健介君は一般生徒です。外伝 外伝十三 お墓まいり
そこは一言で言えば、よい場所だった。
白壁の建物が並ぶ海沿い街。それを一望できる小高い丘の上。
色とりどりの花が咲き乱れるその場所には、ひっそりと隠れるように、小さな墓石が立っている。
『世界を守りし英雄たち、ここに眠る』
たった一言だけ刻まれた言葉がなんとも侘しく、またそこに込められた万感の思いを感じさせる。
これは蛇足だったかもしれないと、ここに来る直前に下の街で買ってきた花をみる。
青を中心として作られた花束、種類はよく分からないが、一つの茎にたくさんのかわいらしい花のついたものだった。
平和を象徴する青い鳥を彷彿とさせるその色合いは、日本のような砂利の敷き詰めた墓地では、景色に彩りを添えることができただろう。
しかし、この場所では、添えたところで、途端に他の花達に埋もれてしまうだろう。
かといって、この花束をここに備えないという選択肢はない。
このまま、持ち帰ったとしても、どう使用もないし、そもそも大切ないのは気持ちなのだ。
花を添えるというその行為が、死を悼むという気持ちを表していて、その結果、備えた花束が他の花に埋もれてしまおうとも気にするべきではない。
俺と瑞穂、そしてジャスティンたちは、墓石の前に横一列に並ぶ。皆が姿勢を正すのを確認したあと、俺は花を供えるために一歩前に出て、体をかがめた。
と、その時、いつも懐に入れている銃のおもてゃが滑り出す。
特に固定しているわけではないので、当たり前なのだが、もっと場所を考えろと自分の不考慮を棚に上げ、無機物に向かって悪態をついた。
推測されるおもちゃの進路は間違いなく墓石に直撃するコース。
そのようなことが起きれば、亡くなったロイドさんの仲間たちに申し訳ないし、せっかく作った厳粛な雰囲気も壊れてしまうだろう。
すでに銃は上着から外へと飛び出している。
間に合えと心の中で叫びながら、そのグリップへと手を伸ばした。
だが、あわてた指先は位置が合わず、銃のおもちゃを指先ではじいてしまう。
しかし、まだあきらめない。銃のおもちゃはまだ空中にある。指が当たったのは幸いにしておもちゃの下の位置、それにより落下スピードは多少おさまっている。
リバウンドを制する者が、ゲームを制するのだ。
腰をひねり、さらに手を伸ばした。
カシッと音を立て、銃のおもちゃが手の中に納まる。ちょうどグリップのところを掴むというウルトラC付でだ。
が、中腰の姿勢でそんな動きをしたのがまずかったのだろう。
体制が崩れ、体が傾き、腰をひねった方向−左前方へと崩れた。
そのとき、どういう思考でそういう結論を出したのかはよく分からなかったのだが、とにかく銃のおもちゃを土で汚したくはなかったのだろう。
これが借り物ということはもちろんあるが、ここまで頑張ったのだからという、半ばどうでもいい意地もあったのかもしれない。
地面から遠ざけるように腕を上げる。
だが、転ぼうとしている最中そんなことをすればどうなるか。
普通、転びそうな人間は顔や体を守ろうとして、とっさに手をつく。しかし、今はそのつく手が挙げられているわけで。
「くっ」
胸から地面に倒れた衝撃で、息がつまる。
横隔膜がダメージをうけたためか、空気をうまく吸うことができない。
軽い呼吸困難に納まるが、こんなのは一過性のものだ。
肺はもとの正常な状態にすぐに復帰し、呼吸は楽になる。
痛みで涙が出たせいか、視界が少しにじむ。
言い訳の内容な失態。ジャスティンたちは呆れているだろうかと視線を歪んだ視界を彼らのほうに這わせる。
が、予想を裏切り、俺の目に映ったのは、なぜか思い思いに構えをとっているジャスティンたちの姿だった。
えっ? っと思わず声が漏れそうになる。
彼らは何をしているのだろうか。
少しでも情報を探そうと恐る恐る彼らの視線をたどると三十メートルほど先に、両手を挙げた人の姿が見えた。
なぜ手を挙げているんだ?
先ほどから頭が疑問符だらけだ。
落ち着け俺と自分を叱咤し、一つ一つ整理しようとする。
まず何から考えればいいのかもよく分からない。
なら、目の前にある疑問から説いていくことにしよう。
一つ目、どうしてあそこにいる人は両手を挙げているのだろう。
まるで、銃を向けられているようだ。
銃?
