オッス、おら悟空。
 じゃなかった。おら健介。
 麻帆良学園男子高等部に通う高校生だ。
 突然だが、俺は今ライブでピンチ中だ。
 なぜなら、
「死ねぇ!」
 怪しげな格好をした幼女に追われているからです。
 俺、なにかしましたか?


健介君は一般生徒です。第一話


 ことの起こりはほんの三十分前のことだ。
 俺はいつもの生活領域である男子高等部周辺を離れ、女子中エリアへと来ていた。
 はじめに断っておくが、決してやましい目的ではない。
 俺には妹がいるのだが、親からきた電話によれば風邪をひいて寝込んでしまっているらしい。
 そのためお見舞いに向かっているのだ。 血のつながった妹は妹じゃないという名言がある通り、俺に対してのみ粗暴な態度をとる生意気な妹であるのだが、ここは年上の兄である威厳しらしめるためにも行かなくてはなるまい。
 だが、鼻歌交じりに意気揚々と歩けたのは通称桜通りと呼ばれる桜の並木道までであった。
「きゃー」という悲鳴がし、そちらにいってみれば、そこには一人の少女が倒れている。
 あれって、妹の部活と一緒の子じゃなかったか?
 妹は性格に似合わないことに新体操の部活なんぞに入っているのだが、何度かそこで見かけたような気がする。
 まあ、そこまではいいとしよう。
 問題はその子の首筋に口をつけている女の子の方だ。
 いや、幼女といっても差し支えないだろう。
ボロボロのマントを羽織ったその幼女は倒れている女の子を抱きしめて、首筋に口付けをしている。
 だが、いったい何をしているんだ?
 初め、俺はその幼女が何をしているのか分からなかった。
 しかし、そこで俺はこの前妹に教えられた噂話を思い出したところで解決した。
「ま、まさか!」
「ほう、人がいたか…」
 驚きの声を上げたのがいけなかったのだろう。
彼女はこちらに気づき近づいてきた。
間違いない。
彼女は。
「お、お前は、桜通りの」
「知っているのか。
 そういえばずいぶんと噂になっているようだな 少々、派手にやりすぎたか」
 彼女は余裕の笑みを浮かべこちらに近づいてくる。
 だが、俺は彼女のその言葉を聞いてはっきりと確信した。
 あの噂の真実が目の前にいる。
「さ、桜通りの変質者」
 彼女は派手にこけた。
 あ、あれ、俺ヘンなこと言ったかな?
「なんだ、それは!」
 彼女はこけた状態のまま顔だけ上げると抗議の声を上げてくる。
「え、桜通りには女子中学生だけを狙うナイスバディのお姉さまな変質者が発生するって聞いたけど」
「おまえの聞いた噂は間違っている!」
「そうだよな、ナイスバディのお姉さまじゃなくて幼女だったなんて」
 誰だ。ナイスバディのお姉さまなんて初めに言った奴は。
 うん、やはり噂は当てにならない。
 俺は深く納得したのだが、彼女は違ったようだ。
 なぜだか恨みを抱えた目でこちらを見ている。
 これは、ひょっとして…
「ま、まさか、ナイスバディのお姉さまと広めたのは君だったのか。
 気持ちは分かるが君西洋系のひとだし、きっとそのうち…」
「だ・れ・が… 幼女で変質者だ!」
 く、やはり子供だ。なんて沸点が低いんだ。
 俺のせっかくのフォローを無視するなんて。
 彼女は叫び声と共に試験管を一本投げてくる。
 ふ、だが、俺も伊達に神速の健介(自称)と呼ばれているわけではない。
 そんな生ぬるい放物線を描いた試験管なんて簡単に…
「サギタ・マギカ・セリエスオフスクーリー」
 って、なんで試験管が光線になるんだよ! これは何か?
 ドッキリか?
