後悔とは後になってから悔やむから後悔である。その言葉を毎度の事ながら深く噛み締めていた。ここはユーラシア大陸のとある深い谷間。時折谷を通る風が強く吹き付ける場所であるが、今はそんな普段吹く風なんて比べ物にならない程の・・・・・・
 ドゴッ
 ダダダダダダッ
 チュイーン チューン
 爆風に包まれていた。ああ、どうして俺はこんなところに居るのだろうか?


 健介君はSSWです。


 それはいつものように朝、麻帆良の男子学生寮を出たときであった。目の前にあるのは黒塗りの車。中から降りてくるのはサングラスをかけたゴツイ体の男性。一見やーさんに見えるその人は残念ながら俺の知り合いだった。その姿を見たとたん俺はドアを閉め、部屋に戻ると迷うことなく窓へと向う。理由は逃げるためである。
 なぜかと聞かれれば俺はこう答えるであろう。自分の命が惜しいからですと。
 ここで一つ訂正をしておくと、あの男性が俺を直接傷つけるわけではない。基本的にあの人はあんななりだが、基本的に善人でむしろお人よしな人間である。ただ問題があるとすれば、あの人がいつも俺を死地へと連れて行かれるということだ。比喩などではない。本当の死地である。すなわち戦場。しかもただの戦場ではない。それならば少しはマシだったかもしれないが、その戦場には普通の人間が居ないのだ。魔法使いやら、ドラゴンやら、えっ? それ何処のファンタジーですかというような場所である。
 今、俺の頭がおかしいんじゃないと思った奴、ちょっと出て来い。あの場所に行けばその考えを二度としないだろうから。人生観は間違いなく変わるだろう。命の補償はしないがな。
 それに対して俺は一般人。そんな場所に行きたいかと言われればもちろんNOである。もちろん俺も行きたくない。そんなわけで俺は窓から脱出しようと思うわけだ。
 さあ、行こう。自由な明日に!
 心の中で声をあげカーテンを開ける。東南を向いている窓。布によってさえぎられた朝日は俺の部屋へと降り注ぐ。
……男のシルエットを写しながら。
「……直人さん。どうしてここにいるんですか?」
「君が逃げなければ、こんなまねしなくても済むんだけどね。
 そんな嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか」
「直人さん。この際だからはっきり言って置きますが、俺は一般人です。
 特殊な才能なんて何一つ持ってませんし、頭も悪いです」
「まあ、戦う才能はないかもしれないけど、君には指揮をする才能があるじゃないか」
 済んだ瞳で返されるその言葉に、本気で相信じていると言う表情に俺は心の中で涙を流した。いつになったらこの人たちに分かってもらえるのだろうか。思えば人生の転機は十年前のあの日だった。
 俺のうった将棋もどきをこの人たちが有用な作戦と勘違いして、将来有望な少年だと思われたことに始まる。そして、機会があるごとに何かしら意見を聞かれるようになったのだ。しかもタチの悪いことに俺の適当に言った言葉は的を得ていたらしく、どんどん深みにはまって行ったのだ。
 いや、漠然ながらもなにかおかしいかなとは思っていたんだよ。なんか会話の中になにやら物騒な言葉がいろいろ含まれていたし。気づけよとは言わないで欲しい。平和な日本に暮らしていて、そんな方向へ思考は行かない。そしてついに三年前、彼らの戦場へと連れて行かれたのだ。
「それじゃあ、時間も押していることだし行こうか。
 大丈夫、飛行機の方は押さえているから」
「人が物思いにふけている間に話を進めないでください」
「何、決まったことだ。さっさと行こうじゃないか」
「だれかー、たすけてー」
 強引に腕を掴まれる。抗議をしてみるが当然スルーされ、俺は車の中に連れ込まれた。

 うん、今思い出しても、これは誘拐だよな。近くの岩陰に伏せながらそう思う。うお、今ちょっとかすったぞ!
 現在の状況はこちらの劣勢だ。うん、信じがたい。直人さんの所属するSSWの人間は基本的に化け物みたいな強さを持っているのだから基本的に劣勢に立たされることはないのだ。それもこれも相手の一人の魔法使いのせいだろう。バックに位置する奴なのだが、こちらの攻撃がいっこうに聞かないのだ。
「おい、坊主。
 どうする。押されているぞ!」
 すぐ側のSSWの兵士、ジャックさんが俺に行ってくる。どうすると言われても、俺にそんなことが分かる訳がない。なんせ、相手にこちらの攻撃が効かないのだ。どうすることも出来ないだろう。後は相手の防御が追いつかないほどの飽和攻撃を加えるとか? 確か映画だとこういうとき……
「ジャックさん、奴の上の方にある崖を攻撃してください。
 何とかなると思います」
 何トンもある岩が頭上から落ちてくれば、さすがに何とかなるだろう……なんとかなるといいな……
 これでダメだったら、お手上げなんだが。
 ジャックさんは俺の言ったとおりに崖の上の方を狙って魔力弾を放つ。しかし、威力は足りず崖の一部を切り取るまでにはいかない。くそ、あともう少しか……
 もう一度砲撃してくれるように頼もうとするが、そこで崖が落ちずともそこから何か落ちてくるものが見えた。なんだ?
「ほう、さすが坊主だな。
 あそこに居た術者は幻術であいつが本体だったのか?
 しかし、よくあそこに術者が居ると分かったな」
 そう言ってジャックさんはがははと笑いながら俺の背中を叩く。
 彼はそう言って褒めてくれるが、それは間違いだ。慌てて否定しようとするが……
「そ、そんな、わか、げほげほ」
 余りにも強く背中を叩かれすぎて、言葉が上手く言葉が出てこなかった。しかもこちらが咳き込んでいるうちにジャックさんはそのまま去っていってしまう。ああ、このパターン。こうやってこの人たちは勘違いしたまま去っていくのだ。俺は思わずそこでorzと膝を突いた。

 やはりケンスケの奴は天才だ。少なくともその観察眼は一級品だとジャック=ダリクソンは自分が撃墜した魔法使いを見ながら思った。彼の少年との付き合いはかれこれ十年になるがその読みが外れた事はなく、彼の助言の元に戦うのならSSWは負け無しであろう。
 ただ、彼が少し気になることは当の本人が争いごとが苦手ということだった。自分の功績を誇ることがなく、むしろその戦果を否定しようという素振りがさえも見せる。とくに三年前の時はその兆候が顕著であった。彼の助言でうまくいった作戦で、本人はその助言をそんな意図で言ったわけじゃないとまで言ったのだ。
 たぶん、あれは彼が幼かったゆえの現実逃避だったのだろう。自分の発言で敵とはいえ、幾人もの人間が怪我を負ったのだ。ああやって否定することによって、心を守ろうとしたに違いない。
 争いを好まない優しい性格。そんな彼を戦場に引き込むことは心苦しく感じていたが、いまや彼はSSWに必須の戦力であり、彼は心にやるせなさをいつも感じているのだった。
「ままならぬものだな」
 同じく撃墜された魔法使いを見つめ呆然としている彼の姿を見て、ジャックは誰にも聞かれることなく静かに呟いた。

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