そこではっと気づき、自分の手の中を見た。そこには見慣れた銃のおもちゃが鎮座している。
向いている方向は、ちょうど男のいる方向。
これがおもちゃであることを自分は知っているが、初対面のあの人がそんなことを知るはずもない。
さらによくよく考えてみれば、ジャスティンたちも戦闘態勢であの人をにらんでいる。
向こう側からしてみたら、銃を向けられ殺気立った男たちに睨まれているのとなんら変わらない。
うっわー、なんか知らないが、見ず知らずの人にもの凄く迷惑を掛けてしまっている。
あわてて銃口の射線上から男を外し、立ち上がると、ジャスティンたちにも構えを解くように言う。
しぶしぶといった感じで構えをとくジャスティンたち。いいやつらなのだが、血の気が多いのが球に傷だ。
わあ、なんて謝ろうかなどと考えているうちに、男はこちらに近寄ってくる。
こちらにその気はなかったのだが、向こうからしたら命が脅かされそうになっていたのだ。にも拘わらず、近づいてくるのは、度胸があるのか、それとも危機感がないのかどちらであろう。
いや、今は無駄なことを考えている時ではない。まだ、謝罪の言葉も決まっていないのに、気が付けばすでに声を張り上げなくとも、会話の通じる距離まで、彼は来ていた。
そこまで近づけば、彼の姿もはっきりする。
白髪交じりの黒髪をした初老の男だった。
きっちりとしたスーツに身を包み、その体からは上品さが漂っている。
「君がケンスケ君かな?」
尋ね掛ける声。疑問形ではなったが、確信を持った声であった。
俺の名前を知っている?
どこかであったかと思い、ジャスティンに目配せをする。
しかし、彼にも分からなかったのか、目線を少し合わせた後に外されてしまった。
他に分かるやつがいないか、探そうかと思ったが、このような簡単な質問にすぐに答えないのもまずいだろう。
こうなったら、自分の記憶だけがたよりだ。
自慢じゃないが、俺は人の顔を覚えるのがひどく苦手である。そんな記憶は対して役には立たないだろうが、結論としては記憶にはない。
しかも、相手の質問をよく考えてみると、俺が健介であることを確認するないようだ。
とすれば、会ったことはない、若しくは会っていたとはしても、俺が健介であることを一見して分からない程昔のはずだ。
前者ならまったく問題ないし、後者でもそれだけ長く会っていないのだから、分からなくてもしょうがないねで済ましてくれるだろう。
「そうですが、あなたは」
そう、半ば確信しながらも、相手の表情に最新の注意を払いながら言う。
もし俺の推測が間違っているのなら、不快といった感じの表情がなにかしら出るはずだ。
じっと見つめてみるが、相手にはそのような様子は見えない。
ということは、俺の推測は間違っていないということか。
「失礼した。
私の名はアイザック=アンペール。
しがない議員さ」
「アンペール議員は、俺に何の用が?」
議員という言葉にどきりとするとしながら言葉を返す。
正直な話、一般家庭に生まれ育った自分にとって、議員というのは国の偉い人くらいにしか思っていない遠い存在の人である。
そんな人が自分の名前を知っているとは、なにかしらのまずいがあるのではないかと想像してしまう。
あ、そういえば、俺って手配されていたような……
今更ながら思い出した事実に内心あわてる。
もっとも、そんなことは杞憂であったようだが。
「ロイドから、君たちのことを頼まれた。
そして、これを君に渡そうと思ってね」
どうやら、この人はロイドさんの知り合いらしい。
しかも、なんだかかなり親しい人のようだ。
ロイドさんの名前をいうときに懐かしそうな笑みを作っていた。
彼が差し出すのは、一枚のカード。
表面にはメセンブリーナ銀行と書いてある。
「これは?」
「君たちの活動資金だ。自由に使ってほしい。
それと足が必要だろう。
船を用意した。二日後、麓の町に届けようと思う」
まさか、自分たちのために口座を用意してくれたのだろうか。
確かに、こちらの滞在日数は、テロ事件のせいで伸びている。
ありがたいは、ありがたいが、本当にいいのだろうか?