 なぜか知らんが放物線を描くだけだった試験管は次の瞬間には粉砕され、黒色の光線へと姿を変えていた。
 俺は驚き思わず後に下がったがそこで石畳の凹凸に足が引っかかる。
 バランスを崩し、後に倒れそうになるのだが、ここでこけるわけにはいかない。
「ま、マトリクス!」
 俺は叫び声を上げながら腹筋と背筋の力をフルに使うと何とか足の裏が地面から離れないようにと踏ん張る。
それは奇しくもずいぶん前にはやった映画のごとき動きとなっていた。
 自分の胸の上をすれすれに黒い光線の群れが過ぎ去っていく。
 その一瞬後に聞こえるのは爆発音だ。
 ブリッジ一歩手前のままそちらの方に視線をやれば、樹齢五十年ほどの見事な桜が粉砕される姿があった。
「ぬおぉぉぉぉ」
 なんつうもんをこの幼女は投げやがる。
 俺は再び叫び声と共に体を起すと目の前の幼女を見た。
 彼女は多少の驚きの後、不適な笑みを浮かべる。
「なるほど、言動が一般人とかけ離れてると思ったがあの動き、やはり魔法生徒の類だったか。
 あのふざけた言葉はこちらの油断を誘うためか」
 感心しているところ悪いんですが、魔法生徒ってなんですか?
 それ食べれるの?
 心の中で疑問符を並べるのだが、彼女はこっちの心情など気にした様子などまったくない。
「まだ、学園には知られるわけにはいかないからな。
 ここで起きたことを忘れてもらうぞ」
 と一方的に宣言をして、こちらに向かって突進してきた。
 なにがなんだかさっぱり分からん。
 こんな事態になってできることは一つ。
 三十六計逃げるが勝ちだ。
 俺はくるりと体をひるがえすと、そのまま全力疾走で逃げた。
 いや、逃げ出そうとした。
 なぜ出来なかったかというと、目の前にいつの間にか女生徒が迫っていたからだ。
 なんというかロボ?
 一見人間に見えるのだが、迫ってきているその女生徒の腕は人間の者とは違っていた。
 え、なんですぐに手に目がいったって?
それはその女生徒の腕が目の前に迫っていたからですよブラザー。
「うおっ」
 思わず目の前に迫ってきた拳のせいでしゃがんでしまった。
 人間の反射ってすごいね。
 でも、反射してから思ったわけよ。
 しゃがんだら走れないって。
 しまったと思いながらすぐに立ち上がるんだけど、そうしたら普通は迫ってきた拳に当たりにいくだけだって思うよね。
 でも違った。なんせ、ロボの放った拳は、
 シュッ
 普通とかけ離れて早かったんだから。
 だからどうなったかというと、運のいいことに拳が頭の上を通り過ぎてから俺は立ち上がったわけよ。
「なっ」
「ぐっ」
 ちょうどロボの顎に俺の前頭部が当たるカタチで。
 目の前に星が飛ぶ。はっきりいってめちゃくちゃ痛い。
 なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。
 目に涙をためるがこんなところで立ち止まってはいられない。
 なんせ後には幼女が迫っているのだから。
「ぬおおおお」
 俺はそのままロボを突き飛ばすと走り出した。
 プロ真っ青な速度で俺は走る。なんのプロだかはしらないが。
 しかし、視界は不良だ。先程頭をぶつけた時の痛みで未だに涙が止まらない。
 にじむ視界の中、そんな速度で走ればものにあたるのは当たり前だ。
 俺の足は見事に何かに引っかかった。
 ガシャンと言う音とともに涙をふいてふり返れば、そこには建築同好会ががんばって造っていた建物の足場が倒れている姿。
 マズッ
 いや、確かに建築同好会の足場を崩したのはまずいだろう。
 それよりも問題なのはその足場の下敷きにロボがなっていることだ。
 ピクリともしないその姿に壊れちまったかなと心配していたが、その心配もすぐに吹き跳んだ。
 なぜなら…
「貴様、よくも茶々丸を!」
 怒り狂った幼女がそこにいたからだ。
「ちょっと待て、話しあおうじゃないか」
 確かに、あれをしたのは俺だが、けしてわざとじゃないんだ。
「従者がいなくなった私では貴様に勝てんと言うつもりか。
 笑わせるな。
 私も闇の福音と言われた者だ。
 従者の敵はうたせてもらう」
 まさに問答無用。
 幼女はこちらに飛来する。
 待て、飛来だと?
