第三十話 鉄槌の騎士と刈り取りの王 後編

 思えがこれが、魔導士を相手取った初めての戦闘だったのかもしれない。
 相手の隙を窺い、四体のカカシを前方に待機させると、慎重にヴィータの出方を見る。
 彼女が取り出すのは四つの球。それらを上に投げ上げると、鉄槌を振りかぶり打ち付ける。その瞬間白い球は赤い魔力を纏い、こちらを襲う魔弾と化した。
 それを見て俺がカカシに下した命令は回避。防御などという愚行はさせない。あのように高速に移動する弾を正面から受け止めて、カカシが無事でいる可能性は低いだろう。
 迫り来る魔弾、カカシは回避にひとまず成功したが、それはすなわち魔弾がカカシの背後へ、つまりは俺の真正面へと通り過ぎたことを意味する。普通なら、俺も回避すべきなのだろう。俺の防御力で、ヴィータの魔力弾を受け止めるのは自殺行為だ。だが、俺はあえてそれを避けなかった。
 次の瞬間、俺と魔弾との距離が果てしなく近くなる。だが、近くなるだけだ。その距離は決してゼロになることはない。ギリギリのところでそれらは俺の脇を通り過ぎていった。
 確実に当たると予想していたのだろう。ヴィータの顔が驚きに染まる。それもそのはず、彼女の目からは直前まで魔弾が俺に当たるコースを描いていたのが見えたはずだ。それが急に横へとそれたのである。誰であろうと不思議に思うのだろう。
 だが、あえて言わせてもらえば、それは間違いだ。魔弾は最初からそれていたのだから。そのタネは俺がバリアジャケット代わりに自身へと張っているエンチャント魔法、ゼフィドの抱擁である。これにはエンチャントされている者に飛行能力の他にも被覆能力を持たせるのだ。
 被覆と呼ばれるそれは呪文や能力の対象にならないという能力である。それを実現しているのは俺の周囲にはられた光学的、魔術的なジャミング。ヴィータの目からは直撃コースに見えたそれらは、光の屈折による虚像だったわけである。
 だが、この結果を予想していたとはいえ、背中に冷たい汗が流れる。肌に感じる風圧が、その威力を物語っていた。そのことが心の中に恐怖を誘うが、そう怖がってはいられないだろう。今、ヴィータが驚きで思考を停止している間がチャンスなのだから。
 回避行動を取らせていたカカシをいっせいにヴィータへと差し向ける。狙うは四方からの一斉攻撃。上下左右、狙い通りカカシはヴィータへと辿りつくが、

 ピシンッ

それらの振りかざした爪は彼女の張った衝撃にあっさりと受け止められた。しかし、その状況も長くは持たない。先に根をあげたのは俺の操るカカシだった。力を加える状況を保てなくなったカカシ達が一斉に離脱する。それに対してヴィータは鉄槌を振り上げ、一番近いモノへと追い討ちをかけた。

 バキッ

 達磨落としを崩すようにバラバラになって落ちていくカカシ。たった一撃でその威力。真正面からやりあうべき相手ではないと再認識する。ガチンコでやり合えば負けることは確実だろう。
 ならば、絡めてで攻めていくだけだ。
 頭の中ですばやく作戦を組み立てると、三体のカカシに密集させ彼女の正面から攻撃させた。彼女のこちらへの視界をさえぎった直後、手に握るのは一枚の符。赤と黒のマナをそれにつぎ込むと、発動させカカシの背後へと解き放つ。
「散れ!」
 発動するのは『荒廃稲妻』、それがカカシの背後に差し迫った直後、カカシを一斉に三方へと散らせる。急きょ彼女の視界に現れるは雷撃、カカシによってギリギリまで隠されたそれを彼女に避ける手段はない。
 彼女はそれをもろに食らった。だが、バリアジャケットのおかげだろう。見た限りダメージは大きそうではない。だが、
「なにをした。てめぇ」
 彼女は不可解そうに、そして不機嫌そうに言葉を吐く。
 おそらく体に起きた異常に戸惑っているのだろう。
 荒廃稲妻。それはダメージと共にディスカードをさせる呪文である。ディスカードの現実での効果は分割思考のリソース低下だ。
 優れた魔導士になればなるほど、同時に魔法を扱うマルチタスク技能は必須となってくる。荒廃稲妻によるディスカード効果はそのマルチタスクを行うために必要な分割思考能力を阻害するのである。
 これにより、ヴィータは普段より同時に扱える魔法の数が減るはずだ。時間が経てば元に戻るが、無論その時間を与えるつもりはない。彼女がどの魔法にどの程度、思考のリソースを割り振っているかは知らないが、これで手数は明らかに減るだろう。今がチャンスとばかりにカカシを彼女へとぶつける。だが、

 ボギッ

 また一体のカカシが沈んだ。一斉攻撃が厄介だと判断した彼女は各個撃破へと転じ、カカシが集合する前に手前の一体を破壊したのだ。しかも、それだけでは飽き足らず、彼女はこちらへと迫ってくる。
 カカシを呼び戻そうとするが間に合わない。やけに遅く見える視界の中、彼女のもつ鉄槌がこちらに迫ってくるのが見えた。
 両腕を十字にクロスさせ、慌てて防御体制を整えるものの焼け石に水。彼女の鉄槌の先端は俺の魔力の鎧をあっさりと貫き、腕へと食い込んだ。
 一瞬にして俺の体は吹き飛ばされ、ビルの屋上へと撃ち付けられる。
「ごふっ」
 肺の中の空気が一気に抜けた。体が酸素を求めて空気を吸おうとするが、うまくできない。痛みで涙が滲む視界の中では、赤い騎士が悠然と立っていた。彼女がこちらに止めをさそうと、鉄槌を振り上げるのが見える。そして、こちらに飛び掛ろうとするがその瞬間、空を桃色の光が覆った。その光に打ち砕かれ、辺りを囲っていた結界が消える。
 この事態は予想外だったのかそれを見たヴィータはこちらへの追撃を止めた。
「助かった……か」
 去っていくヴィータの姿を見ながら、俺は静かに呟いた。

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