ヘイ、ブラザー。元気か?
 今日はブラザーに聞きたいことが一つだけあるんだ。何を改まってと思うかもしれないが、ちゃんと聞いて欲しい。なあ、義理と自分の安全とどっちが大切なんだろうか?
 個人的には恩に報いたいんだが、それでも自分の命を懸けてもやるべきことか迷うところだ。もっとも、今回はまだ命の危険が明確にあるわけじゃないが。
 でもさ、人生平穏に過ごしたい俺としては行きたくないのよ、異世界なんて。


健介君は一般生徒です。


 霧のかかった草原の中をロープを着た集団が歩く。一見するなら巡礼者に見えるその集団は、その実魔法使い、もしくはその関係者である。納得がいかないのは、どうして俺がその集団と共に行動をしているのかと言うことだ。
「あ、兄貴。本当に大丈夫なの」
「俺に聞くな」
 瑞樹が心細そうに袖を引っ張ってくるが、泣きたいのはこっちのほうだ。ここから行く場所は、この世界とは違う場所らしい。本当にそんなものが存在するのかは眉唾物なのだが、この少年教師御一行が言っていることなのだから、本当のことなのだろう。
「あの、健介さん。
 向こうはどんなところなんですか?」
「ああ?」
 少年よ。それは俺が逆に聞きたいことだ。というか。
「お前、俺をなんだと思っていやがる。
 俺はお前と違って一般人なんだ。知るわけないだろ」
 そう、俺は一般人なのだ。ときどき非日常的な世界に迷い込んでしまう時はあるが、あくまで俺は一般人なのである。大事なことなので二度言ったがが、おい少年。お前はどうしてキョトンとした顔をしてやがる。周りの奴らを見ても同じような反応だ。というかツインテールよ。どうしてお前は今更何をみたいな顔をしてやがる。
「そ、そうですね。一般人でしたね。
 あははは」
 妙な沈黙が流れること数瞬。少年はある方向を見ると、納得が言ったといった感じで慌てて言い直す。そちらを見ると立っているのは妙齢の金髪女性。今回、少年ら一行と自分達を異界まで案内してくれるドネットさんである。彼女に何かあるのだろうか? ともかく、俺はお前達とは違うんだ。その証拠でも見せてやろうか? 懐にあるパスポートには俺が普通の日本人であることがちゃんとかかれているんだからな。そう思い懐に手を伸ばすが・・・・・・
「ネギ、あんた何言って、んぐ!」
「しっ、アスナさん。消されますよ」
 会話に割り込まれ、そのタイミングを失ってしまう。というかツインテールの台詞が終わらないうちに木刀少女が口を抑えていたが、お前はお前で何がしたいんだ。おい、なんで今までキョトンとしていた奴らもなぜ示し合わせたように「そうそう、健介さんは一般人ですよね」とか頷きあっているんだ!
「ねえ、何のはなし?
 よく分からないから、私にも教えて欲しいんだけど」
 会話に乗り遅れた瑞樹がすぐ隣のメガネの少女、確か千雨だったか?、に聞いてみるがメガネは社交性がないのかプイっと顔をそらせてしまう。そうなるとやはり面白くないのか、瑞樹は別の人間にも聞くのだが、結果は同じだ。視線をそらせ「さ、さあ」などといったから返事をされている。
 うん、でもその気持ちも分からないではないがな。だって今の瑞樹、ものすっごい目してるもん。本人は自覚してないかもしれないが、傍から見ると睨みつけているようにしか見えないぞ。それでも笑顔浮かべようとしているところが逆に怖い。おそらく、あれは近視のせいだろう。瑞樹の目はあんまりよくはない。新体操というスポーツをやる手前、いつもメガネではなくコンタクトをいれているのだが、今日はそれをつけていなかった。理由は簡単。朝寝坊したためである。だから、昨日早く眠れといっといたのだ。なんでもここに瑞樹の部活の先輩がいたらしく、昨日は遅くまで話し込んでいたらしいのだ。
「霧の中で立ち止まっていないで、歩きましょうか」
 そこで気を使ったのか、ドネットさんがみんなに声をかける。その声に促されるように俺達はまた歩き出した。


 その目に睨まれた時、私、桜咲刹那は不意に心臓が鷲づかみにされたような気がした。神鳴流の剣士として情けないことだが、今までであったどのような妖とも違う独特の迫力に気おされてしまったのだ。
 始まりはネギ先生が健介さんに向こう側の世界について聞いた時のことだった。それに対する健介さんの答えは知らないというもの。あまつさえ自分は一般人だと言い放ってきたのだ。なにを今更と初めは冗談だと思っていたが、それは健介さんの表情を見るうちに違うことに気が付き始めた。その行動をしたのは誰からだったかは知らなかったが、皆がある方向を見だす。そこに居るのはわたし達の案内役であるドネットさんだ。なるほど、健介さんの態度はドネットさんへの擬態か。それを感じ取ったネギ先生はすばやく誤魔化そうとするが、それを察していないアスナさんが失言をする。思わず手が動き、彼女の口を封じる。
「しっ、アスナさん。消されますよ」
 健介さんの表情は柔和に見えて硬い。懐に伸ばされた手には果たして何が掴まれているのだろうか? それに続くように健介さんの妹も一人一人に質問をしていく。一体何の話をしているのかと。それは友人に疑問をぶつけるような口調であったが、その表情を見たものはそれがまったくの勘違いであることに気が付くだろう。口元は確かに笑っていた。オーラもまた柔和なものだ。しかし、あの目つきは違う。獲物を狙うかのような鋭い目。その瞳に睨まれたものは恐怖に終われ目をそらし、震えた声で返事をするだけである。ああ、これは警告だ。今後一切自分たちのことを他者に伝えようとすれば、どうなるかという。そうでなければ、一人一人念を押して話しかけてくる意味はない。
 やはり、この妹のほうも油断できない。
 背中に冷たい汗を感じながらドネットさんが声をかけるまで、私たちはそこに立ち尽くした。

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