第二十一話 からかい

「アリサちゃん、亮也さん」
 荷物をまとめ、次にアースラへとやってきたとき、出迎えてくれたのはなのはだった。その横には薄い茶色の外套を羽織った見なれない少年が見える。
「なのは、なんでこんなところにいるの?」
 アリサは心底不思議そうにそう聞くが、理由は確認するまでもなく知っている。あのDVDの通りなら彼女は民間協力者としてこの艦に乗っているのだ。
「わたしは、民間協力者として事件が終わるまで手伝おうと思って。
 それでアリサちゃんも来るって聞いて迎えにきたの」
「ありがとう。
 それで、こちらの彼は?」
「ええと、この子は……」
 そこでなのはが言い淀む。まあ、確かにフェレット状態でのことがあるし、これがユーノということは言いづらいだろう。
「その、驚かないでね。
 この男の子はユーノくん」
「へえ、なのはの飼っているフェレットと同じ名前なのね」
 顔色を伺うように話すなのはにアリサはそう返す。その顔は笑顔だが、事情を知っているものには分かる。あれは獲物を見つけたときの悪魔の笑みだということを。大方なのはとユーノをからかうつもりだろう。
「こんにちは、アリサ=バニングスよ」
 何事もないかのように自己紹介をし、右手を差し伸べるアリサ。ユーノはその手を見つめながらなんとも居心地の悪そうな顔をしている。
「えーと、ユーノ=スクライアです」
「これからよろしく。
 でも、ユーノなんて本当に奇遇ね。なのはから聞いてるかもしれないけど、この子、あなたと同じ名前のフェレットを飼っているの。
 それで、とっても人なつっこいのよ」
「あ、あの」
「特に、なのはと仲がいいわね。小動物ってお風呂が嫌いなはずなのに、なのはと一緒に入ってるっていうんだから」
 その瞬間、なのはとユーノの顔が真っ赤になった。アリサはそれを見て唇の端を吊り上げながら、不思議そうな顔で聞く。
「あら、どうしたの二人とも、急に真っ赤になって」
「ア、アリサちゃん。あのね、それはユーノくんがユーノくんって知らなかったから」
「こ、これには本当に訳が……」
 一斉に言い訳やら何やらをはじめるなのはとユーノ。やばい、その慌てっぷりが見ていてものすごく面白い。ああ、でもこの辺で止めといた方がいいのだろうか。欲望と師としての義務とを天秤にかけると、何とか義務に心が傾く。こんな面白い状況を止めるのも忍びないが、なのはとユーノが恥ずかしさで倒れないうちにと「アリサ、その辺にしとけ」と声をかける。
「なによ、せっかく面白いところなのに」
「いや、確かに面白かったが、かわいそうじゃないか」
「いや、亮也さん。面白いって、止めるんだったらそういうこと言うのをやめましょうよ」
 すかさず飛んでくるユーノの突っ込み。さすが突っ込み役、声の張りが違うな。そんな風にいらないことを考えていると、ユーノは何かに気付いたらしい。愕然と表情で恐る恐る聞いてくる。
「ひょっとして、からかわれた?」
 その言葉に俺とアリサは一斉に肯く。
「えっ、アリサちゃん。ひどいよ!」
「あら、なのは。私は嘘は言ってないつもりだけど。
 一緒にお風呂に入ってることは本当じゃない」
「そ、それは、ユーノくんが同年の男の子だと知らなかったから。というかアリサちゃん、いつからそのこと知ったの?」
「ああ、それは……」
 アリサがこちらをちらりと見てアイコンタクトをする。
「それは、俺の方から。いや、ユーノの苗字がスクライアって聞いてな。
 だったら、フェレットの姿は魔法で変身した姿で、本当は人間に姿じゃないかって」
 その意図を理解して、俺は言葉を続けた。
「でも、ユーノ。あんたどういうつもり?
 フェレットのつもりをして、一緒にお風呂に入るなんて」
「い、いや、それはなのはがどうしてもっていうから」
「あら、なのはって大胆ね」
「アリサちゃん!」
「でも、そんな風に裸を見られたら、責任は取ってもらった方が言いと思うけど」
 アリサはそこまで言うと意味ありげにユーノを見た。
「せ、責任って?」
 意地悪そうな笑顔を浮かべるアリサにユーノが唾を飲み込む。
「それはもちろん、お嫁さんにしてもらうとか」
「アリサちゃん!」
 そこまできて、とうとう我慢しきれなくなったのか、なのはは両手を上げてアリサに飛びかかる。アリサはそれをバックステップでかわすと、そのままターンをして楽しそうに笑いながら走り出した。なのははそれを必死になって追いかけて行く。
「若いなー」
 通路の角で曲がり、その後ろ姿が見えなくなるまでそちらを見ながら呟く。うん、実に若い。自分があんな風に追いかけっこをしたのは果たして何時だっただろうか? 覚えがない。
 まあ、そんなことは別として、何時までもここにいてもしょうがないし、そろそろ移動するとしよう。割り当てられた部屋に行くべきだろうが、おそらくその案内役であろうなのはアリサを追いかけていってしまった。そして、もう一人の案内役も……
「け、結婚……」
 この様だ。焦点の合っていない目でどこかを見つめ、ぶつぶつと何かを呟いている。
「もうしばらく、この場にいるしかないのかね」
 結局ユーノが正気に戻るまで、しばらくそこでつったって居ることになったのだった。

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