第二十三話 決戦の前

 海上での一件の後、俺達は家への一次帰宅が言い渡されいた。久しぶりにバニングス家で過ごす中、ある日庭先に傷だらけの狼が迷いこんだ。フェイトの使い魔、アルフである。青色の宝石を額に埋め込んだその獣を俺は丁重に抱き抱えた。こうなることは予測していた。あらかじめ用意していた部屋へとアルフを連れていくき、ベッドに寝かせる。その扱いは人間へのそれ、素体に使われているのが使い魔だろうが、人型になれ知性もあるのだ。アニメのようにケージにつないでおくのはどうというものだ。
 きれいに拭いた傷口に消毒をした後、回復魔法をかけておく。見た目はひどかったが、傷はたいしたことはない。倒れている原因も衰弱がほとんどだ。寝ていれば自然と良くなるだろう。一通りの治療をした後電気を消し、部屋の外へと出た。
「どうだった?」
 廊下に出てすぐ声をかけてきたのはアリサだった。ここに居るということは治療の間ずっと廊下で待っていたのだろう。
「一応、消毒と回復魔法をかけておいた。
 そのうち目を覚ますだろう」
「そう、よかった」
 アリサは胸をなでおろす。明らかにほっとしたその顔に自然と笑みがこぼれた。
「どうしたのよ、そんな風に笑って」
「いや、ただアリサはやさしい子だなと思って」
「な、なによ、目の前にけが人が居たら、心配するのはあたりまえでしょ!」
 頬を赤くするその姿は見ていて楽しい。思わず笑い声が出てしまう。アリサはそれが気に食わないのか、怒ってますよと言った感じで睨みつけてくるのだが、いかんせん迫力が足りてない。でも、あまり笑うのもかわいそうだろう。
「まあ、それよりこれからのことを話しあうとしよう。
 食後のお茶など一緒にいかがですかなレディー」
 そう言って話を切りかえるのだが、今度は逆に笑われた。やはりこんなきざな台詞は自分に似合わないらしい。だけどアリサは笑いながらも「ええ喜んで」とこちらが差しだした手を取った。さすがお嬢様、その姿は実に様になっている。滑稽な自分とは雲泥の違いだ。
 まあ、妙な乗りはここまでとして、さっさと話しを始めるようと歩き出す。途中で見つけたメイドさんにお茶の用意を頼むとバニングス家の1階、南側にある一室へと入った。アンティークな家具がおかれている部屋の中、高く詰まれた漫画本が浮いているこの部屋はバニングス家で俺がつかっている部屋である。
 部屋の中央におかれたテーブルを囲む椅子を一つ引くと、アリサに促す。
「ありがとう」
 彼女はそう言うと、そのような行為になれた様子で椅子に座った。それにタイミングを合わせ、少し椅子を押す。初めての動作だったが、うまくいったらしい。彼女が椅子を引きなおす様子はない。そのことに安心しつつ、向かいの席へと座った。
「さて、このままお茶がくるまで待っても良いけど……」
「これからのことを早く話しあった方がいいわね。
 いつ、アースラにアルフのことを伝えるか、それが問題よ」
 腰を落ち着けた後、すぐに口にするのはこれからのこと。アルフのことは重要懸案である。
「なるべく、アニメの方にタイミングを合わせた方が良いと思う。
 俺がこれに関わっていることの誤差は、この前のことで明らかだからな」
「そうね」とアリサはその言葉に同意をしてみせた。
「確かにこの前みたいのはごめんね。
 誰かさんが怪我をするし」
「そのことはもう蒸し返すなよ」
「なんどでも、言いたくなるわよ。
 ほんっとうーに心配したんだから」
 力を込めて言うアリサに、そっとため息をつく。実はアリサのこの話は実に十一回目である。この前できりが良い数字だったから、もう言わなくても良いじゃないかと思う。
「その件は十分に反省してるよ。問題はこれからどうするかだろ。
 アルフのことは管理局に伝えることは決定だ。タイミングは明日の夕方あたりがベストだけど……」
「問題はどう言い訳するかよね」
 そう、これから一日間、事件の重要参考人を見つけておいて、連絡しないと言うのはさすがに怪しすぎるだろう。疑いは晴れているとはいえ、ついこの間までジュエルシードの事件を黙認したんじゃないかと疑われているんだ。そんなことをすれば、せっかく晴れた疑いをまたかけられてしまう。
「総合的に考えて、明日の朝までが限度だろうな。
 今日なら、夜遅かったから連絡を控えたとも言えるし」
「まだ九時も過ぎてないから、その言い訳も苦しいと言えば苦しいけどね」
「しょうがないだろう。それともよりいい案があるとでも?」
 アリサにそう聞き返すが彼女からきっぱりと返って来るのは「ないわね」というすがすがしいまでの一言だった。
「だよな、もう少し考えれば良い案もあるかもしれないが、ここら辺りが限度のような気も……」
 トントン
 とそこで、俺の台詞をさえぎるように、部屋の扉がノックされた。おそらく先程のメイドさんがお茶でもいれてきてくれたのだろう。
「ちょうど良い。しばし休憩するか」
 俺はそう言うと、部屋にメイドさんを招きいれる。トレーにのって運ばれてくるポットとカップ。暖かそうな湯気をたてている。それらを片手に俺達はしばし休憩するのだが、しばらくたっても結局良い考えは思いつかなかった。
 
「フェイトを助けて欲しい」
 翌朝、管理局にアルフの存在を告げた後のことだった。これらの事件に関る主な人物、なのは、クロノ、エイミィ、アリサに俺を加えた尋問でアルフはそう言った。彼女の口から語られるのは、フェイトの母親、プレシア=テスタロッサがフェイトへと与えている虐待の実情だ。それを聞く皆はあまりいい顔をしていない。こんなことを聞かされれば当たり前だ。もっとも、ここに居る皆がかなりのお人よしということもあるのだろうが。
「聞く限り、これらの話に矛盾はないようだ。僕達は艦長の命があり次第、プレシア=テスタロッサの捕縛に切り替えるだろう。
 なのは、君はどうする?」
「わたしは……
 わたしはフェイトちゃんを助けたい。
 ある不参の思いと、それからわたしの意志。フェイトちゃんの悲しい顔はなんだか私も悲しいの。
 それに、友達になりたいって言う返事を聞いていないしね」
 そう言ったなのはの顔には強い意志が宿っていた。
「なのは……だったね。
 こんなことを言えた義理じゃないけど、フェイトのことをよろしく頼むよ」
「うん」
 彼女が返事をするのをアースラのモニター越しに見ながら、俺は話がアニメ道理に進んでいくことに安心を覚えた。これからどうなるかは分からない。これが現実である限り、絶対というものはありえないのだから。それでも、俺の力の届く限り全力をつくそうと考えている。
「アリサ……」
「なに? 亮也」
「なのはに負けないよう、俺達もがんばろうな」
「ええ」
 アリサの力の篭もった返事を聞きながら、俺は決意を固めた。

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