閑話1


「なあ、これどうして何も書かれていないんだ?」
 それはある日のこと、デミオが仕事の休みにうちに来たときだった。口調は最初会ったときのような、少しかしこまった感じではなく、彼本来のもの。何回も世話になっているうちにうちとけた結果だ。
「書いてない?」
 彼が手にしているのは、一冊の本。背表紙には何も書いていないが、あれは確か赤の魔導書だったはずだ。
「ああ、ここまできれいに製本されてるのに、気になっていたんだ」
 そう言って、彼はそれを俺に手渡す。開いてみるが、そこには彼が有用な空白は見つからず、文字がびっしりと並んでいる。どういうことだろう。彼にはこれが見えていない?
「なあ、これは読めるか?」
 そう言って俺は紙を一枚とって、本の内容の一部を移す。
「見えるけど、なんだ?」
 いぶかしげな顔をするデミオ。その反応から、そこにある内容が見えないわけではなく、あくまで本の中身が読めないだけだということが分かった。MTGにおいて通常相手の山札はもちろん手札を見ることは不可能である。魔導書がそのどちらか分からないが、そういうことなのだろう。
「その本にはその内容が書かれている。
 お前には見えてないのは、それはその魔導書の持ち主が俺だからだろう」
「魔導書? へえ、不思議な細工がしてあるな」
「まあ、魔法は秘匿するものだからな」
 それはそんなどうでもいい一日のできごと。

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