第十七話 温泉にて

 言うなれば、これは被害妄想なのだろう。走行する車の中で静かに思う。
 この居心地の悪さは、自分の一方的な苦手意識によるものだと。
 事実、俺以外の人物は何事も気にせず、楽しそうにしているし、特に自分に敵意が向けられているわけでもない。
 ただ単に初対面の時の印象が悪かったせいで、勝手に身構えてしまっているだけなのだ。
 俺こと川岸亮也は高町士郎の運転する車の中、彼の家族とアリサ達と供に温泉宿へと向かっていた。
 こうしてみると、高町家と月村家、そしてバニングス家はその子供達だけではなく、家族同士も仲が良いのだとあらためて確認する。そうじゃなければ、こんな風に合同で旅行など行わないだろう。ただ一つ納得がいかないのは、それならどうしてあまり関係のない自分もこんなところにいるのだろうかという事だ。
 アリサは俺をなのはとすずかに従兄弟だと紹介していたが、そんなものは知っての通り真っ赤な嘘だ。それを士郎さんは知っているのに、俺をアリサの保護者代理として参加することに何一つ言わなかった。信用されていると思いたいが、実際のところはどうなのだろう。実は俺の動向を探っていて、後でデビットさんに伝えようとしているとか。
 ありえそうで困る。そのことを想像すると余計に気分が悪くなった。
 このような居心地が悪いことを予期して「陰から見守るから、安心しとけ」と遠まわしに旅行を辞退したのに「あんなに側にいたのにこの前はなのはが怪我したじゃない」と返されれば何も言えなくなる訳で。
 ともかく、そんなことで俺はこの旅行に参加していた。

 渡された鍵で入った一人部屋でやれやれと荷物を下ろす。夕食までは各自自由ということで、大多数の人は風呂へと行っている筈だ。アニメだとそこにアルフも着ているはずだが、実際のところはどうなのだろうか? 後でアリサに聞いてみるのもいいかもしれない。ユーノをどうするかも気になるところだ。
 さて、やることもないし、夕食までどうするかね。露天風呂に行くのも手かもしれないが、正直今はあまり行く気にはなれない。この宿の周りの土地からマナを引き出せるようにしておくのが、一番だろうか?
 そう思い、かばんから木の杭の入ったケースを取り出し、外へと出かけた。
 宿の周りはよく言えば自然が豊か、悪く言えば何も無いところだ。都会の人から見れば癒される光景であるかも知れないが、もともとは田舎育ちである自分はそういった感慨はない。特に気にせず宿から百メートルも離れていない場所、川のほとりに杭を打ち込む作業を始めた。
 杭を押し込んだ瞬間に内側に感じるざわめき。最初の頃はおっかなびっくりだったが、この作業と感覚にもだいぶなれた。思えば、かなり遠くに来てしまったと思う。
「懐郷か……」
 あまり気にしていないつもりだったが、この田舎の空気にやられてしまったのかもしれない。分布する木の種類も、川の大きさも、木漏れ日の感覚も、似ても似つかないはずなのに。
 あの森で過ごしていても感じていなかった寂しさをここで感じるとはおかしな話だ。
「亮也くん」
 そんな寂しさに浸っていたのがいけなかったのか、背後に近づいてきた士郎さんには声を掛けられるまでまったく気付きもしなかった。おもわず体がびくりとしてしまったが、気を取り直して振り返る。
「驚かしてしまったかい?」
「ええ、あー、いや……」
 その問いかけに頭をかきながら、川へと視線を背けた。
「すまないね。君の姿が見えたものだから、つい気になって。
 こんなところで何を?」
「まあ、しいて言うなら魔術の準備ですかね」
「……何か良くない兆候でも?」
「まあ、職業病のようなものだと思っていてください」
 その言葉をどう思ったのか、士郎さんはそれ以上そのことについては触れてくるような様子はない。
 ひょっとしたら、過去にボディーガードをしていた経験から何か共感する部分があったのかもしれない。もっとも、別の重要案件には追求してきたのだが……
「最近、なのはの様子が少しおかしいんだが、何か知っていることは無いかな」
「……知っていると言えば、知ってます。
 でも、それは本人に聞いてみた方がいいのでは?」
 そのことを聞かれることは、想定していなかったわけではない。この旅行で一緒になるときから、何処と無く常人とは違う気配を持つこの人が、彼の疑問の答えを知っている自分にそのような問いかけをしてくるのはないかという予感は少しだがしていた。
「自分から、言い出すまでは待とうと思ってね」
「なら、どうして俺にその質問を?」
「それでも親として、娘が何に巻き込まれているのかを知りたいと思うのは、当然のことじゃないかな?」
 親ゆえに自分の子を信じ、親ゆえに自分の子を心配するか……
 果たして、俺がいなくなって俺の両親はどうしたのだろうか?
「あえて言えば、ここじゃない世界に足を踏み入れてしまったというところでしょうか」
「それはどういう意味かな?」
「最近おかしなことが起こっているでしょう。海鳴で」
「あの木の事件のことを言っているのかな?」
「ええ、それをあの子が解決しています」
 そう言った瞬間、士郎さんの眼光が鋭くなったような気がした。
「それは、魔法が関係しているのかな?」
「そのようですね」
「……その口ぶりだと、君は関係なさそうに聞こえるんだが」
「事実、関係はありません。
 彼女にその力を与えたのも自分じゃなければ、事件の発端も自分じゃありませんし。
 自分だってつい先日気付いたんですから」
 これはダウト。それにこの事件がおきることは確信に近い形で予想していた。
「なのはちゃんがいつも連れているフェレットいるでしょ。
 あれが、深く関っているようです」
 その言葉をどう受け止めたのか、士郎さんはしばし考える素振りを見せた。勘の鋭そうなこの人のことだ。その辺りは怪しいと踏んでいたのかもしれない。
「まあ、危険そうなら、自分がなんとかしますよ。
 それとも、何をしているのか問い詰めてみますか?」
「なのはをあまり危険にさらしたくは無いのだが……」
 本人の意思を尊重してやりたいといったところか。それでこの話は終わりをむかえた。

 桃色の魔力光が迸る上空に黒色の影が走る。その手にあるのは大鎌。水平に振り下ろされたそれは、なのはの首筋に触れる寸前で止まった。真夜中に起きたなのはを追うと目撃したのはそんなファンタジックなアクションだ。毎度の事ながら派手な光景になぜ誰も気付かないのかを疑問に思ってしまう。まあ、こんな情景を目撃したとしても、それを人に伝えたところで嘘呼ばわりされるのは決まっているだろうがな。
「しかし、強いな」
 その光景を見て、呟く。自然にその言葉が出てくるほど、フェイトの実力は圧倒的だった。なのはこれに一月もしないうちに勝たなくてはいけなくなると考えると、果たしてそれが本当に可能なのだろうかと考えてしまう。そうしてみると、アリサがなのはを陰ながら見守ろうと言った選択は正しかったのだと思う。これで俺達が手伝っていたのなら、二人の差はその時までに埋まることはより難しくなっていただろう。
「三対一、ベストの状態ならか……」
 今の状況でフェイトに勝てる状況を考えてみる。圧倒的な速さに立ち向かう方法は物量に頼るしかないだろう。カカシを大量に並べて壁にし、こちらに近づけないようにするしかない。フェイトの相手をするにしてもこれなのだから、果たしてアリサの望みをかなえるならどうすればいいのだろうか。
 遠ざかるフェイト、立ち尽くすなのはを見上げながらそう思った。

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