 なんで人間が空を飛んでいるんだ。
 ははは、これはきっと夢に違いない。
 何時からだ夢を見たのは?
 きっとあれだ。妹が風邪をひいたという電話がかかってきた時からだ。
 馬鹿は風邪を引かないと言う言葉の通り、馬鹿である妹が風邪にかかるわけがない。
 だから、せまりくる幼女の放つ光線だって、あたった所で…
「無事なわけねぇ」
 まさに間一髪。身を翻すと俺は幼女の光線をよけた。
 着弾した地面は派手な音を立てて弾けとぶ。
 冗談じゃないぞ。やつは俺を殺す気か。
 爆風に飛ばされながら俺に出来るのはそんな思考のみだ。
 その先にあるのは、流れのゆるいが底の深い小川が一つ。
 痛みの心配はせずにすみそうだが、服は間違い無くぬれるだろう。
 くそ、これ昨日クリーニングに出したばかりだぞ!
 ばしゃん
 しかし願いもむなしく、俺は小川の中へと突入した。
 そういえば、俺って泳げなかったよな…



 私は焦っていた。
 サウザントマスターの息子が来てから奴の血を吸うために魔力を回復しようとクラスメートの一人を襲っていたところでであったのは一人の男子高校生。
 探ってみたが、魔力や気といった力をまとっている様子は無い。
 なぜ男がこのエリアにいるのか不思議に思ったが、記憶をけそうと近づけば、おかしな言動で翻弄された。
 だが、それでも一般人だと思って甘く見ていたと今になって思う。
 力の大半が封印されていようとも自分の敵ではないと考えて放った魔法はおかしな掛け声と共にあっさりとよけられた。
 奴は一般人ではなかったかと思い直し、茶々丸に目で合図を送って襲わせれば、それも簡単によけられ、カウンターが茶々丸を襲う。
 これには確かに驚いた。しかし、それでも私は男を甘く見ていたと後になって思う。
 男が逃げ出したと思って追いかければ、それは奴の罠だったのだ。
 一流の戦士はどんな時でも周りにあるものを把握している。
 奴はここに来る途中に見つけたであろう建て掛けの建築物の足場を崩し、茶々丸を戦闘不能にしたのだ。
 幸い大事には至っていないようだが、完璧なる不意打ちの前に茶々丸は敗れた。
 しかし、あんな罠を誰がよけれるというのだろう。
 罠でもなんでも、行動する前はそこには思惑と予備動作というものが生まれるものだ。
 しかし、あの男はそんな予備動作など一切無視していきなり足場を蹴り上げた。
 茶々丸の強さは相手の動作からの先読みにある。
 予備動作のない相手の攻撃をよけるだけの技量は彼女にはなかった。
 認めよう。この男は確かに強者だ。
 それも暗殺を得意としているものなのかも知れん。
 今にして思えば、魔力や気を感じなかったのは奴が巧妙に隠していたからだろう。
 だが、私も闇の福音と呼ばれたものだ。こんなところで降伏する気はさらさらない。
「死ね」という掛け声とともに放った一撃は辛くもよけられ、奴は爆風に乗って川の中へともぐっていった。
 しかし、そこから時間が立っても出てくる様子は全くない。
 おそらく、近づいたところでばっさりと斬るつもりだろう。
 くそっ 私に出来たことは負傷した茶々丸を連れ、警戒しながらそこを去ることだけであった。

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