ヘイ、ブラザー元気か?
久しぶりだな。いや、本当に。
感動の再会といったところなんだが、一つ俺の問いに答えてくれないか?
ブラザーは子供の頃、鳥になりたいと思ったことはないだろうか?
少なくとも俺は鳥になりたいと思っていた。何せ彼らは空が飛べる。年を重ねるまでもなく、人間は鳥になれないことは理解していたが、それでも空を舞う憧れは持っていた。
小学生の頃は将来飛行機のパイロットになろうと思ったくらいだ。
人間は、鳥になれない。しかし、鋼の翼を持つことはできると。
しかしだ。その鋼の翼は少なくとも
「破壊シマス。破壊シマス」
こんなバグッたロボットではなかったはずだ。
田中さんはなんで飛ぶんー?
ロボットですからー。
健介君は一般生徒です。第十三話
眼下に広がるのは街の明かり。宝石を散りばめた様なその光は、通常なら溜息を漏らすほど美しく映ったかもしれない。
そう、どこかの天才が作った戦闘用ロボットにしがみつき、弾幕飛び交う戦場を飛行している状況でなければ。
なんで、こんなことになってしまったのだろう?
時間の無駄でしかないのだが、最近はおなじみとなりつつあるこの思考を俺は止められそうにはない。
少なくとも、数分前の俺の頭には、空を飛ぶ予定など無かったはずだったのに。
悔やまれるのは数分前の自分の行いだ。
その時、俺は戦場から離脱しようととある建物の屋上に身を潜めていた。
戦闘地域からでたにもかかわらず、俺を追うのをやめないロボットどもをやり過ごすためだ。
そこに潜んでから結構経つにもかかわらず、高まる鼓動と、激しい息遣いは収まりそうにない。
なるほど、命がけの鬼ごっことはこういうものかと頭の隅で考えながらも、俺はしばしの安息に身を休めていた。
しかし、俺は失念していた。どうしてその可能性に気付かなかったのだろうと。
敵は何も地上だけではなかったということに。
頭上に遮蔽物のない場所。唸るようなジェット音に顔を上げれば、一体のロボットが俺を見つめていた。
やばい、見つかったと慌てて屋上の出口に向かおうとするものの、すぐにそれは止められる。
屋上の扉、そこには一枚のすりガラスが張り付いているのだが、その向こうに人影が見えたからだ。
俺は慌てて引き返し、屋上の隅、エアコンの室外機に慌てて身を隠そうとするが、次の瞬間にはロボットの大群が屋上に流れ込んでいた。
同じ顔が何人も一人に群がってくる。まるで映画「マトリクス」の一シーンに見まごうばかりの光景だが、多勢に無勢の少数派が圧倒的に弱いことが絶望的に違っていた。
室外機の裏へとこの身を滑り込ませた瞬間、聞こえてくるのはモーター音。敵の装備しているガトリングが動いている音である。
弾丸のはぜる音が、なんとも心を揺さぶることか。
完璧に出口はふさがれた状況。圧倒的な戦力差。この状況に絶望感をもたなかったら、そいつはよっぽどのマゾに決まっている。
目の前には多数のロボット、背後は断崖絶壁。前門の虎、後門の狼とはまさにこのこと。
通りの向こうの建物の屋上が近くに見えてくるから不思議なものである。事実、ちょっと跳べばすんなりと渡れそうだ。
冷静になれば十メートル以上あるはずなのだが……
人間、追いつめられると何をするか分らないとはよく言ったものであるが、自分もその類であることを俺はその時知った。
その時、何を思ったのかはもう覚えていないのだが、俺は逃げ道はここしかないと、通りの向こうに跳ぶことを決めたのだ。
ホップ、ステップ、ジャンプといった具合で助走もそこそこに俺は宙へと身を投げ出した。
しかし、その時、予想外のことが俺を襲う。
足を屋上から離す前、飛行型が俺の目の前へと現れたのだ。
当然、俺にはそこまできて踏みとどまれるような反射神経や運動能力はない。
そんな、俺ができたことといえば、目の前のロボットに抱きつくことだけだった。
ロボットは突然の重量の変化にバランスを崩して俺もろともゆっくりだが、確実に落下していく。
地面に落ちた時、強い衝撃を受けたが、幸いにもロボットが下にあったせいで、大きな怪我はないらしい。
後になって考えてみれば、この時に限って俺は珍しく運がよかったのかもしれない。
普段の運は限りなく悪いというのに。
純粋に跳んでいれば、大怪我は避けられようがなかったからだ。それが、ロボットが現れたことによって擦り傷程度で収まっている。
予定とは違ったが、うまく脱出できたという事実を俺は噛みしめる。
ロボットは衝撃のせいか、うんともすんとも言わない。どうやら壊れてしまったようだ。
なんという幸運。今だったら神様を信じれるかもしれんと思ったのだが、そんなことは束の間だったようだ。
俺は忘れていた。やはり、俺の運の悪さは最高クラスだということを。
次の瞬間。ロボットは見事再起動を果たす。
響き渡るのはジェット音。驚いた俺にできることは、ロボットにしがみついたまま体を硬直させるだけだった。
ロボットは飛び上がる。俺をぶら下げたまま。
首に引っ掛かっているだけの不安定な状態。少しでも、生存率を上げようと、ロボットの背中に這い上がるもののそれ以上は何もできない。
それに対してロボットは何も妨害を加えなかった。ただ飛んでいるだけ。
どうやらロボットはなぜかもう俺に危害を加えるつもりはないらしい。先ほどの衝撃で命令系統に異常を来したのだろうか?
