第二十七話 願い

 今日も調べ物は上手く言っていなかった。魔導書のページをめくっても都合のいい魔法は見つからない。
 果たして、リーンフォースを救うはあるのだろうか。ここまで見つからないと、心がくじけそうになる。
 一番最初に考えたのは闇の書の防衛システムの完全破壊だった。だが、そもそも防衛システムは闇の書の特殊能力から生み出されるクリーチャートークンのようなもの。たとえこの世から消滅したところで闇の書自体を破壊しない限り、生み出され続けられるだろう。
 ならば、闇の書からその能力を取り除いたらどうだろうか? これもすでに考えていた。しかし、クリーチャーから能力を取り除く魔法はあっても、アーティファクトから能力をなくす魔法はない。起動型能力(コントローラーが発動を決めれる能力)を封じるものならあるが、防衛システムはそのコントローラーが止めれないのだ。おそらく誘発型能力(ある条件によって誘発される能力)だろう。
 あとは、闇の書の本来のデータを見つけ出すことなのだが、無限書庫でも見つけられないものを見つけれるとは到底思えなかった。
「ねえ亮也、いる」
 それでも諦めずにさらに本を読み進めていると、学校から帰ってきたアリサが俺の部屋にそう言いながら入ってきた。それに対して俺は「ああ」と魔導書から目を離さずに答える。
「人が訪ねてるのに、こっちを見ないのは礼儀に反するわよ」
「ノックもしずにドアを開けるのも、礼儀に反するだろ」
「ちゃんとノックしたわよ。
 気付かなかったのはそっちでしょ」
 こっちに寄ってくるアリサにそう言い返すが、逆にむっとした声で言い返された。
 そこまで言われて、俺は本から顔をあげ、アリサの方を見る。そこには目じりを不機嫌そうに吊り上げた彼女の姿がある。気付かなかったが、どうやら本当にノックはあったようだ。長くアリサと過ごす中で、アリサが不機嫌になるイコールこちらに被害があるという方程式をすでに学んでいる俺はそのことを認め「すまない」と素直に謝った。
「謝るのはいいけど、最近こん詰めすぎよ。
 食事の時以外、部屋にこもりっぱなしじゃない」
「仕方がないだろ。時間がないんだから」
「それは分かっているけど、でも……」
 そこでアリサは口ごもった。先ほどとはうって変わってしんなりとした態度だ。まるでアリサらしくない。
「どうした変なものでもくったか?」
「どういうことよ、それは。
 あんたのことを心配したらいけない訳?
 そのうち体を壊すわよ」
 あきれたように言うアリサ。彼女は俺の読んでいる本を奪い取ると閉じて机の上に置いた。掌は本の上に置いたまま。渡す気はないという意思表示だろう。アリサは自分では認めていないが頑固者だ。こうなったら、当分本は読めないだろう。
「自分の体は自分がよく分かってる。大丈夫だよ。
 それより、なんか用だったか?」
 一応言い訳のようなことを言ってから、彼女がこの部屋に入ってきた理由を聞く。
「ああ、うん、ちょっと魔法を見てもらおうと思ったんだけど……」
 そう言うアリサの言葉は弱い。大方こちらのことを気にして言うのをためらっているのだろう。確かに今しがた休ませようとしているのに、面倒を見てもらうということは矛盾している。そんな躊躇しているアリサを見て俺は椅子から立ち上がった。
「いいぞ、実戦もある程度なら付き合うぞ」
 最近は魔導書ばかり読んで、アリサの魔法を見てやらなかったのも事実。ここらでフォローくらい入れとかなければ師匠としてダメだろう。 だが、アリサは立ち上がった俺を見上げると顔を横に振り、ためらいがちに言う。
「ああ、うん、でも、やっぱりやめとくわ」
「遠慮すんな。頼りなくても俺はお前の師匠だぞ」
 そう言って大きく胸を張って見せると、彼女は小さくため息をついた。
「だったら、座学だけでいいわ。実戦なんかしたら、倒れちゃいそうだし」
 そう言うと彼女はそばの椅子へと腰掛けた。まあ、実戦はこっちとしてもあまりやる気はなかったし、彼女に習って腰をおろすと口を開いた。
「それで、こっちは何も用意してないが、なんか聞きたいことでもあるか?」
「いきなり聞かれても困るけど。そうね……
 夜の一族について聞いてもいいかしら」
「それは本人に聞けって言わなかったっけ?」
 以前、口を滑らせて言ってしまったとき、彼女にそう言ったはずだ。俺はすずかにまったく関係のない赤の他人。その他人が秘密をしゃべるのは筋が通らないだろう。
「だいたい、察しはついてるつもりよ。
 黒の魔法を勉強し始めてから」
「その予測が当たっているかどうかは、本人に聞いて確かめた方がいいと思うけどな。
 だけど、その予想が当たっていたとして、お前はどうするんだ?」
 アリサは賢い娘だ。夜の一族というものが黒のクリーチャーに多い不死者の類であることは想像がついているのだろう。だから気になった。そういう人から外れたモノに対してアリサがどう接するのかが。
「どうって聞かれても、変わらないつもりよ。
 だってすずかは友達なんだし」
「彼女がたとえ人とは違っても?」
「もちろんよ。それにだからこそ亮也も黒の魔法を覚えさせようと思ったんでしょ」
 そう言って彼女は俺の目を真正面から見つめた。その瞳は俺のことなど見通しているとばかりに輝いていた。その瞳に耐えられなくて、視線を下に背ける。
「所詮、力なんて使いようよ。黒の魔法には生贄とかそういうものを使うのが多いけど、結局それは使う人によると思うの。
 どう? 間違ってる?」
「いや、間違いじゃないと思うよ。
 確かに黒の魔法は強力だが不吉なものが多い魔法だ。そもそもが悪魔との契約するように、対価として何かを捧げて願いをかな…え……?」
 ふとそこで何かに気付き、俺は言葉を止めた。
『願い』
 自分自身の言ったその言葉に対して不意に思い浮かぶものがあったのだ。
「どうしたのよ。急に黙っちゃったりして」
 アリサが言葉を掛けてくるが、そんなことはどうでも良かった。今はこのことを確かめることの方が先だ。
 ポケットの中から転送魔法を使うために符を取り出す。
「アリサ、俺はちょっと魔導書を取りに『家』に行って来る。
 夜の一族についてはすずかに直接聞け。そこまでわかっているならいいだろう」
 それだけ言い残すと俺は魔法を発動させた。
 視界が真っ白になった後、目の前に現れるのはジャガイモ畑とカカシの群れ。後は俺の本拠地とも言える切り抜かれたアパートの一室だった。そのドアを開けると中に入る。ここ二週間当たり来てなかったせいもありどこか埃っぽい。それを気にせず備え付けのキッチンを抜け、部屋に入ると本棚の横に立った。その中にはまだ読み終えていない魔導書が数十冊ある。あの呪文サイクル。目次だけを流し読みし、その項を見つけると、むさぼるように目を通す。
「はははははははっ」
 あまりの喜びに声がでた。できる、この方法ならリーンフォースを助けることは可能だろう。
 ただそこにある不吉な一行が気になったが、そんなことは別にどうでも良かった。

『彼は権力を願ったが、それを濫用するための長寿を願い損ねた。』

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