第十三話 無印開始

「今日の帰り、フェレットを拾ったわ」
 アリサの家の一室、俺にあてがわれた部屋にやってきたアリサは初めにそう言った。
 無印本篇が近づくにつれて、俺の活動拠点は次第に第97世界へと移していった。その新たな拠点として選ばれたのはアリサの家である。家賃はただ。社会人として下宿費を払うと言ったが、講義料だと言われて断られてしまった。まあ、俺の今の収入ではこの部屋に対する正しい対価を払えるとも思えんが、それでもこちらの心も配慮してほしいものだ。世間的に教え子の家に止まらせてもらう教師ってどうよ?
 ちなみに俺は今無収入というわけではない。ちゃんと仕事はしている。来年度から陸士学校で試験的に開講される神河式魔法科の準備がそれだ。神河式魔法とは俺の使っている魔法体系の名前である。いつまでも俺の使っている魔法体系だと使い勝手が悪いので命名した。語源はMTGのエキスパンション、神河物語から来ている。というわけで、アリサのひもになっているわけではないということをプライドにかけて宣言しておく。
「そうか、ついに始まったか。
 それで、今夜見にって見るか?」
「ええ、なのはがもし危なくなったら、助けないとね」
 見に行くとはなのはがジュエルシードを初めて封印する現場である。今日、アリサ達が拾ったというフェレットは実はただのフェレットではない。スクライヤー一族のある少年が魔法で姿を変えたものだ。彼の目的は自分が発掘したジュエルシードというロストロギアがこの97管理外世界にばらまかれてしまったためにそれを回収するというもの。アニメでは彼が今日、なのはに魔法の力をたくし、彼女にジュエルシードの封印をさせるはずである。
 だが、まだ日がくれるまでには時間がある。それまでにすることは……
「まあ、特にはないか」
「何が?」
「いや、何でもない」
 術符も十分あるし、時間までのんびりとしておくか。

「おうおう、やってるね」
「……」
 民家の屋根の上に立ち、眼下の様子を一望する。そこではなのはとジュエルシードによって産まれた魔力体が戦っていた。軽口を叩く俺に対してアリサの方は静かだ。きっとなのはのことが心配なのだろう。手をぎゅっと握りしめてなのはから片時も目を離そうとしない。
 その間にも戦いは続いている。なのはに向かって魔力体が突進していった。それを見た瞬間、ありさは不意に飛びだしそうになるが、すぐに顔を悔しそうに歪めながら立ち止まった。
「そんなに心配なら、手伝いに行ったほうがいいんじゃないか」
 その様子が見ていられなくてそう提案してみるが彼女はゆっくりと首を振る。
「いいえ、それじゃあなのはのためにならないし、計画に支障がでるわ」
 何かに耐えるような声だった。それ故に彼女の覚悟が伝わってくる。「いいのか」とは言えなかった。彼女の心は決まっている。今更俺が何かを言った所でそれは変わらないだろうし、何より彼女のその思いに水をさすことをしたくなかった。
「なら、お前の友達を信じてみろ」
 安心させるように彼女の頭をなでる。最初は驚いたように身じろぎしたが、そのままなされるがままにして彼女は戦いを見守っていた。
「リリカル、マジカル、ジュエルシード・シリアル21封印」
 彼女のやわらかな髪の感触を堪能している間に戦いは終焉したらしい。なのはは魔力体へと砲撃を放ち、ジュエルシードを封印する。遠くに聞こえるのはパトカーのサイレンの音。それに気付いたなのははその場を慌てて去って行った。ここにいて、警察のやっかいになるのも面倒だ。俺達もここを離れるとしようか。
「そろそろ行くか?」
「ええ、そうね」
 アリサの同意をえて屋根から飛びだす。眼下の地面に赤いランプが点滅しているのが見えた。
「うまくいってよかったな」
 空を飛びながらアリサに離しかける。
「あったりまえよ。なんたって、わたしの友達なんだから」
「良く言うよ。はらはらしていたくせに」
「うるさいわね」
 彼女は恥ずかしそうに顔をそむけた。

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