第5話 平行世界理論


「亮也。落ち着いて聞いてほしいことがある」
 それはデミオさんに保護された翌翌日のこと。一つの机を挟んで彼は神妙な顔でその言葉をいった。
「まさか、愛の告白ですか?」
「ちゃかさないでくれ」
 あまりの神妙さにボケてみるが、あっさりと切り捨てられる。少しくらいのってくれたって良いのに内心思うが、彼の顔が怖いのでやめておこう。
「それで?」
「君の世界、地球は見つかった」
「へえ、結構早いな」
 素直に驚く。次元世界がいくつあるかは聞いていないが、設定上で地球は第97管理外世界。つまりは最低97つあるということだ。しかも地球と判断するには、地球とその星を呼称する言語の操る国を特定しなければならないはずだから、実際に探す量は97にその世界の国の数を掛けたものになるはずである。
「喜ばないんだな」
「始めの流れからいって、何かあるんだろう」
 主に俺の都合が悪いほうへと。ああ、だいたいその内容には予想がついているが。
「君の提示した免許証は確認した。その住所もある。しかし……」
「しかし?」
「住んでいるんだよ。君ではいない川岸亮也がそこに」
「なんだって?」
 これは少し驚いた。そこに自分がいるとは。俺はてっきり、自分の存在がその地球にないものだと思っていたのだ。
「驚くのも無理はない。
 しかし、そこには君が自分を示すために提示したすべての条件にあう君が存在している。
 また、君の住んでいるアパートはちゃんした形で今も存在している。一部が欠けたという話しもない。そうなってくると、問題なのは逆に君が何者かと言うことだ」
「まさかクローンとでも?」
「可能性はありうる。そもそも第97管理外世界……ああ、地球のことだが、そこには魔法文明は存在しない。なのに君はそれを使っている。そんな君がこちらの誰かによってつくられ、記憶をうえつけられたということも可能性がないわけじゃない」
 まあ、確かに魔法なんてものは地球に存在しないな。すくなくとも俺の知るところでは存在しない。テレビのエンターテイメントでマジックなどをやっているが、あれは種のある手品だ。かくいう俺も3ヶ月前まで、そんなものを使えなかったが。
「いわなかったか? 俺の世界では魔法というものは秘密にするものだと。
 外に出ていないだけで、裏には存在している」
 この言はもちろんでたらめ。そんなものきっと裏にも存在しないだろう。いや、俺が知らないだけでひょとしたら存在しているかもしれないが。だが、いきなりカードが本になったというよりは、信憑性が高いと思う。
「確かに裏を調べた訳じゃないが、それでも君という存在はありえないものだ」
「それで、俺は偽者だと?」
「いや、そんなことをしてメリットの得られるものなどいない。
 自分も頭を悩ませたよ。君が誰かということを探って、君の部屋の書物も見せてもらった。まあ、そこで興味深い事実を見つけたのだが」
「興味深いもの?」
「きっかけは、君があの世界の人間か確かめるつもりで、その証拠を探していたときだ。
 君の持っている本が、本当にあの世界の本かを確かめさせてもらった」
「それで?」
「本は君の世界のものだったよ。使われている言語も表現方法も確かにその世界のものだった。
 しかし、同様の本が見つからない。いや、同じような本が見つかっているが、ストーリーが違ったり、作者のペンネームが違ったりしている。まるで達の悪い海賊版のようだが、完成度は本物のようだった」
 なるほど、こう小さなところで別世界の地球との際が出るわけか。ここの地球に別の自分がいるということは、少し予定外だったが、この管理局員がここまで調べているのなら、話しは早い。軽くてこ入れをすれば、自分の望むような結論にいたってくれるだろう。
「平行世界というものか?」
「……平行世界か。確かにそういう可能性はおおいに考えられるな。
 君の持っている免許証は偽造の類ではない。保険証にしてもそうだ。
 その可能性について調べてみよう。窮屈な思いをさせると思うが、もう少しここですごしてほしい」
「ああ、頼む。本職じゃないのにすまないな」
「なに、執務官になる練習だと思えば、どうってことない。
 じゃあ、また後でくる」
「ああ、また」
 そう言って俺はデミオさんを見送った。
 会話の流れは俺の思う方向に落ち着いている。何の問題もないだろう。平行世界の住民と思われるのならありがたい。今の自分が怪しいことくらい分かっている。魔法文明のない世界出身の変わった術式をあつかう魔導師なんてものは存在自体が胡散くさいものだ。かといって、他の存在しない世界の住人だと嘘をついたところで、ボロが出て無駄に怪しまれることになるだろう。ならば、少しの嘘がまじった本当の話しを信じてもらったほうが断然いい。
 ああ、そういえば、俺の部屋の本をあさったといっていたが、あれは見つかっていないだろうか? 言わずとしれたリリなのの漫画である。ここに来る前にちゃんと隠しておいたが、あれが見つかると、あまり良い結果が待っているとも思えない。
 まあ、何も言ってこなかったからだいじょうぶだろうが。

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