第十一話 隠された箱


「で、亮也さん。
 賭けの商品をもらってもいいかしら」
 それは管理局のランク認定試験が終わった翌日のことだった。いつもの様に稽古をつけるために迎えにいくと、彼女は開口一番にそう言った。ちっ、覚えていやがった。
「まさか、いまさら教えないなんてことはないでしょうね?」
 アリサさん。目がとても怖いです。そりゃあもう、思わずさん付けしてしまうほどに。しまったな。やっぱり、もう少しいい訳を考えて来れば良かった。昨日は何も言ってこなかったし、忘れているかもといった希望的観測はするものではない。
「やっぱり、話さないとだめ?」
「ええ」
 ああ、なんてきれいな笑顔で肯いてくれるんだ。こちらの方を少しは気遣ってほしい。
「敗者は勝者に従うものでしょう?
 それにそっちから言いだしたことじゃない」
 だめおしの一言。確かにこちらから賭けを提示したのに対価を払わないのは何とも情けない。
 いいかげん覚悟を決めることにする。
「いいけど最後まで話しを聞かなかったり、怒ったりしないでくれよ」
「内容にもよるわね」
「そこは肯いておくところだろ。
 とりあえず、あの世界に言ってから話すよ」
 そう言うと懐から一枚の術符をとりだしマナを通す。その瞬間、俺達は光に包まれた。

