第一話 屑鉄カゴ

 水道をひねっても水はでない。電気もガスも同様だった。
 魔導書を読むのにも疲れ、飯でも作ろうかと思った矢先の出来事である。
「そりゃあ、そんな都合良くはないよな」
 部屋が別の場所に移って、水道管やガス管が無事にすむはずがない。部屋の外にでて、今の自室の現状を確認してみれば、ものの見事に俺の部屋だけがアパートから抜けて森の中に放置してあった。横の壁なんか思いっきり隣室の内壁である。
 隣の人、今夜どうすんだろうとか思いながら、どうしようかと考える。火元についてはしばらくは問題ない。鍋をするために買ったカセットコンロがある。ボンベも未仕様が二位本あるし、どうにかなるだろう。明かりは我慢するにして、問題は水だ。
 生きていくために水は必須のものである。それなしでは、生物は生きては行けない。幸い冷蔵庫にミネラルウォーターが2リットルほど入っていたが米を炊けば、すぐになくなってしまうあろう。水源を探しに外を散策すべきなのだろうが、どんな危険が待っているか怖くて出られない。
 魔法を使えば良いじゃないかと思う奴もいるだろうが、はっきり言おう。魔導書を読んだ位で、そんなもんすぐに使える分けないだろうと。それに、魔法を使うためにはいろいろ準備がいるらしい。とりわけ必要なのは土地からマナを取りだすための準備である。
 自分の血に浸し、術式を刻んだ杭を大地打ち込み霊的ラインをつなぐとか。しかも、仮にマナが取りだせる準備ができたとしても、周りは森だ。緑の魔力しか出ない。
 MTGでは、土地から魔力を取りだして、スペルを行使する。魔力の種類は五種類、白、青、黒、赤、緑である。その魔力を取りだす場所はそれぞれ平地、島、沼、山、森というわけだ。今俺の周りには森しかなく、つまりは緑の魔力しか出ない。それがどうして都合が悪いかというと、緑はクリーチャーとその補助に優れた色だ。自らが直接攻撃魔法をほとんど行使できないのである。ならば、護衛のクリーチャーを持てばいいのだが、緑の魔導書を開いても、そこにあるのはクリーチャーとの契約方式と契約したクリーチャーを召還する術が書かれているだけで、それ以上の内容は記されていない。つまりは、クリーチャーを召還するにも召還する対象がいないのであった。
 こんなところに落とし穴があるとは思わなかった。さて、どうするべきか? 水は二日くらいは大丈夫だ。米を炊かないこと前提ならそれくらい行ける。それまでに何か身を守る術を身につけなければならない。何か緑で良いものがあったか?
「いや、緑に頼る必要はないか」
 そう呟き手に取るのはアーティファクトの魔導書。これならば、どんな色の魔力でも困らないはずだ。中を広げるとそこにはMTGの世界に存在するアーティファクトの生成法の数々が乗っている。しかし、
「材料がねぇ」
 それらを生成するために必要なものが手持ちにはなかった。だいたい、ツキノテブクロやエーテリウムなんていう存在するかどうか怪しい植物や金属をどう用意しろというんだよ。それでも何かないかとページをめくっていく。
「これは…」
 なんとか自分で作れそうな代物が見つかった。そこに書かれているのはかかしと呼ばれるタイプのアーティファクトクリーチャーだ。シャドウムーアブロックから現れたこのクリーチャーはキスキンによって作られたかかしが魔力を持って動き出した存在である。ゆえにその材料は木や布など。これなら簡単に作ることができる。俺は早速作業に取りかかった。


「できた…のか?」
 目の前にあるのは、どう見てもガラクタとしか形容のしようがない人形。缶のごみ箱を逆さまに用いた体にクッションで作った頭、落ちていた枝でつけた手足と本当に人形と呼んで良いのか分からない物体である。
「ま、まあ、魔法をかけたら何とかなるさ」
 そう自分に言いきかせ、魔導書の中に書かれていた魔法陣の中へと動かすのだが、その反動で手がとれた。やはり、木工用ボンドで缶とくっつけるのには無理があったか。くっアロンアルファさえあれば。
 もう一回ボンドでくっつけるのは面倒だ。洗濯バサミで缶のふちとつないでおこう。
「ふう、後は呪文を唱えるだけか」
 本当にこんなものが動くのかは半信半疑だが、ためして見ないことには始まらない。ごみ箱の中に書いた術式にも、魔法陣にも不備は見当たらないし、いけると信じよう。
土地からマナを引き出し、呪文を唱えることにする。
 ポケットから取りだすのは、木片を削って作った木の杭。表面に彫刻刀でいろいろ彫ったそれには俺の血が数滴ついている。本によればこれを地面にさすことで魔力が取りだせるらしいのだが、本当だろうか? まあ、悩んでいても仕方がない。取りあえず地面に刺すとしよう。ゲームで言うとこれが、ランドをセットする行為なのかもしれない。
「ん?」
 始めに感じたのは小さな違和感。何かは分からないが、自分の体の内面に沸き立つものを感じる。これがマナと呼ばれるものなのだろうか? それを汲み取ろうとイメージするその瞬間。
「くっ」
 体の中に不快感が広がった。体の中を表面を何かが這っているような感覚と言えば一番近いのかもしれない。俺はそれにたえながらも魔導書を開き、中にあるスペルを読み始めた。その言葉に応じるように足元の魔法陣が淡い光に包まれる。その光景に興奮が隠しきれない。いつしか体の不快感も忘れていた。最後の一行を読みきる。すると一段と魔法陣が光を発した。
「いけたか?」
 魔法陣が輝きを失った後、そこに横たわる人形を見て呟く。少なくとも表面上にはなんら変化はない。しかし「立ちあがれ」と口にした瞬間、それは明らかな変化を見せた。動いたのだ。大地に手をつき、それは俺のいった通りに立ちあがる。アーティファクトクリーチャー『屑鉄カゴ』の出来上がった瞬間であった。

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