第十六話 のぞき見

「紹介するわ。亮也よ」
「どうも、川岸亮也です」
 いやー、こんな日がいつか来るやもしれんと思っていたが、思った以上に早かったね。
 場所は月村邸。目の前には三人の少女。昔なら考えられないようなシュチエーションだが、現実なのだからしょうがない。初めて会うなのはとすずか二人に適当に当たり障りのない自己紹介何ぞしてみるとなのはからは無邪気な声で、すずかからは控えめな声で挨拶をかえされた。
「あの、亮也さん」
「ん、なにかな?」
「えと、亮也さんはアリサちゃんとどういった関係なんですか」
 なのはからくるのはもっともな質問。そりゃあ、友達が見たこともない男を連れてきたら、疑問に思うよな。月村邸に来たときも探るような目で見られたし。
「ああ、俺とアリサの関係ね。
 アリサから何か聞いてない?」
「いえ、アリサちゃん明日もう一人連れて行くからよろしくって言うだけで……」
 アリサの方を見ると、面白そうな目でこちらを見ている。こいつ窮地に陥る俺を見て楽しんで嫌がるな。
「ふ、実をいうとアリサと俺は親が決めた許婚なんだ」
 だもんだから意趣返しに、そんなことを二人に向かって言い放った。直後に聞こえるのは悲鳴のような驚きの声。アリサの方は絶句している。その間の抜けた顔ときたら。その表情を見ただけで溜飲はさがる。
「ちょ、何言ってるのよ!
 二人とも嘘だから真に受けないで!」
「え、嘘?」
「そうよ、すずか。こんなのと許婚なわけないでしょ」
 こんなのとは酷いことをおっしゃる。軽くへこむぞ。だが、そんなことを知ってか知らずかアリサは俺に向かってまくし立てる。
「ほら、あんたもちゃんと訂正しなさいよ!」
「うん、嘘だ。と言うことにしておこう」
「ちゃんと訂正しときなさいよね。誤解されるでしょ!」
「はいはい。嘘ですよ。俺はアリサのいとこでね。こいつが普段どういう感じか心配になって見に来たんだ。ほら、こいつ意地っ張りだから、友達とちゃんとやっているか心配で」
 いとこなんていうのはもちろん嘘っぱちである。というかこの世界に俺の肉親などいるはずがない。
「あら、すずかに綺麗なお姉さんがいるって言ったらついて来るって言ったくせに」
 さっきのしかえしか、今度はアリサがそんなありもしないことを言ってきた。というか、アリサ。ここには奴がいるんだぞ。そんな俺の死亡フラグ的なものを立てないでくれ。奴が聞き耳を立てていたらどうするつもりだ。すぐに訂正しなければ。
「確かに、美人は目の保養になるが、恋人同士の間に入るほど無粋じゃないつもりだ。
 純粋にいとこの様子を見るためだ」
 すばやくそう言い放つと周りの様子を探る。ふうとりあえず大丈夫のようだ。背中に冷や汗をたらしながら、何も周りに何も変わった様子がないことを確かめると、俺は静かに息をついた。


 猫と戯れる女の子三人を見つめる男。文字にすると変質者のようだ。
 まあ、癒されるから別にいいんだけどね。心の中で割り切り、紅茶のカップに口をつける。
 しかし、アリサもああ見ると普通の女の子だな。その成熟した精神と大人顔負けの弁論術を持っている故に忘れそうになることを再認識する。まだ幼い少女達は猫をかわいがりながら、他愛もない会話を繰り返していた。もっとも、そこには普通の少女など一人もいなかったりするのだが。
 魔法使いが二人に吸血鬼が一人ね。
 心の中で呟く。すずかが吸血鬼がどうかはまだ未確認だが、間違いないと思う。
 そこはかとなく黒のマナを感じるし。大地だけではなく、すべての人や動物にもマナ(性格にはオドだろうが)はある。それが強いか弱いかということに差はあるが、それが恐らくMTGでいうクリーチャーの色なのだろう。最近、魔法の使用を繰り返すうちに身に付けたスキルである。
 ということは、すずかには畏怖(主に黒のクリーチャーが持つ限定的なアンブロッカブル能力)などの能力も通じないのだろうかね。一番、そういうのに弱そうに見えるから意外と言えば以外である。まあ、すずかの場合は黒だけではなく、白も混じっているから邪悪な印象を受けないかもしれないが。
 そんなことを思っていると、なのはの動きが止まるのが見えた。そして心ここにあらずと言った表情で、虚空を見つめている。アリサの方を見ると彼女は俺に向かって無言で頷いた。
「ユーノくん」
 机から飛び降りたフェレットになのはが叫ぶ。その後、二三ことどもりながらユーノを探すというと彼女は森の方に走って言った。それを見て、俺も立ち上がる。
「一人だと大変そうだから、俺も追いかけるよ」
「亮也……」
「ん?」
「なのはのことお願い」
「任せておけ」
 アリサの目をしっかりと見つめ返し、答えると俺も森の中へと入っていった。とはいっても、なのはに追いつくつもりはさらさらないが。懐から、このときのために作った術符を取り出す。そのカード名はのぞき見。ゲームでは相手の手札を見るカードだが、この世界では相手の視界を得る及びと意識の表層を軽く感じ取るという効果で現れる。
 術を発言させた瞬間、現在の視界にダブって巨大な猫の姿が映った。心に響いてくるなのはの感情は驚き。そりゃ、目の前に巨大な猫が現れれば普通そうだろう。だが、その映像と心の響きもつかの間。術符の効果が消えたのか、視界は元の通りに戻った。
 さすがにインスタントスペルはこんなものか。エンチャントでない限り、永劫に効果を発揮させるのは無理だろう。つまりは、もっと近づかないとダメということか。
 再び懐から術符を取り出すと、青マナ二つを支払って発動させる。術符の名前は不可視。その名前の通り、俺の姿は周りに溶け込み消える。注意深く観察しなければ分かるまい。自らの姿が消えたことを確認すると、俺はなのはのいると思われる方へ足を進めた。
 戦場に着いたとき、それはまさになのはが撃墜される瞬間だった。急いで駆け寄るが、それよりも前にユーノが魔法で優しくなのはを受け止める。大きな怪我はないだろう。フェイトはそれを見届けると、猫を倒してそこに宿るジュエルシードを手早く封印する。そしてそのまま彼女はそこを去っていった。
 ユーノは彼女が去るのを見届けると今度ははじかれたように走り出した。おそらく助けを呼びに言ったのだろう。俺はユーノが見えなくなったところで、なのはに近づく。たしかアニメだと腕に包帯を巻いていたか……
『勇士の再会』
 念のために回復呪文をかける。淡い光は彼女を包みこむ。これで大丈夫だとは思うが如何せん人に回復呪文をかけたことがないので分からない。
「まあ、ここに何時までも寝させとくわけにもいかないしな」
 俺はなのはを抱きかかえると、月村邸へと歩き出した。

- 目次 - - 次へ -

inserted by FC2 system