ヘイ、ブラザー元気か 俺は正直微妙だ。
 なぜだかさっきから頭がうまくまわんねぇ。
 突然だが、今俺は川のほとりに来ている。
 目の前にはチョット怪しげな着物のお姉さんと無表情な少年、それにおサルの着ぐるみに大樹抱えられたツインテールの友達いたりする。
 真由美さんを探している途中で少年達につかまったと思ったら、全力疾走でこんなところまで走らせられたのだが、一体何がどうなっているというのだ。


健介君は一般生徒です。第六話


 くそっ、少し走っただけなのにフラフラ度が倍増したような気がするぞ。
 これはあれか? 酸欠なのか?
 俺ももう若くねえな。
 悪いがもう限界だ。幻覚まで見え始めていることがその証拠であろう。
 少し空ろになっているであろう俺の目には日本古来の妖怪たちが勢ぞろいしている。
 少しは休ませてくれ。
 思わずへこたれてその場に座り込む俺。
 っていうかズボンが濡れて冷たい。
 川の中に座り込んだから当たり前だ。
「健介の兄さん。何やってるんだ」
 小動物が俺に話しかけてくるが、こっちとしてはこたえる気になれないのが心情だ。
 俺はさっきから腹のそこよりこみ上げてくる熱いものを抑えるのに必死なんだよ。
 やべえ、もう吐きそうだ。
「健介さん。
 まさかあなたも石化の呪いを受けてたんじゃ!?」
 俺の様子に気づいた木刀少女がそう言う。
 木刀少女よ。確かに体調は悪いが、石化の呪いって何よ?
「なんだって!
 アニキ、時間がほしい障壁を」
 しかしこっちの気持ちなど、あっちは知ったことではないのか。
 小動物が何かを言うと、少年が何かを叫び、突然回りに竜巻が立ち上がった。
 というか、俺達が竜巻の中心にいるような気がする。
「く、おれっちとしたことが予想外だった。
 まさか、健介の兄さんが呪いにかかってたなんて」
「『二手に分かれる』これしかありません。
 私はここで健介さんを守りながら鬼達をひきつけます」
 くそ、気持ち悪い。
 気分の悪い人間の前に回転物を出現させんなよ! 限界は突破した。少しでも動けば俺は吐き出すだろう。
「俺は、もうだめだ。
 すまない」
 一応、エチケットのために最後にそう継げて立ち上がり、竜巻の壁に手をついて吐こうとする。
 しかしだ。
 いくら壁のように見えても、竜巻って風(流体)なんだよな。
 そのことに気付いたのは竜巻の中に手を突っ込み、引き込まれてからだった。
「助け…」
 少年たちに思わず助けを求め振り向くが、すでに時は遅し。
 俺の体はすぐに竜巻の中へと消えた。



 おれっちがその男を最初見たときの感想は冷たい男だった。
 ネギの兄貴は多少なりにも尊敬しているようだが、おれっちはその男のことがどうにも信用ならねえ。
 しかし、今は緊急事態だと目を瞑ることにし、このか譲ちゃんを守るために敵を追ってきたのだが、相手はこのか嬢ちゃんの力を使い、百体をこえる妖怪を召喚する。
 ぐぬぬぬ。
 まさにピンチ。あせる気持ちを落ち着かせようとするが、おれっちの耳はそこで何かが水の中に落ちる音を聞いた。
 そちらを見れば、あの男がだるそうに腰をつけている。
「健介の兄さん。何やってるんだ」
 一応兄さんと敬称をつけているが、おれっちの心情としては、ふざけてんのかといったものだ。
 しかし、その言葉は次の刹那の姐さんの言葉で百八十度反転する。
「健介さん。
 まさかあなたも石化の呪いを受けてたんじゃ!?」
 なに!? 驚いて見れば確かに顔色が悪く、全体的に青い。
 しかし、するってえとどういうことだ?
 おれっちの見たところ、この男はただで自分を危険にさらして人を救おうなんていう心がけはあるとは思えねえ。
 さらに言うのなら、こいつは兄貴たちを避けている節すらある。
 しかし、こいつは死にそうな体に鞭をうって、ここまで来ているのだ。
 いったいなぜ?
 呪いをくらっているのに、未だ石にならないのはおそらくこの男の耐魔力が恐ろしいほど高いからだろう。
 医者に駆け込めば助かるかもしれねぇと言うのに。
 疑問は残るが、まずは時間を稼ぐほうが先だ。
 おれっちは兄貴に頼んで風の障壁を張ってもらうことにする。
「く、おれっちとしたことが予想外だった。
 まさか、健介の兄さんが呪いにかかってたなんて」
 毒づいたところで結果は代わりはしない。
 そこに、刹那の姐さんが作戦を立てる。
「『二手に分かれる』これしかありません。
 私はここで健介さんを守りながら鬼達をひきつけます」
 作戦としてはそれしかないだろうが、問題は刹那の嬢ちゃん一人ではこの男を守れるかということだ。
 おれっちが迷っていると、いきなり男が口を開く。
「俺は、もうだめだ。
 すまない」
 それは絞り出すような声だった。
 限界というのは本当だろう。男の顔には余裕がない。
 そいつは立ち上がると、竜巻の壁に手を伸ばし……
「!」
 その姿を見たとき、おれっちは声が出せなかった。
 そんなことをすれば、どうなるかってものは子供でもわかることだろう。
 おそらく、竜巻の中に巻き込まれ、最悪待つのは死だ。
 そして、その時になっておれっちはようやくあることに気づく。
 この男がどうして自分を危険にさらしてまでここに来たのかを。
 この男、いや、健介の兄さんは本当は冷たい人物じゃねえ。
 だが、SSWにいた当時に大切な仲間を失ったんだろう。そのために健介の兄さんの心は凍り付いてしまったのだ。
 人に対して冷たい態度をとるのは、大切なものを作りたくないから。
 大切なものを作ると、それはいつか失ってしまうからだ。
 そして、健介の兄さんは俺たちにそんな思いをさせないために、力を貸そうとしてくれのだろう。
 だが、それも限界がある。今の自分が足でまといだと分かっているから、兄さんはあんな自殺するような真似をすんだ。
 あつい、あついぜ。健介の兄さん。
 あんたの心は消して凍り付いてなんていねえ。
「助け…」
 健介の兄さんが竜巻の中へと消えていく。
 最後に兄さんがなんて言おうとしたのかは聞こえなかったが、何を言おうとしたのかは分かった。
 あの切望するような目。
 あれはきっとこう言おうとしたに違いねえ。
『助けろ。大事な人なのだろう。
 俺のような間違いはするなよ』

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