そう結論を下すのだが、その瞬間に俺は青ざめる。
だって、そうだろう。誰が壊れた飛行機に乗って楽しいと思うやつがいる。
しかも操作不能。俺にできることはこの似非スーパーマンの背中に乗ることだけだ。
「おい、降ろせ!
降ろせっつってんだろ!」
身の危険を感じて叫ぶもののそれに対する奴の答えは「破壊シマス」だけだ。
というか、こいつどこに向かってんだよ!
流れる景色を眺めつつ、その風景がどんどん殺伐としたものに変わっていくのが分かり俺の顔色は青を通り越して白色に変わっていった。
殺伐な風景とは簡単にいえば、怪奇光線が飛び交ったり、弾丸が飛び交ったりする風景のことだ。
そして、俺はもう死が近いのかもしれない。
幻覚か、遠くに刀を持った天使が見えるのだ。
なんか、その顔は過去にあった誰かに似ているのだが、そんなことを気にしている余裕はない。
なんだよ、この最終決戦場みたいな場所は。そして、そんな中をどうして俺は飛んている。
しかも、どうして、このロボットは戦場を通り抜けるならまだしも、そこをぐるぐると回っているんだ!
さらに言えば、その軌道も不安定なもの。左右に動いたと思えば、エンジン部分にまでガタがきたのか、時折エンジンが止まって、落下しては思い出したかのように上昇をする。五秒後に墜落するといわれても、悲しいことに納得できそうだ。
本当に訳が分からない。
俺の意識はもはや恐怖で途切れる寸前だ。
「おい、今髪を何かかすめなかったか!」
叫んでみるものの、答える者はいない。
そして、相変わらずの状況のままだ。このまま意識を手放した方が幸せかもしれない。
一瞬、そう本気で思うものの、その考えはすぐに払拭された。戦場に一筋の希望を見たからだ。
その一筋の希望とは箒に乗った少女のことだ。
確か、武闘会に出ていた少女たと思う。おそらく、魔法使いというものだろう。
本来なら何をもっても関わりあいになりたくない人種なのだが、不思議と今は神々しく見える。
ロボットの軌道は幸いにも、彼女の横を通るようだ。
今、叫ばなければ、俺に明日はない。
例え、情けない事だとわかっていても、自分の命の方が重要なのだ。
「おい、助けてくれ」
彼女の横を通りぬける瞬間にそう叫ぶ。
どうやら、相手にはちゃんと聞こえたようだ。
彼女はこちらに向かってサムズアップする。
そして、そのあと彼女はこちらに向かって……
こ、こちらに向かって……
こちらに……
おい、どうしてこちらに向くどころか、反対側見てんだよ!
何を思ったか、彼女はこちらにサムズアップした後に、体を翻したのだ。
これは、後で助けるということなのか?
それとも、自分でなんとかしろというのだろうか?
もし、前者だったらなんとか許してもいい。後者だった場合は『紫の目の部屋』に押し込んで、更生させてやる!
