第6話 違う故郷


「よかったら、地球にいってみないか」
 ある日のこと、うちにきたデミオは開口一番にそんなことを言った。
 デミオに保護されること一月、彼に紹介された本局の清掃員の仕事が休みの日であった。
「まあ、とりあえず、お茶でも飲め」
「ああ、ありがとう」
 本局の清掃員になってから寮に部屋をもらったのだが、休日は相変わらずこのアパートへと帰ってきてる。寮の方が何かと生活に便利なのだが、この部屋の方が愛着もあるし、畑の管理があったからだ。
「なんか、ここは来るたびに畑が広くなっていってるな」
「最終的にはすべて自給自足にするつもりだからな。
 それに働いているのはあいつらだし」
 窓の外でいそいそと働いているカカシを指しながらいう。
「それだけの魔法の力があれば、局員としても働けるとおもうけどな」
「清掃員で十分だよ。それに分かっているだろ。俺はこいつがいないと何もできない」
 それとは傍らに控えている小走り犬のこと。もっともこいつがいなくとも、土地とのリンクさえあれば、魔法はつかえるのだが、そこは伏せてある。自分の力はあんまり見せないほうが良いし、土地とリンクをつなぐという行為は時間がかかる。どちらにしろ各地を飛び回る局員には向かない。
「しかし、いつみても面白い魔法技術だな。
 外部に人口的なリンカーコアをもつ使い魔から魔力供給をするか」
「最初から自分だけで魔法が使える人間には必要ないものだろう」
「でも、使えない人間でも魔法を使えるようになる」
「管理局にももうある技術だろ。アルカンシェルなんてその際たるものじゃないか」
「それよりも、単位体積あたりの出力は大きそうだ」
「技術は売らないぞ。それより、さっき地球にいってみないかって話しは?」
「ああ、上から許可が下りたんだ。亮也を地球に連れていって良いって」
 まあ、条件はあるがなとデミオはいう。条件、ね。
「本物の亮也やその友人に会わないってところか?」
「本物も何もお前も本物だろう」
 そういう言い方はやめろと彼は言う。デミオ、お前は本当にいい奴だな。
「すまなかった。
 まあ、地球の件だが、連れてってくれるというんだったら、連れていってほしい」
 平行世界の日本というものにはおおいに興味がある。それにリリなのの世界を肌で感じてみたいしな。
「なら、善はいそげだ。行くとしよう」

「うん、あまり変わらないな」
「やっぱり、故郷と一緒か?」
「ああ、やはり、平行世界。あんまり変わらないな」
 少しの違いはあるが、それは街特有の個性のようなものだろう。見かける街の風景はどこにでもあるような日本の街だ。
「なつかしいか?」
「いや、あまり」
「なぜ?」
「それはやっぱり、ここが自分の地元じゃないからかな。
 懐かしさっていうのは、過去に記憶のある場所について感じるものだ。見たことない街を見てもそういうものは感じないよ」
「そうか……」
 俺の言葉にデミオは少し落ち込む。彼にしたら俺に故郷の風景を見せるつもりで連れてきたのだろう。ならば、俺の言葉に期待が外れてがっかりしたのかもしれない。
「でも、看板とかを見るとうれしい」
「看板?」
「ああ、日本語で書かれているからな。ここが日本だと感じられてうれしいんだ」
 その言葉は彼へのフォローであると同時に本音であった。本局に勤めること一月。見るのはアルファベットのようなミッドチルダ語ばかりだ。そのことが自分が遠い来たことを思い知らされる。だが、ここは別のところだと分かっていても日本なのだ。そのことが自分を安心させるのを感じていた。
「デミオ、訂正する。
やはり懐かしいのかもしれない」
 この安心感は懐かしさからからなのだろうか。はっきりとは分からない。しかし、本局よりこちらの方が安心するということは心の何処かで懐かしさを感じているのかもしれない。
「ありがとう」
 俺は心のそこからデミオに感謝した。

「やはり、夕日はどこも変わらないものだな」
 日も傾き、帰りの時間も差し迫った頃。俺達は街を見下ろす高台に来ていた。
「俺は他の世界のことはあまり知らないが、そんなものか」
「ああ、変わらない。
 武装隊はなどんなところにでも呼びだされる。いろんな世界にいったが、夕日はどこも変わらない」
 そう語るデミオの目はどこか遠くを見ていた。夕日というものに何か思い入れがあるのかもしれない。
「今日、お前に黙っていたことが一つある。
 実は、今日お前をずっと監視していた」
「監視?」
「ああ、お前がここの自分を殺してなり変わるのを防ぐためにな」
「そんなの……」
 やるわけないとは断言できなかった。もうすでに俺のいるこの世界には俺の居場所はない。少なくとも法的にはそうだ。俺の持っている免許証は何の意味を持たないし、店の会員カードは紙くずだ。だが、ここに住んでいる俺がいなくなったらどうだろうか。ここの俺が持っていたものをすべてを、居場所を手にいれることができる。だが……
「やるわけないとは言えない。
 けどそれはきっと虚しいだけだ」
 そう、たとえ居場所を奪うことができても、そこにいる人達は俺にとって偽者だ。母さんは母さんではないし、父さんは父さんじゃない。
「それを聞いて安心した。
 心起きなく上に報告できるよ。お前は問題ないって」
「分からんぞ、未来の執務官を前に猫を被っているだけかもしれない」
「ちゃかすな。上の判断によっては、この世界に自由に行き来できるかもしれないんだぞ」
「それは……」
 驚きと共にデミオを見た。俺がたとえ自分を殺さないとしても、自分とばったり会うということもありえる。そうしたら管理局にとって都合が悪いことこの上ないだろう。今回はデミオがついていたから特別だったと思っていた。
「まだ決まったわけじゃないがな」
「楽しみにしているよ」
 そう言って笑うデミオに俺はそう笑い返した。

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