第十八話 ずれ

 思えば、その日は朝から運が悪かった。
朝食の皿をひっくり返したのを初めとし、神河式魔法科に使う教科書の原稿は見事デリート。バックアップはとってあったが、数時間の労働時間を無駄にしてしまった。自分の不注意と言えばそれまでなのだが、それはもしかしたら今日の晩に起こることを軽く暗示していたのかもしれない。
 その日の夜、俺とアリサは夜の街へと繰り出していた。無論飲みにではなく、なのはとフェイトの様子を窺うためだ。今日、この日は二人がジュエルシードを取り合いしたために、次元震が発生した日である。この日出かけるとき、俺は心に隙があったのだろう。この世界がアニメの世界ではなく、現実のものであることをどこかで失念していたのかもしれない。
 結界により隔離された夜の街を駆ける二人の少女。なのははフェイトにジュエルシードを必要とする理由を問うが、フェイトはそれを黙殺する。故になのははジュエルシードをフェイトに素直に譲ろうとはしない。なのはは暴走するジュエルシードの暴走体を封印するために魔法を放つが、フェイトも同時にジュエルシードへと魔法を放った。
 そして、どちらも譲らない彼女達が放つ魔力光はジュエルシードへとぶつかり、それは起こった。
 その時、俺が感じたのは恐怖だった。それは命を脅かされる生物が持つ本能的な警鐘だったのだろう。二人の強大な魔力を受けたジュエルシードはそれほどまでに強力な力を放っていた。
 あれはまずいものだ。
 ここに居る誰もがそう感じただろう。原作ではフェイトがその小さな両手でジュエルシードの暴走を押さえていたのだが、彼女は驚きと戸惑いと共に空で立ち尽くすだけだ。しかし、それも仕方がないだろう。アニメと現実の違いを取ったとしても、今そこにあるジュエルシードは原作とは程遠いほどの街一つ吹き飛ばすほどのエネルギーを持っていたのだから。
 俺はまだ、遠くにいたから比較的冷静でいられた。しかしその間近にいる彼女達が受けている圧力はいかほどのものだろう。ひょっとしたら死を覚悟したのかもしれない。今の彼女達にはあれを抑えることは出来たない。原作とは違う展開。これがバタフライ効果と言うものであろうか。俺という異分子がその原因である可能性は非常に高かった。
 まだ生きたい、早くあれを何とかしろ。往生際の悪い本能が理性にそう告げる。そう考えたときに俺の手は術符を握っていた。土地から魔力を引き出してすぐにそれを発動させる。
『時間停止』
 その瞬間、俺以外の者は一瞬にして動きを止めた。
 青のインスタント魔法。その効果はターンを終了するというもの、しかし現実ではこの通り本当に時間を止める力がある。とはいっても、それはそんなに長い時間ではない。秒数で言えば0.5秒にも満たない短い時間だ。だが、そのコンマ数秒の時間が何よりもありがたい。
 続いて握る術符の名は『時間の伸張』。青のソーサリーカードで発動したプレーヤーが追加の二ターンを得れるというものだ。
『時間の停止』が解け、周りのモノがいっせいに動き始めるが、その動作は非常に遅い。いや、俺の時間が加速されているといった方が、恐らく適しているだろう。『時間の伸張』によるものだ。
 その間に俺はジュエルシードへと文字通り飛びついた。
 熱いと感じたのはホンの一瞬。やがて魔法の効果が消え、正常に戻った時間の中で感じたのは激痛だった。
 頭がどうにかなってしまいそうだった。ダメだと分かっているのに、それを離してしまいたくてしょうがない。痛みに犯され何がなんだか分からい思考の中、胸の中で何かが弾けるのを感じ、俺は意識を失った。

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