「助けてください。
誰か、助けてください!」
俺は世界の中心で愛を叫ぶように助けを叫んだ。
超鈴音との戦いは今、最終局面を迎えようとしていた。
戦況はあまりよろしくない。
防衛側である魔法先生および魔法生徒はそのほとんどが敵の新兵器によって討ち取られ、この世界の運命は一人の少年の肩にかかっているといっても過言ではない。
私は、ネギ先生の超鈴音との戦いが少しでも楽になるように、お姉さまと共に、麻帆良のそらを飛んでいた。
それにしても敵が多い。
敵の残存兵力はいかほどのものか。一体一体の戦闘能力は単調で、一般生徒でも相手できるものなのだが、こうも集まられては手が回らない。
お姉さまも少しつらそうだ。凛として美しいその顔はいつもより、生彩を欠いている。
「愛衣! あまり、離れないように。
狙われるわよ」
お姉さまの言葉に、自分の位置を省みる。私とお姉さまとの距離は思った以上に開いていた。
相手の方が数が多いときにこれはマズい。慌てて、私はお姉さまとの距離を詰める。
その間も、敵の位置確認は怠らない。しかし、ふとそんな時、私は視界の隅に何かをとらえた。
彗星のように高速で飛んでくる人影。その形状は先ほどから戦っている者たちと同じだ。
その姿を見たとき、私は敵がわの増援の先兵かと思った。
撃ち落としても、撃ち落としても減らない敵。ある程度まで数が減ると補充されるその状況に私はそう判断をしたのだ。
しかし、その姿が近付くにつれて、その判断が間違っていたことに気づく。
確かに、飛んできたのは武闘会で、えっと、その……お姉さまをあられもない姿にしたロボットと同形状のものだった。
けれども、その背中には誰かが乗っているのだ。
多分、私より三歳くらい年上だろう。黒いその学ランは確かに麻帆良学園の男子高等部のものだ。
その顔を私は知っている。
初めて出会ったのは昨日のこと、その時は包帯で顔を隠していたが、武闘会でなんと封印状態とはいえ『闇の福音』を倒した人物である。次に会ったのは、そのすぐ後に超鈴音の悪事の証拠を見つけようと地下に潜ったときだ。
その時はいつの間にか消えていたけど、その時この人の素顔を初めて見た。
その素性は知らない。が、武闘会のとき、ネギ先生が尊敬と信頼の眼差しを向けていたことから、敵ではないと思いたい。
しかし、ならばどうして、敵のロボットの背中に乗っているのだろうか。
やはり、敵なのだろうかと疑問をもつものの、それはすぐに杞憂に終わった。
私たちの相手していたロボットたちが、いっせいにその銃口を彼に向けたからだ。
超鈴音に与しているならば、そうはならないはず。
ならば、彼の乗っているロボットは彼がその制御を奪ったものなのだろう。
ということは、彼はコンピュータなどに関しての知識が深いということだろう。
しかも、彼が奪ったロボットはその動きにおいて他を圧倒している。
上下左右に自在に動き、敵を混乱させて同士討ちにもっていくその手腕は見事なものだ。
突然現れ、たった一人で大軍を蹂躙するその姿は古の英雄を彷彿とさせる。
同じ機体を使いながら、数段上の性能を引き出しているのだがら、彼は天才の名をほしいままにしている超鈴音よりもその分野において優っているということなのだろう。
その考えに至ったとき、私は驚きに身を震わせた。
しかし、目の前の光景は確かなもので、その光景に私は茫然と立ち止まってしまう。
「愛衣!」
だが、それがいけなかった。お姉さまの声に慌てて我に返るが、目の前にはいつの間にかこちらに銃口を向けた敵がいた。
回避は間に合わない。思わず目を瞑るが、そこにあの人の声が響く。
「……たすけ……」
よく聞こえはしなかったが、おそらく助けるといったのだろう。
恐る恐る目をあけると、私を狙っていたロボットは誘爆されたのか、黒い繭のようなものに閉じ込められている。
なんという手腕。彼はこんなピンポイントに相手の射撃を誘発できるのか。
相手が単調な機械といえども、それは至難の技だ。
慌てて、彼の姿を探す。彼は私が心配だったのか、こちらを見つめていた。
その姿に大丈夫ですという意味を込めて親指を立てる。
ちゃんと後でお礼を言おう。私は心にそう誓い、敵を睨んだ。
「大きな星がついたり消えたりしている……
大きい……彗星かな?
いや、違うな。彗星はバアーッと動くもんな」
などと、某パイロットの真似をしてみたけど、現状は変わらない。
俺はいまだに、ロボットにしがみついたままだった。
いい加減ここから降りたいのだが、上空何百メートルもある場所でそんなことができるはずもない。
くそ! 一ヶ月前に旅行ギフト券五十万円分が当たった地点でおかしいと思ったんだよ!
それでも諦めず、持前の生き汚なさから周りを見渡す俺の目に映ったのは空飛ぶ電車だった。
いや、可哀想なものを見る目はやめて欲しい。
別に気が狂ったとか、ついに恐怖に耐えきれずに幻覚を見だしたとか、そんなことは断じてない。
信じられないかもしれないが、路面電車がジェットをふかしながら空を飛んでいるのだ。
しかし、なぜに電車なんだ?
