第九話 弟子二人

 地球の日本の小学校では夏休みはいる七月。辺境世界にある自分の家の庭で、俺は二人の生徒を迎えていた。
 片方はもちろんアリサ。もう片方は管理局から派遣されたシルフィである。アリサのことは説明不要だろうからシルフィのことについて紹介しようと思う。シルフィは去年管理局の非戦闘員として入局した十四歳の女の子である。もともとは魔導士になりたかったのだが、自分の魔力のなさに諦めたのだそうだ。そこに聞かされたのはリンカーコアを必要としない魔術体系。過去抱いた魔導士への憧れを忘れられず上司に掛けあって、俺の元に来たらしい。そのためにやる気は十分に見れる子だ。
 いや、しかしこの日を迎えるまで長かった。彼女達に教える内容をまとめることや、訓練場の選定もそうだが、何よりも問題なのはアリサの四者面談だろう。
 え? 3者面談じゃないかって? はは、それが返事を聞こうとアリサの家にいったとき、待っていたのはアリサパパだけではなかったのだよ。戦闘一族の長。悪魔の父親がそこにはいたのだ。おそらく怪しい人間(俺)を警戒して護衛に雇われたのだろう。いやー、あれ程のプレッシャーは過去に経験したことはなかったな。話し合いの末、俺のことを認めてくれたようだが、その後に同席させてもらった夕食の味はまったく覚えていない。ともかく、そういう苦労の末にこの場があるわけだ。
「さて、それでは記念すべき最初の授業を始めたいと思います」
 木に立てかけた黒板の下、かしこまった口調で話し始める。
「それでは、雑用A。礼のものをここに」
「なんだ、その雑用Aってのは。
 それとAがいるならBもいるのか?」
 雑用Aもといデミオはそういいながら俺の書いたノートを五つ持ってくる。
 その五つのノートは、俺が作成した魔導書だ。それぞれがMTGの五色にあたり、基本と共に記してある。
「さて、俺の使う魔法には五つの属性がある。
 まずは、自分がこれから学ぼうと思う属性を選んでもらおうか。
 ちなみにアリサはこれな」
 そういって彼女に渡すのは赤い本だ。
「どうして私は決まっているのよ」
「いや、だって。赤が似合うんじゃないかと」
 ほら、魔法少女バニング・アリサとか見てみたいし。
「どういう意味?」
「さて、シルフィはどれがいい?」
「ちょっと」
「師匠命令だ。納得しろ」
 アリサはまだ何化かいいたそうだったが、口をつぐむ。
「あの、いいんですか?」
「かまわない。で、シルフィは何がいい?」
 困惑した表情で俺達のやり取りを見ていたシルフィいだが、そんなものかと納得すると「緑でお願いします」と返答をした。
「よし、色が決まったところで、講義を始めよう。
 まずは一ページ目を開いてくれ」
「……あの、亮也さん」
 しかし、授業を始めようとしたところで、おずおずとシルフィが声を掛けてくる。
「なんだ?」
「読めません」
「読めない?
 うわ、そうか」
 失念していた。書いたノートはすべて俺の直筆。つまりは日本語である。
「ああ、すまない。ばんしょうするから、必要な場所は書きこんでくれるか?
 デミオ、授業をデバイスで記憶しといてくれ、後で彼女に渡したい」
「了解。任せとけ」
 デミオにそう言うと、改めて授業を始める。最初に話す内容としては緑が対象を強化することに長けていること、赤が砲撃魔術(直接火力)に長けていることなどこれから使う色の特性。次に魔法の種類だ。MTGにおいて呪文は大きく分けて五つの種類に分けられる。
クリーチャーを呼びだす呪文。 
自分のターンのみプレイ可能なソーサリー呪文。
どのタイミングでもプレイできるインスタント呪文。
恒久的に能力を発揮続けるエンチャント呪文。
装備品などの道具を作りだすアーティファクト呪文。
もちろん、これらをそのままゲームのように説明するわけにはいかないから、ソーサリーやインスタントは呪文の行使に時間がかかるとか即座に行使できると言いなおしている。
「さて、次に魔法を行使するときだが、この魔法体系では魔法を行使する場合、その魔力を森などの土地やアーティファクトなどからとりだす」
「森から? 初耳だぞ。
 確か前はその犬がいなけりゃ、なんにもできないって言ってなかったか?」
「土地から引き出すには手間がかかるんだよ」
 疑問をぶつけるデミオに対して答える。土地からマナを引き出すことを黙っていたのは確かだが、今の言葉に嘘はない。それに、マナを取りだすために打ち込んだ杭から二キロ離れれば使えなくなるのだ。
「さて、それぞれの色のマナだが、とりだせる土地は決まっている。
