すぐその姿が見つかった。開店前ということで、客の姿はもちろんない。変わりに居るのは、楽しそうに談笑している瑞穂とジャスティン達の姿だった。

健介君は一般生徒です。外伝十二 行動に移す前に、仲間とよく話し合いましょう。


「瑞穂!」
 よく通る声で、妹の名前を呼ぶ。それに妹は「なに?」と首をかしげた。
「色々合ったが、そろそろロイドさんとの約束を果たそうと思うんだ」
 その一言で、瑞穂もここに来た理由を思い出したのだろう。少し固まった後に深刻そうな顔をする。あいつのことだから、予定の日(命日)より遅れてしまったのを気にしているのだろう。
 それにつられてか、周りにいるジャスティン達からも深刻そうな雰囲気が漂っていた。
 しまったな、どうやら空気を壊してしまったらしい。
 そう後悔するのも後の祭りだ。
「あー、ジャスティン。頼みがあるんだが」
「わかっています。どこまでもついていきます」
 その雰囲気をごまかそうと声をかけるが、なぜが意気込まれてしまった。
 ただ、足の手配を頼もうと思っただけなのに、なぜについてこようとするのか。
「お前達には関係ないのに、いいのか?」
「関係なくないですよ。
 アニキと俺らは仲間じゃないですか。
 な?」
「ああ」
「ええ」
「そうっすよ」
 ジャスティンの言葉に同意の声が上がる。
 やばい。
 俺は今ものすごく感動している。
 なんて良い奴等なんだろう。当ての無い俺たちに住むところを用意してくれるだけではなく、仲間としてこんなに思ってくれるなんて。
「行き先はウルネイトだ」
 感情が高ぶって思わず涙が出そうになる。おそらく俺の目は潤んでいることだろう。
 そのことを悟られたくなくて、なんでもないかのように話を進める。
「ウルネイト? そこに何が?
 あそこはただの港町だったはずですけど」
「それは……」
 俺は懐からロイドさんから渡された銃のおもちゃを取り出した。
「これを俺に渡してくれた人の仲間が眠る場所なんだ。
 その人たちに花を添えに行こうと思っている」
 そう告げた瞬間、なぜかジャスティン達は目を見開いていた。


 それは、ある日のこと。瑞穂の姐さんと開店前の酒場のフロアで談笑していた時のことだった。
「瑞穂!」
 アニキが姐さんを呼ぶ声が聞こえ、何かと思いそちらを見れば、いつもとは違う表情をして立っていた。
「色々合ったが、そろそろロイドさんとの約束を果たそうと思うんだ」
 そのセリフを聞いたとき、皆の間に緊張が走った。
 ロイドという名前。それが前SSWの司令官のものだということを誰もが知っている。その彼との約束となると、考えられるのは任務がらみの何かだろう。いつにもなく真剣そうな姐さんの表情をみてもそのことが伺える。
「あー、ジャスティン。頼みがあるんだが」
「わかっています。どこまでもついていきます」
 考えるよりも先にその言葉が口から出ていた。
 だが、そのことに対して驚きは無い。それも当然だろう。あの時、アニキに助けてもらったときから、アニキのために命を懸ける覚悟はできていた。
「お前達には関係ないのに、いいのか?」
 アニキはこちらの覚悟を伺うためか、そんな言葉をかけてくるが、聞かれるまでも無かった。
「関係なくないですよ。
 アニキと俺らは仲間じゃないですか。
 な?」
「ああ」
「ええ」
「そうっすよ」
 あのSSWのナイフをもらってから、俺達は共同体なのだ。
 誰もためらうものはいなかった。
「行き先はウルネイトだ」
「ウルネイト? そこに何が?
 あそこはただの港町だったはずですけど」
 そう、あそこはなんの変哲も無い港町だったはずだ。
 まさか、悪の秘密結社の隠れ家がそこにあるのだろうか?
「それは……」
 俺達の疑問に、アニキは懐から一つの銃を取り出した。
 それはSSWの司令官の証。世界でもっとも有名な銃の一つだった。
「これを俺に渡してくれた人の仲間が眠る場所なんだ。
 その人たちに花を添えに行こうと思っている」
 疑問は一瞬のうちに氷解した。
 ああ、そういうことか。心に込みあがってくるのは感動。
 そうか、これは任務ではない。
 前司令官との約束とは、任務の隠語ではなく、本当にそのままの意味だったのだ。
 アニキが作った新しいSSWを偉大な先人達に見せに行く。
 俺の目は確かに潤んでいただろう。


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