製作者の意図を疑う。
別に空を飛ぶんだったら、ヘリコプターや、気球など、もっと適した形状があるはずである。
あんなものを作るやつは底なしの変人だろうとは思うものの、そんなことはどうでもよかった。
問題は制御がきいている分こっちのロボットよりはたぶん安全なことだ。
幸い、ロボットの進路はこのままいけば、電車とクロスする。
おそらくここが生と死の瀬戸際なのだろう。俺が生還するにはあれに飛び移るしかない。
幸い、着地点は広い。大丈夫なはずだと自分に言い聞かせる。
電車と俺の乗ったロボットの距離は近づいていく。それにつれ、電車の全体像ははっきりしていった。
目視できる限り、着地点である電車の屋根にはもろそうなところはない。これならば、人一人が飛び移ったところで抜け落ちることはないだろう。ただ、問題があるとすれば、そこにはすでに先客がいることであろうか?
何が楽しいのか、電車の屋根には天を見上げる人間が数人。
一瞬、飛び移るのをためらうが、そうも言ってられないのも確かなことだ。
覚悟を決めると俺はその時を待った。
残り十メートル。
焦るな、それは人間の飛べる距離ではない。
残り五メートル。
まだ待て、いくらこっちの位置が高いといってもこの状態でその距離は跳べない。
残り三メートル。
これ以上、望むのは無理だろう。
ならば、不安でもいくしかないと心を奮い立たせ、俺は飛ぶ体勢を整えた。
ロボットの首に回していた腕を解いたことにより、体勢はひどく悪い。
「どけえ!」
着地点を確保するたために叫ぶと俺は跳んだ。
眼下に広がる景色を見る余裕はない。俺の見つめるのはただ一点。電車の屋根のみである。
もくろみどおりに俺の体は電車へと近づいていき、俺の視界内で電車の屋根がその存在感を増してゆく。
よし、行ける!
そう思った瞬間だった。
俺の視界から、電車が消えた。
否、電車が消えたのではない。
何かが俺と電車の間に割り込み、俺の視界を遮ったのだ。
一瞬のことに訳が分からず、俺は混乱する。そして、次の瞬間感じたのは顔面への痛み。
なんのことはない。俺がその落ちてきた何かにぶつかっただけである。
痛みに耐えきれず、伸ばしてた手を顔に持って行とするが、落ちてきた何かが遮って顔を触れることができない。
だが、そんな痛みもすぐにどうでもよくなった。
なぜなら、より大きな痛みを腹に受けたからである。
それが、電車の天井に腹からぶつかったための痛みと気付いたのはずいぶん後のことだった。
なぜなら、俺はその時、口から出ようとするリゾットを抑えるのに必死だったからである。
「美空ちゃん!
むこうの電車まで急いで!」
その光景を見たとき、私は思わずそう叫んでいた!
美空ちゃんは相変わらず「だから、美空じゃ……」とか言っているが、そんなことはこの際どうでもいい。
こっちには人の命が懸かっているのだから。
超とネギとの闘いは、どうやらネギの勝利で終わったみたいで、空中で大爆発が起こったかと思うと爆煙のなかから超が落下していくのが見えた。
それを、ネギは杖の上に立って引き上げようとするんだけど、その途中で力尽きてしまったのだ。
「ネギ! 起きて!
しっかりしなさい!」
必死で、呼びかけるて見るけど、ネギが起きる様子はない。
落下地点にはさっちゃんがやったのか、超包子の路面電車が待っているけど誰かが受け止めなければマズいだろう。
屋根の上には3−Aのみんなの姿が見える。でもその中にはネギと超を受け止めれそうなメンバーはいなかった。
こうなったら、私がするしかない。
美空ちゃんの運転する箒は相変わらず調子が悪いのか遅いけど、どうやら間に合いそうだ。
電車まで残り二十メートルを切ったところで、私は箒を蹴って電車に飛び移った。
両手を広げて二人を受け止めようと空を見上げ、ネギ達の真下になる所を探す。
でも、そこは電車位置からはズレていてで……
「!
さっちゃん! もうちょっと右によせて!」
そうすぐに叫ぶけど、間に合わないにない。
私は自分が飛べないのも忘れて、思わず屋根から飛び出そうとする。
「どけえ!」
しかし、それはどこかで聞いたことのある叫び声に止められた。
ネギ達に気を取られていて気付かなかったけど、いつの間にか電車の近くには一体の田中さんの姿がある。
そして、その背にいるのは……
それが誰か分かった瞬間、私はその場所からどいた。
すると、ソイツは田中さんの背を蹴ってこちらに跳んで来る。
奥村健介。それが、ソイツの名前。
彼は両手を広げると、ネギを抱えた超を空中で抱きしめ、電車の上へとヘッドスライディングした。
「ネギ……」
私は、すぐにネギの元へ駆け寄る。その体は本当にボロボロだけども、大丈夫だ。
「ありがとう……」
思えば、ソイツにお礼をいったのは初めてだったかもしれない。
私は、うちの居候とクラスメイトを助けてくれた彼に感謝の言葉を送った。
健介君、肋骨骨折。
→すぐにこのかに直される