 赤なら山、緑なら森だ。そして、そこからマナを取りだすにはこの杭が必要になる。
 作り方は次のページの通りだ。さっそく作ってみようか」
 そう言って、あらかじめ用意した木の杭を彼女達の前に差し出した。作り方はいたって簡単。術式を彫刻刀で彫って、そこに自分の血を垂らすだけだ。刻む文字も多くないし、一時間も立たずにそれらは完成する。それを見計らい、二人に指示をする。
「できたようだね。なら、シルフィはそれを大地に挿して、アリサはこれを使ってくれ」
 アリサに渡すのは冷鉄の心臓。パスをつなぐために血をそれにもつけてもらう。シルフィは地面に杭を挿す瞬間。アリサは冷鉄の心臓に血をつけた瞬間に何かを感じたのだろう。身じろぎをした。
「さて、今自分の内側に何かを感じたと思うが、それが自分とマナソースをつなぐパスだ。
 魔法を使うときは、そこからマナを引き出して行使する。だけど、必要以上のマナを引き出すとマナバーンとよばれるダメージをくらうから注意してほしい。
 それじゃあ、アリサから始めてみようか」
 アリサに術符を渡す。術の内容はショックと呼ばれる火力だ。
「術符の作り方は後で教える。まずは、魔法を使用する感覚をつかみ取ってほしい。じゃあ、やってみて。
 マナソースのつながりからマナをだすイメージを持ってマナを引き出し術符に通すんだ。
 必要なマナ数は一。ほんの少しで言いから」
 目を瞑りアリサが集中し始めた。彼女の内面に魔力が生まれるのを感じる。しかし、
「まずい、魔力が多すぎる」
 必要なマナは1マナ。しかし、彼女から感じるのはそれ以上、3マナ以上の魔力だ。さらに苦しいのかアリサ自身も油汗をかいて、必死に何かにたえている。
「アリサ、とにかく術符に魔力を通して、前方に放つイメージを持て」
 叫ぶように声をあげる。彼女は懸命にそれにしたがって、術符に魔力を通し始めた。だが、それは過剰すぎる魔力。このままでは術が崩壊する。
『魔力消沈』
 彼女が術を放とうとする寸前、俺も魔法を行使した。術の内容はカウンター、魔法を打ち消す魔法だ。ただし、この魔法はマナを余剰に払わせて、払えなければ打ち消すというもの。今回要求したマナは2。つまり、ちょうどショックを行使できるだけの魔力が残る。
 アリサの術式が完成する。彼女の手のひらから雷撃が放たれ、若木を切り裂いた。
「成功したの?」
「いや、失敗だ」
 荒い息をしたアリサにそう言った。
「引き出す魔力が多すぎる。今のは余剰なマナを俺が抑えたから何事もなかったんだ。
 それを見ればわかるだろ」
 指差す先にあるのは真っ二つに割れてしまった冷鉄の心臓。これではもうマナを引き出せまい。
「それは本来、ショックが一発打てる程度しかマナを引き出せないんだ。だけど、余分に魔力を引き出した結果壊れてしまった」
「そう、あれで出しすぎなんだ。壊してしまってごめんなさい。
 なんだが、マナが一気にあふれてきて、必死で抑えたんだけど」
 抑えた? アリサの言葉に首をかしげる。
 どういうことだろう? 彼女の言を信じるならば、あれらのマナは彼女が意図的に出したのではなく、勝手に出てきたということの様だが。俺自身が行使しているとき、不快感を感じたことはあったが、マナソースが暴走することはなかったはずだ。それにその不快感も使用を続けるうちになくなってきたし。そんな風に疑問を思っていると、デミオが横から口を挟む。
「やっぱり、お前の術式って制御が難しいんだな?」
「難しい?」
 自分では分からないが、そうなんだろうか。
「うーん、だって、お前の場合自分じゃないものの魔力を使っているわけじゃないからな」
 俺達の場合、あんな風に暴走することないしなとデミオは付け加える。いや、でもカートリッジシステムとかはどうなんだ? あれも他人も魔力を使ったりすると思うが。
「ああ、あれか。ベルカ式に使われている奴。
 でも、あれは魔力から属性を抜いた上に、元が人の魔力だろ?」
 カートリッジシステムの詳しい設定を聞いたことはなかったが、デミオの話しを聞いていると確かに俺の使う魔法体系は制御が難しいようだ。魔法の行使自身は簡単に教えられると思っていたのだが、その予想は外れてしまったらしい。カリキュラムの変更を考えなければいけないだろう。
 しかし、良く俺も一発で成功したな。最初に屑鉄カゴを作ったとき、今のアリサのようになっていたと思うとぞっとする。
 背中に冷たいものを俺は感じた。

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