プロローグ

 扉をあけてみると、そこは森だった。
 その光景が信じられなくて、目をこすってみても変わらず目の前には森が広がっている。
「どうして」とそんな言葉が口からこぼれ落ちた。さっきのあの現象もそうだが、これもありえない。自分の記憶が確かならば、扉の先に森なんて存在するはずがない。あるべきなのはアスファルトで舗装された駐車場のはずだ。だというのに、どうして目の前には森があるのだろうか?
「あの光のせいか?」
 原因を探し思い浮かべるのは、窓の外から飛び込んだ光。あの光がすべての現象の発端としか思えない。少なくとも一つ目の変異はあの光の直後に起こったのだから。どうすれば言いのだろうか?
 冷静になろうとは思うものの、泣き出したい衝動が体をおそう。未知への恐怖に震える体をさすりながら、俺は本の散乱した部屋の中へと戻った。先ほどまでカードだったはずの本が散乱した部屋の中へ。
 それはほんの数分前の出来事だった。この時、俺は大学の休校日とあって下宿しているアパートでとある作業に没頭していた。それはMagic The Gatheringのデッキの調整だ。Magic The Gathering略してMTGとはトレーディングカードゲームの元祖といえるカードゲームである。遊戯王などが国内では人気だが、俺はこのMTGというカードゲームの方が好きであり、かれこれ十年以上も続けていた。そして、明日は月一でこの地方で行われている大会の日だ。そのために俺はMTGのカードをいじっていたのだった。
 しかし、そのとき強いデッキを作成しようと作業に没頭する俺の携帯電話が不意にベルを鳴らす。何かと思い、着信相手を見れば、それは実家の親からだった。作業を続けていたかったが、仕方がないと思いそれをとる。
「今、何処にいるの?」
 電話をとった瞬間聞こえて来るのは、いつになく緊迫した母さんの声。何事かと思いながらも、下宿先にいることを伝えると「早く逃げなさい」という言葉が聞こえてきた。
「え、なんで?」
「あんたのアパートの側で不発弾が見つかったのよ!」
 疑問を口にすれば八次に飛んでくるのは物騒な内容。そう言えば、今日は外が騒がしかった気がする。眠たくて無視したが、お昼あたりに鳴らされたチャイムはその内容を伝え様としたものだったのだろうか? しかし、戦時中に爆発しなかったものが、今更爆発するとは思えない。適当に返事をし、一応非難だけはしとくかと思った瞬間、窓の外が光ったのだ。思わず目をつぶったまぶたの裏側に火花が見えた。
 突然の光に目が眩み、動きをとめること数秒。色を取り戻した世界はごく一部が激しく違っていた。部屋の家具類には全く持って以上はない。勉強机の上のパソコンも一年以上電源をいれていないMDコンポも変わりはない。だが、
「なん…で?」
 ただ、先ほどまで自分がいじっていたカードは消えうせ、変わりに何十冊という本が一部始終に散乱していた。その光景に思わず呆然とするが、窓の外から降り注いだ光を思いだし外を見る。そして、今度こそ言葉を失った。
 なぜなら、窓の外に広がっていたのは見慣れた住宅街の道路ではなく、森だったのだから。慌てて外に出てみるが、やはりそこにあるのはうっそうと茂る森。他の何物でもない。夢かと思ったが、体に感じる感覚、鼻をさす青臭い匂いがそれを否定していた。
「何だってんだよ」
 我が身に何がおきたのか分からず、呆然自室と部屋に戻った俺はベッドの上へと座り込んだ。突然の異変。消え去ったカードと新たに現れた本。そして変わっていた外の景色。はっきり言って分からないことだらけである。どうすれば、元に戻れるのか皆目検討がつかない。
「いや…」
 首を振ると散乱した本の一冊を手取った。ヒントがないわけではない。どうみても、あからさまに怪しいのは突如現れたこの本だ。中身を確かめるために、表紙をめくる。ありがたいことにそこに書かれているのは日本語。これなら読めると意気込み、目次に目を通すが、その瞬間めまいに襲われた。
 体調が悪くなったわけではない。多分に精神的なものだ。俺以外の誰が読んだとしても、おそらくめまいを覚えていたであろう。そこにはこう書かれていたのだから。
『魔法についての基礎知識』
 これは何かの冗談なのだろうか。その他にも『マナの取りだし方』や『呪文を唱える上での注意』などファンタジーな言葉が並んでいる。そんな馬鹿な。理性が思わず否定するが、心の何処かでは妙に何か納得していた。魔化不思議な現象はもう起こっている。この現象を自分の知識に当てはめるとしたら、魔法によるものという結論が一番しっくりと来るだろう。
 他の本の内容もこういったものだろうか。別の一冊を手にとって目を通す。その本の目次に書いてあるのは『ショック』『火葬』『炎の投げやり』といった言葉。
「まさか!」
 それを見た瞬間、頭の中にある仮説が広がっていく。また別の一冊に目を通し、その仮説に間違いないかどうかの確認を行った。『否認』『霊魂放逐』『取り消し』開いた本にはそんな言葉が並んでいた。
「ありえない」
 ああ、なんてありえないことなのだろうか。この本は、これらの本の正体は間違いない。漠然とながら理解した。それはどんな奇跡なのだろう。ここにあるのは、間違いなく俺のMTGのカード達だ。『ショック』も『火葬』も『炎の投げやり』もそれらはすべてMTGに存在するスペルの名称だ。それらがすべて本に置き換わっている。この魔導書は本物であろうか? いや、その問いは愚問か。ここまでおかしな現象が起きたのだ。それを疑うことはおろかなことなのだろう。
 この身に起こったことを喜ぶべきなのだろうか、それとも悲しむべきなのだろうか。子供の頃に思い浮かべていた夢がここにはある。しかし、対価として支払ったのは限りなき困難だ。
「あはははははははは」
 一人きりの部屋、俺は狂ったように笑い続けた。

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