「さて、まずはお茶でも飲んで落ち着いてくれ」
 自宅の部屋の中、一つの机を囲んでアリサと向き合う。アリサは少し落ち着かない様子であたりをきょろきょろしていたが、差し出されたお茶に素直に口をつけた。
「どうした?
 この部屋がそんなに珍しいか?」
「いや、珍しいというよりも、あまり珍しくないから」
「そうか? お嬢様にはこんな狭い部屋は珍しいかもと思ったけどね」
「四六時中広い部屋にいるわけでもないでしょ。
 それよりも、問題なのはそれらでしょ。特にそこの本棚」
 彼女が指すのは棚が五段ある鉄製の本棚。並べてあるのは漫画とラノベなどで、専門書の類はない。
「あれがどうかしたか?」
「何で日本語ばかりなの?
 いえ、それどころじゃないわ。ここにある部屋のものはみんな日本のものといってもいい」
「中国製のものも混じっていると思うが」
「そういう意味で言っているわけじゃないわよ」
「もちろん分かっていっている」
「殴るわよ」
 アリサは頭に青筋を浮かべると、すぐさま握りこぶしを作ってみせる。あいかわらず沸点が低い。
 降参という具合に俺は両手を上げた。
「まあ、その理由は賭けの答えに関係合ったりするんだけどな」
「どういうことよ」
「だって俺、日本人だもの」
「なに、じゃあ漂流者って、地球から漂流してきたの?」
 ああ、そういえば、一番最初にそう説明していたな。彼女と初めて会った時のことを思いだす。あのときもこんな風に問い詰められていたっけ。そのことを懐かしく思いながらも「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」と答える。
「もう、どういうことなのよ」
「それに答える前にだ。平行世界って分かるか」
「平行世界? ああ、もしもの世界って言うあれ?
 知っているけど、それが……」
 彼女はそこで何かに気付いたらしい。口をつぐみ俺のほうをじっと見る。
「今、地球には俺と同じ姿をした亮也という人間が住んでいる。
 なら、ここにいる亮也はどこから来た人間だろうか?」
「……平行世界?」
 確かめるように呟くアリサ。その言葉に俺は大きく肯く。
「きっかけが何だったのかは分からない。あるとき俺はこの一室と共にこの場所に飛ばされた。
 来た当初はどうしようかと思ったよ。周りは森だかけ、人はいない。ライフラインも絶たれて半年は孤独に暮らした。
 しかし、あるときだ。狩りから帰ってきた家の畑にはデミオの奴がいた」
 もっとも、奴はさんざん畑を荒らしてくれていたがな。
 それから、奴に保護された俺は現在のように暮らしているわけだ。
「平行世界ね。次元世界でも驚きだったのに。
 でも、それが賭けの答えとどう関係あるの」
 彼女の疑問ももっともな話。さて、どう話したものかな。
 悩みながら視線をめぐらせていると、目に止まるのは本だな。ある考えが浮かぶとそこから一冊の本を取りだし彼女の前に差し出した。
「例えばだ。ここに一冊の本がある」
 表紙描かれているのは頬に十字の傷跡がある高校生。フルメタルパニックの第二巻。中に書いてあるのは現代を舞台としたロボットSFアクションである。
「中身は現実に起きないようなフィクションだ。だが、もしもの話」
 平行世界のどこかには、この物語りの登場人物によく似た人達が暮らしていると思わないか?
「ちょっと待って、ひょっとして……」
「他の平行世界に来た事はないから、この本の世界がどこかにあるとは断言できない。
 なぜなら……シュレディンガ―の猫だったかな。あれで猫は死んでいるか生きているかは箱をあけてみないと分からないように、そんな世界に行った事はないから分からないからだ」
 俺の言葉にアリサはごくりとつばを飲み込みこんだ。しばしの沈黙が部屋に横たわる。だがそれも少しの間だ。覚悟を決めたのかやがてアリサは口を開く。
「ねえ、亮也はミッドチルダという世界を、いえ、私達の住んでいる世界を物語りの中で知っている?」
「ああ」
 肯いてベッドの下。詰まれたAMAZONの箱の一つを取りだす。中にあるのは3冊の漫画と一冊の小説、大判の設定資料集に2枚のDVDだ。そのうちDVDの一枚を取りだしてパソコンの中にいれる。自動読みこみが終わった後、MP3プレーヤーを選択し、起動させる。再生されるアニメに現れるのは髪を両サイドで結んだ小学生の女の子だ。
「これ…」
 そのアニメの少女が誰であるのか彼女は気付いたのだろう。現れるタイトルロゴはリリカルなのは。本当ならいい年した大人がなんでこんなアニメ映像を持っていたり、漫画を持っていたり突っ込まれる所であるが、彼女は呆然とそれを眺めている。
「この物語りの内容がこれから起こるのかは分からない。だけど、アリサ=バニングスという少女は存在するし、アリサにも高町なのはという友人もいるだろう?」
「亮也が私に地球で魔法を使わせたくないのは……」
「この物語りの主人公であるアリサという少女は普通の地球の人間として出てくる。今の君とはかけ離れた人物だ」
 どう言ったらいいか分からないといった顔でこちらを見つめてくる。その目に映る物は不安だろうか?
「この物語りは三部までつづくが、基本的にハッピーエンドで終わっているんだ。
 そこで、俺の言いたいことは分かるか?」
「……私が何かしたら、あるべき未来が変わるということ?」
「違う。あるべき未来なんていうものはない。そんなことは誰も決めていない。
 存在するのは君がこのまま何もしなければ、未来はこのように収束する可能性が高いということだけだ」
 もちろん、アリサが介入することによって、未来はこのエンドよりも良いほうに転ぶ可能性はある。だが、問題なのはアリサが介入することによってこの未来より悪い終わりが待っているかも知れないということだ。
「ここまで教えた以上、俺は君にどうしろとは言わない。なんならそのDVDも貸したっていい。
 だが、君がこのことに介入する気なら、そのときに起きるリスクを考えて行動してほしい」
 その言葉にアリサは黙りこむ。彼女はどのような結論を出すだろうか。分かっているのはそれがすぐには出そうにないということだ。小学生の女の子にはあまりにも重い問題。だけど彼女は選択しなければいけない。例えこの世界が俺の持つアニメの世界に酷似していても、この世界は紛れもなく現実であり、彼女もアニメの登場人物ではない。自分の未来を選択するのは自分でしかないのだから。
「ゆっくりと、考えるといい。
 お茶が冷めてしまったな。いれなおしてくるよ」
 俺はそう言うと席を立った。彼女が自分の納得いく結論を出せるように願いながら。

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