おそるおそる尋ねるのだが、これは君たちのために最初から用意されたものだから心配しなくてもいいといわれた。
さらに、船を用意したとはチャーターしたというものではないらしい。
丸々一隻くれるようだ。
うわー、議員って半端ねえ。
やっぱ給料がいいのかな。
遠慮するのも悪いだろう。せっかくの好意だ、ありがたく頂戴しよう。
こういった経緯で俺たちは異世界にて、まるまる一隻の空飛ぶ船を手に入れたのだった。
ケンスケとミズホの兄妹を探すのは時間がかかった。
メセンブリーナ連合の議員である自分、アイザック=アンペールのあらゆる伝手を使ったのだが、二人の足取りは一向につかめなかった。
空港でのテロ事件にかの兄妹が巻き込まれ、行方が分からなくなったというものもあるだろうが、一番の原因は二人の潜伏能力の高さだろう。
二人はとある街の酒場で働いていた。
実名を使ってだ。
これは異常なことである。容姿が分かっているかつ実名で滞在していたにも関わらず、こちらの調査員の目をかいくぐっていた。
そこの担当していた調査員曰く、完全に一般人として溶け込んでおり、同姓同名の兄妹にしか見えなかったのだそうだ。
これは、担当の調査員が手を抜いていたわけではない。
彼は熟練のもので、またそういう怠慢とは無縁の男だ。
私もよくそのことを知っており、また信頼している。
一度調査した結果、白であったそれは、あまりにも似すぎているという理由で再調査が行われ、本人であったことが確認できたのはつい先日。
彼らが街をたった後だった。
そして、行き先を急ぎ調べ、その場所を知った時、自分の中にいろいろなモノがこみ上げてきた。
それはかつてのSSWの人員が眠る場所。ロイドに乞われ、自分が手配した彼らの墓が立っている場所だったのだから。
議員の仕事というものは忙しい。私でないと決めれないことは多いし、私がいなければ滞ることは予想できていた。
故に、人を遣わせるのが、本当は一番いいのだろう。
しかし、自分の中の衝動に贖いきれず、私は彼らに直接会うことにした。
麓の街から丘に登れば、集団の姿が遠くに見える。
ふと、いたずら心が湧き上がった。
ロイドの後継がどんなものだろうか試してやろうという気持ちがあったのは否定できない。
彼が認めたものが、凡庸であるはずはないのだが、それでも少し思うところがあったのだ。
もっとも、その結果は予想外に素晴らしいものだったのだから。
気配を殺し、彼らに近づく。これでも若いときは、少しいわせたものだ。
腕が落ちたとはいえ、そこいらにいるチンピラ程度は何人いようが蹴散らす自信がある。
しかし、残り三十メートルといったところで、墓の手前に立っていた男が体を伏せ、こちらに銃を向けた。
その姿はロイドから知らされていたとおりのものであったため、すぐにケンスケ君であることが分かった。
それを皮切りに、周りにいた者たちもすぐに戦闘態勢をとった。
あれが、新しきSSWのメンバーなのであろう。
なるほど、頼もしい。
私は両手を挙げ、無抵抗であることを示す。
すると、彼らは警戒こそ解いていないが、次々と構えを解いた。
それを見届けた後、私は彼らに近づく。
若いな。
彼らの顔を見て思った。
そこにいるのは十代半ばの少年たち。だが、不思議と頼りなさはなかった。
彼らは私の顔を知っているのだろう。驚いた表情をしていた。
議員というのは顔を売るのも仕事である。
これでもTVにはよく顔を出しているのだ。
ただこちらを見ても、驚きの表情を表していないのが二人いた。件の兄妹である。
「君がケンスケ君かな?」
こちらの質問に彼はちらりと横に佇む赤毛の男に視線をやった後「そうですが、あなたは」と聞き返した。
知っているはずのことをあえて聞き返す。
なるほど、彼の意図は理解できた。
あらかた私が本物かどうか確かめようとしているのだろう。
魔法世界では、容姿を偽る手段など無数にある。友人だと思っていたやつが、実は化けた敵であったというのもよくある話だ。
その証拠に、彼は私を見極めんと一挙一動を注視している。
「失礼した。
私の名はアイザック=アンペール。
しがない議員さ」
「アンペール議員は、俺に何の用が?」
たったそれだけのやり取り。しかし彼にはそれだけで私が本人だと分かるのに十分だったのだろう。
すぐにまとう雰囲気が変わった。
「ロイドから、君たちのことを頼まれた。
そして、これを君に渡そうと思ってね」
私が差し出す銀行のカードに彼は訝しげな目をする。
「これは?」
「君たちの活動資金だ。自由に使ってほしい。
それと足が必要だろう。
船を用意した。二日後、麓の町に届けようと思う」
SSWの仕事の関係上、自由に飛び回る足があって困ることはない。
商船に偽装して軍艦を用意した。
彼らなら、十分に活用してくれるはずだ。
そして、それから二、三言葉を交わした後、私たちは分かれた。
来てよかった。
心の底からそう思う。
彼らはこれからの時代を託すのに、不足のない者たちだった。