閑話5 その時、ユーノ=スクライア
最近、なのはの調子が良い。魔法の方もめきめき腕を上げている。きっかけは数日前だろうか、いつものように学校から帰ってきたなのははいつも以上にうれしそうだった。そのことが気になって聞けば、返ってきたのはこんな言葉だった。
「今日ね、アリサちゃんが言ってくれたの。
何を悩んできるかは知らないけど、なのはならうまくいくはずだから、全力でやれって。
もし、一人で悩んで解決しないなら、アリサちゃんが力を貸すからって」
その日までなのはは少し落ち込んでいた。ジュエルシードを集めているもう一人の魔導士のことでだ。それが原因でだろうか、なのはの魔法の練習は効率があまり良くなかった。しかし、何かがふっきれたのか。その日を境になのはの魔法の練習の効率はそれこそ魔法のように良くなっていた。そして、これならあの少女にも勝てるのではないかと側で見ていた僕はだんだん思えるようになっていった。
決して慢心していたわけではないと思う。だけれど、調子が良すぎるために僕はジュエルシードを奪いあうことによって起こるその可能性を忘れていたのかもしれない。
ある日の夜、ジュエルシードの気配を感じた僕達は夜の街へと出かけた。暴走体を発見すると、そこに現れるのはあの黒の少女。彼女が何の目的でジュエルシードを集めようとしているのかは知らないけど、僕達もそれを集めている以上、争わずにはいられない。互いに杖を構え、ジュエルシードへと矛先をむける。
暴走したジュエルシード、それを封印しようとした魔力光がジュエルシードへぶつかったのは同時だった。だが、二つの封印しようとする魔力は互いに混ざり合い、逆にジュエルシードをより暴走させてしまう。
なんてことなんだろう。圧倒的な魔力を放つジュエルシードに僕達は唖然としてしまった。体にぶつかる魔力の圧力に思わず膝をつきそうになる。はやくアレを封印しなければ危ない。
恐らくこのままアレがはじければ、結界を超えて実際の海鳴市にも多大な被害をもたらすだろう。
(な、なの……)
念話でそのことを伝えようとするが、情けないことに魔力に当てられうまくできない。さっきから視界がゆれていると思ったら、僕は振るえていた。
ああ、これは恐怖なのだろう。圧倒的な死にさらされたものが感じる原初の感覚。そうアレがはじければ海鳴市に例え被害が出ないとしても、僕達は確実に消し飛んでしまうだろう。どうにかしなければいけないと思うが、どうしようもできない自分がそこにいた。
いや、せめてなのはだけでも守らなくては。
僕のせいで彼女はこんな目にあっているのだ。巻き込んでしまったものとしての責任はこの身に変えても果たさないといけない。
そう覚悟を決めると、自然と体の振るえは止まっていた。猶予はもうほとんどないだろう。せめて彼女の盾になろうと僕は走り出そうとする。しかし、その一歩を踏み出そうとした瞬間、僕はありえないものを見た。
ジュエルシードの放っていた魔力光、それが一瞬にして弱まったのだ。慌ててそちらを見れば、そこにはジュエルシードを体で覆うように一人の男の人がいた。
「えっ?」
その声がもれたのは僕となのは、どちらの口からだっただろうか。ひょっとすれば、両方だったのかもしれない。なぜなら突然現れたその人は僕達の知っている人物だったのだから。会っている回数はたしたことなく、出合ったのもついこの間だ。だけれど、アリサの従兄弟というその人とは一緒に旅行に行ったこともあり、この場で身間違えるはずがない。その男の人の名前は亮也さん。やさしそうな笑みをいつも浮かべているその顔は今、苦痛に歪んでいる。
訳が分からなかった。どうしてこの人がここにいるのか。そして、どうしてこの人が魔力をまとっているのか。初めて会ったときも、旅行のときも、この人からは魔力を感じたことがない。リンカーコアの気配など皆無だった。しかし、今見る彼はバリアジャケットの変わりと言うのだろうか、体に張りつくような魔力に包まれている。恐らくそれは防御用のものなのだろう。たしかに、ちょっとやそっとの衝撃なら受け止めれるだけの力がそこにはある。だけれど……
ブシュッ
次の瞬間、彼の体から赤い花が咲いた。でもそう思ったのは一瞬だけ、開いた花弁はすぐに散り、地面に落ちるとその正体を告げる。大地に落ちるのは真っ赤な液体、細かな固体も混じったそれを何かと理解したくない。だって理解してしまえば、彼が今どういう状態かを理解してしまうから。でも、それを見つめる瞳が、鼻を指す鉄の匂いが、嫌がおうにも彼がどうなってしまったのかを教えていた。
まるで糸の切れた操り人形のように体は傾き、大地に落ちた血を追うように崩れ落ちる。
ビチャッ
「いやああああああ」
静まり返った結界の中になのはの声が響き渡る。それで我に返った。
すぐさま彼の安否を確かめようと駆け寄る。しかし、彼に近寄るさなか、彼の死を受け取るだけの覚悟はしていた。むしろ生きているなら奇跡と言えるだろう。吹き飛んだ衣服の隙間から彼の傷を確かめようと覗く。しかし、
「え?」
声がもれた。どういうことなのだろうか。今日は驚いてばかりだと思う。見間違いかと思ったがどうやらそうではないらしい。外気に覗く肌、それを染めていた血をぬぐってもそこにはきれいな肌があるだけで、傷などどこにもない。念のために鼓動と呼吸を確認してみたのだが、何処にも異常はなかった。だとしたら、この血は果たして何処からでたものなのか?
「なのは、安心して。
彼は無事だから」
未だに体を振るわしているなのはに、彼の安否を告げる。
「ほ、ほんとうユーノ君」
なのはその言葉に少し硬直した後、おずおずと聞いてきた。僕はそれになるべく安心させるように大きく肯いた。専門的な機関に見せないと何とも言えないが、恐らく命には異常はないだろう。なのははそれで安心したのか、胸をなでおろしていた。
ふと、その時、僕はこちらに向かってくる魔力を感じる。そちらを見れば赤い魔力光に包まれた何かがこちらに向かっているのが見えた。
「ジュエルシード封印」
しかし、そちらに気を取られたのも束の間、近くで聞こえた声に振り向けば、あの魔導士がジュエルシードを取っていくのが見えた。
「待って、それは!」
「彼が起きたら伝えて欲しい。
ごめんなさいって」
慌てて声を出すが、すでに遅く彼女はそれだけを言い残してここから去って行く。すぐに追いかけたい衝動に襲われるが、彼をこのままにするわけにも行かない。そして何より、こちらに近づいてくる魔力の正体も確かめなければいけない。
ほどなくして赤い魔力光は僕達の前へと降り立つ。それは亮也さんと同じように魔力をまとった人だった。しかし、
「そんな……」
本日何度目と分からない驚愕の声が口からもれる。
なぜならその人物は僕となのはが良く知る人物だったから。
「アリサ……ちゃん?」
なのはの口からその子の名前が呟かれた。